第74話
何度目かの仕切り直し。話し合いを再開する。
「噂の出どころは置いとくとして、これからの俺たちの振る舞いを考えるか」
「そうね。私はやっぱり、変に離れる必要はないと思うの」
「どういうこと?」
「多分色々言ってくる奴がいるだろうけど、それを無視して普段と変わらず三人で一緒にいようってことだろ」
「え……いいの? あたし、二人のそばにはいない方がいいのかなって思ってた」
「散り散りになったら噂を肯定するようなものでしょ? 私たちは噂を否定する立場にいるのだから、それは避けたいのよ」
「な、なるほど。さすが美彩!」
俺たちがそれぞれで活動していると、俺たちが不仲になったように周りに見られてしまう。
そうなると、どうしてあの三人は不仲になったんだという原因として真っ先に挙げられるのが、例の噂だ。
浮気をした俺に愛想がついた美彩。もちろん浮気相手である晴も美彩は嫌う。そして居た堪れなくなった俺と晴も離れる。論理的な帰着だ。
美彩はそうなってしまわないよう、今まで通り三人でいようと提案したのだ。
「それには俺も賛成だな」
「なら決まりね。あとは、そうね。蓮兎くんはどうやってこの噂を否定するつもりなの?」
「それは松居先生が提案してくれたんだけど、噂を否定する十分な材料があれば、先生が学校側を説得してくれるって」
「材料……つまり証拠ね。でも、それって悪魔の証明じゃないかしら」
「そうなんだよなぁ」
「ねえ。さっきから言ってるその『悪魔の証明』って何?」
「証明がほぼ不可能という意味よ。今回の場合、やっていないことを証明するのだけれど、晴はどうやったらやっていないことを証明できると思う? 例えば、晴は今まで嘘をついたことのない証明はできるかしら」
「えっと……あれ? む、無理だよそれ。だってあたしの過去の発言を全部記録なんかしてないもん」
「そういうことよ。それに、これが私の今までの発言全てですと提出しても、それが本当に全てなのかも証明しないといけないの。そんなこと不可能よね」
「え、え! じ、じゃあ、あたしたちどうやって証明するの!?」
「まあ、結局そこなんだよなぁ」
俺たちはうーんと頭を唸らせる。晴は……うん。話についてきてるだけ偉い。
「せめてこの噂を流布した動機が分かればいいんだけどな」
「そのためにも、出どころを明らかにする必要があるのよね」
「うぅ……また戻って来ちゃった……」
「証拠といえば。この噂には証拠があるみたいね」
「今のところ、誰もそれを確認はしてないらしいけどな。その存在自体だけが一人歩きしてる感じ」
「もしかして、ほんとはその証拠はなかったりするのかな?」
「あはは。それは……」
「もしかして……」
晴の発言を聞いて、俺と美彩は考え込み始める。俺たちが急に黙ってしまったので、晴は「え? え?」と困惑した様子で俺たちを交互に見ている。
「その可能性もありそうね」
「あぁ。今はまだ分からないけど、可能性自体はあるな」
「えっと……自分で言っておいてなんだけど、どうして二人はそう思うの? あたしはただの思いつきだったんだけど……」
おずおずと手を挙げながら聞いてくる晴に、美彩は微笑を浮かべて答える。
「ふふ。晴の直感ってことかしら。……そうね。おそらくこの噂は何者かによって意図的に流されているわ。それも拡散するように。そうでないと、流石に朝からあんなにも広まっているなんてあり得ないもの」
それは美彩の実経験から言えることなのだろう。
彼女は先週、「瀬古蓮兎と夜咲美彩は付き合い始めた」という嘘を広めた。彼女の動機は周囲を味方につけることで、彼女の思う通りにそれは瞬く間に広がり、俺が登校した時点でほぼ全校に広まっていた。
ここで重要なのは、彼女が広めるためにそのことを話したということ。教室の真ん中で、クラスメイト全員に聞こえるように話している。そこからは、クラスメイトがスピーカーとなって噂を広めてくれる。
流石に俺が有名人であるとはいえ、あの広まる早さは異常だった。そこにはやっぱりそういった理由があるのだ。
また、当事者である彼女自身がそれを口にしたということも重要だ。本人が話しているので、発言と同時に証拠が揃っている形になる。
しかし、今回の場合の当事者は俺と晴、そして美彩だ。俺たち三人以外の第三者が噂を広めるには、その根拠を用意しないと人はなかなか信じてくれない。
だけど、そこに抜け道は存在する。
「それとね晴。例えば、私が『今日は午後から雨が降る予定よ』って言ったら信じてくれる?」
「え、うん。だって美彩が言うんだもん。でもレンだったら、ちょっとだけだけど、ほんとかな? って思っちゃうかも」
……まあ今は何も言わないでおこう。俺は良い子で純粋なのにね。だから俺の天気予報は信じてくれないのかな。
「人は何を言ったかより、誰が言ったかを重視する傾向にあるわ。だから晴は今、蓮兎くんの場合だと信じられないけど、私の場合は信じられると言ったの」
「うんうん。たしかにそういう時あるかも」
「つまり……この噂を流した人物は、私たちに何か恨みがあって、かつ周りから信頼を勝ち取っている者ね。証拠があるっていうのはただの出任せで、見せられないけど本当はあるとか言ってるのかもね。まあ、それも信用されてしまう程の人物ってことになるけれど」
「うわうわ。美彩すごい! 探偵さんみたいだね!」
晴は拍手をしながら、美彩の推理を絶賛する。あまりにも真っ直ぐな賞賛を受けて、美彩は少しは恥ずかしそうにしている。
ちなみに俺もその考察に至っていました。本当です。ただここは美彩に出番を譲っただけです。ほら、俺が言っても信憑性がないみたいだしねっ。
「あたしたちに恨みかぁ。誰だろう」
「犯人は夜咲のことが好きな奴で、夜咲の彼氏になった俺を恨んで破局させようとした、とかな」
「なるほど……たしかにそれはありそうだね。レン、最近恨みをすごい買ってるみたいだから」
「わかんの?」
「うん。レンに向けられてる目を見たら、一気に嫌な気持ちになっちゃったもん」
晴は周りの感情に敏感だけど、まさか他人に向けられている視線から感情も読み取ることができるとは。
「……あんまり見ないようにしとけよ」
「う、うん! えへへ。心配してくれてありがとっ」
つい彼女が心配になってそんな言葉をかけると、彼女は見えない尻尾を振って嬉しそうにする。
「コホン」
美彩がわざとらしく咳払いをして、俺の方を睨んでくる。
「美彩の推理は完璧で分かりやすかったよ」
「何よ今更。取ってつけたような賞賛はいらないわ」
「流れを切らないように自重してたんだって。美彩の通る綺麗な声で論理的に説明してもらって、俺も腑に落ちたよ」
「……ふふ。頑張って私の機嫌を取ろうとする蓮兎くん、可愛いわね」
からかいモードの夜咲さんになってしまった。想定とは違ったけど、機嫌が良くなって一安心。
「うぅ……ね、ねぇ! 結局、犯人に目星はついたって言えるのかな?」
少し頬を膨らませた晴のそんな発言によって、俺たちは再び話し合いに戻る。それにしても脱線が多いな。
「……んー。まあ大方の方向性は決まったって感じだな。あとは小田が仕入れてくれる情報を頼りにやっていくしかない」
「あら。小田くんも手伝ってくれるのね。頼もしいわ」
「美彩ってオタくんのこと頼りにしてるんだ」
「彼の情報収集能力は侮れないわ。それに、彼はやる時にはやる男よ」
「ほえー。そんなに凄いんだ。オタくんが仲間でよかったね!」
「…………」
「ふふ。蓮兎くん、やきもちを焼いてるの?」
「え、ほんと? えへへ。嬉しいなあ」
「俺だってやる時にはやるやい」
「……どうしましょう。今、猛烈に蓮兎くんのことを抱きしめたくなったわ」
「あ、あたしも。頭を撫でていい子いい子してあげたくなっちゃった!」
「……恥じぃ」
赤くなった顔を逸らしていると、二人は更に鼻息を荒くして近づいてくる。そのまま二人に可愛がられるかと思ったその時、部屋のドアが開いて松居先生が声をかけてきた。
「お取り込み中のところ悪いが、そろそろ一限目が終わる。これ以上サボらせるのはマズいから、そろそろ教室に戻るぞ」
タイミングが良いのやら悪いのやら。松居先生に制止をかけられた二人は、肩を落として俺から離れていく。俺はふぅと息を吐きながら立ち上がり、ドアへと向かう。
「蓮兎くん」
美彩が俺のそばに寄り、晴には聞こえないような声量で声をかけてくる。
「犯人の目星についてだけれど」
「あぁ、うん。おそらくそうだろうけど、一応確認が取れてから動こう」
「……分かったわ」
多分、俺と美彩が思い浮かんでいる人物は同じで、あまり晴には話したくない奴だ。
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