第77話
俺の馬鹿な暴走を未然に止めてくれた小井戸は、ハンカチで涙を拭き、笑顔を浮かべて何もなかったかのように振る舞ってくれる。
「それじゃあ先輩、話し合いをしましょ!」
「そうだな。それで、小井戸は何か解決策を思いついてるんだっけ?」
「そうっすよー。ズバリ、先輩方の噂を否定する証拠を集めるんです」
「やっぱりそうなるよな。実は担任の先生が学校側への説得に協力してくれるから、俺たちも証拠を集めようとしてたんだよ」
「おっ。それなら話は早いっすねー」
「だけど、どうやって、何を集めればいいのか分かんないんだよ。せめて噂を流した奴とその目的を特定できればな」
「荒平先輩っすよ」
小井戸はそう言い切った。やはりその目からは、自分の発言に確固とした自信があるように思える。
「……俺もそうかなって思ったけど、どうして小井戸はそう言い切れるんだ?」
「どうしてって……友達から聞いたからっすよ。ボク、友達多いのでこういった情報はすぐに入ってくるんですよ」
「その友達を疑うわけじゃないけど、結局はそれも伝聞だろ。その情報が確かだとは言い切れないんじゃ」
「ちなみに、荒平先輩が噂を流した動機は、先輩を陥れたいからです。どうっすか。荒平先輩が犯人だっていう根拠は揃ってますよね。逆に聞きますけど、他に誰か思い当たる人いますか?」
「……まあ、特定の人はいないかな」
「ですよね。なので、荒平先輩が犯人ってことで決定しましょう」
小井戸は両手を合わせてパンッと音を鳴らし、この話はこれで終わったということを示す。
「というわけなので、先輩が自分を犠牲にした解決策は、実は荒平先輩にとって最高の結果だったんすよね」
「うわぁ、マジか。止めてくれてマジで助かったよ小井戸」
「ふふん。お礼に今度いちごミルク奢ってください!」
「別にそれは構わないけど」
「へへっ、やったあ。先日のいちごミルクもごちでした! めっちゃ美味しかったです!」
「先日の……あぁ、紗希ちゃんといた時の。それならよかった」
「季節外れなのに期間限定で出してくるだけあったっすよ。それに、先輩の奢りってのもありますしね!」
「人の金で飲むいちごミルクは格別だろうよ」
「正しくは先輩のお金で、ですかねー」
彼女はそう言って、揶揄うような笑みを浮かべる。だけど、心なしかその頬は少し赤くなっているように思える。
「しかし、やっぱり噂を流したのは荒平か。信憑性という点で、周囲に信頼されてる奴だと俺と夜咲は踏んでいたんだけどな」
「あの人は一応、周りから信頼されてるみたいっすよ。女癖が悪いだけで、学校行事とかには積極的に参加して活躍してるみたいなんで。それに、女性関係の問題が多い人からの発信だからこそ、こういった噂の信憑性も増していると考えられますね」
「なるほどなぁ」
「それに、噂の証拠もありますしね」
「え。あれって本当に存在するのか?」
「みたいっすね。どうもお二人の写真みたいっすよ」
「外で一緒にいるところを撮られたってことか。はぁ」
それは帰り道の時だろうか、それともデートの時だろうか。何にせよ、実際はないと思っていた証拠があったとは。俺たちの考察は希望的観測に過ぎなかったみたいだ。
「それにしても、噂が広がるの早かったよな。荒平が頑張って広めていった結果なのかな」
「荒平先輩はあまり動いてないと思うっすよ。自分が発信源だとバレるのは面倒ですし。それに……人の評価を下げる話は広がるのが早いんすよ。先輩もよく知っていますよね」
「……そうだな」
学校という閉鎖的な空間ではカーストというものが自然発生してしまう。そして我々は潜在的に、そのカーストの上に立ちたいと思ってしまう。そのための一番簡単な方法は、上にいる奴を下に引きずり下ろすことだ。
今回の噂はまさにそれだ。夜咲という美少女と付き合い始めたことで、俺はカーストのトップ層に這い上がった。それが気に入らない奴らは特に、この噂を利用して俺の評価を落とそうとするだろう。
「とにかく、今は証拠集めっすよ。ボクの方で噂の証拠ってやつは押さえておきますね」
「頼んでいいのか?」
「はい、任せてください! 当てはあるので!」
「当てなんてあるのか。すごいな」
「……ふふーん。なんせボクは先輩の後輩っすからね!」
「なんだよそれ。まあ、それなら俺が探すより、小井戸に頼んだ方が良さそうだな。よろしく頼むよ」
そちらは小井戸に任せるとして、俺は自分たちの無実を証明する方の証拠を集めるか。しかし、荒平が噂を流した犯人だとして、何を集めればいいのやら……
「なあ小井戸——」
「先輩! そういえば先週は、夜咲先輩と何か恋人的なことはあったんですか?」
「え? 今その話をしなくても——」
「まあまあ。先輩の言うことも分かりますが、ボクたちが不利になるような先輩の行動が後で明らかになっても遅いじゃないっすか。だから情報共有は大事っすよ」
「んー、それもそうか」
たしかに、今後話を有利に進めるためにも、そういったことも話しておくべきか。
「平日は普段と変わらなかったかな。学校では、まあ、周りが囃し立てるからちょっとそれっぽい感じになってたけど」
「それは仕方ないっすよねー。それで、週末はどうだったんすか? 土曜日はお出かけしてましたよね?」
「まあ会ったし知ってると思うけど、土曜日は紗希ちゃんと一緒に3人で出かけてたたから、あんまり恋人感はなかったんじゃないかな」
「でも先輩方を見たクラスメイトの人は、家族付き合いもあるんだなーって思うかもしれませんよ」
「言われてみれば……そうかもしれないな」
俺的にはあれはデートではなかったので、そういうことには気づいていなかった。
「少しは恋人っぽいことしたんじゃないっすかー?」
「疑ってくるなぁ。……あっ。夜咲が昨日から髪型変えてるんだけど、それに使ってるシュシュは俺が選んだやつかな」
晴とのデート中に下着を選んだ経験から、こういうのも恋人っぽい行為に含まれるのではないかと考えた。
それは正しかったみたいで、小井戸は「あるじゃないっすか!」とツッコミを入れてくる。
「てか、夜咲先輩の髪型が変わったのを昨日から知ってるってことは、日曜日も会ったってことですか?」
「小井戸は流石だなぁ。そうだよ。日曜は夜咲家にお邪魔した」
「ふふん。……え? 夜咲先輩のお家に行っちゃったんすか?」
「行っちゃいました」
「ま、まさか夜咲先輩ともやっちゃったんすか!?」
「やっちゃってないです」
「えー。信じられないっすよー」
「まだ正式な恋人関係じゃないからな。そういうのは避けたよ」
「それを先輩が言って、信じてもらえると思います?」
「そうだよな。俺は一度過ちを起こしたわけだし、もう信頼は地に落ちてるよな。今さら反省したところで偽善だよな」
「わー冗談ですってー先輩が反省していることボクは分かってますからーだからさっきと同じ目にならないでくださいよー」
小井戸のおかげでいつもの調子を取り戻すことができたわけだが、今回の自虐はどうも心に残ってしまった。
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