第69話
連休が明けて、蓮兎くんは学校に復帰してきてくれた。
彼の体調が心配だが、荒井先輩がまた晴を狙うかもしれないと心配して、彼と一緒に晴の家まで付き添うことになった。
正直、それを聞いた時は少しだけ嫉妬してしまった。彼は晴に甘いところがある。一年生の頃から、惚れている私より晴をサポートすることの方が多かった気がする。当時の私は何も思わなかったが、今思えばぐつぐつと煮えたぎるものがある。
でも、私も純粋に彼女の身が心配ではあったので、私もその護衛に付き添うことにした。結果としては、下校時間、彼と一緒にいられる時間が増えたため私にとってもお得だった。晴を家まで送った後は、彼と二人きりで私の家まで帰ることになる。その時間がとても輝いて見えた。
「そういえば。あの交流会の日、俺がカラオケ店を出ていった後、クラスメイトの奴らにビシッと言ってくれたみたいだな。おかげで甲斐田がすげえ反省してたよ。ありがとな」
帰り道、彼が唐突にお礼を言ってきた。あの時は己の怒りに任せて言葉を垂れ流すように彼らにぶつけていただけなので、正直お礼を言われると恥ずかしい。
「いいのよ。私の怒りをぶつけただけだから。それよりも、甲斐田くんはあなたの言葉が印象に残っていたみたいだけれどね」
「俺、なんか言ったっけ。あんまりあの時のこと覚えてないんだよな」
「『お前に俺とあいつの何が分かんだよ』……あなたは調子に乗って出てきた子に、そう言っていたわ」
「う、うわぁ。すげえ口調荒れてんな。てか、そのセリフを読み上げる美彩の違和感の度合いがすごい」
「ふふ。私だって乱暴な言い方をする時だってあるわよ。それこそ、あの時に私がどんな口調をしていたか……聞きたい?」
「当事者じゃなくても背中が凍りつきそうだ……辞退しておきます」
「何よそれ。私のことが怖いって、蓮兎くんはそう言いたいのかしら」
「いやいや。なんていうか、美彩って正論ハンマーで殴りつけてくるから、なにも言い返せなくなるし、その、美人だから凄みがあるというか」
「……ばか」
彼があの子に対して怒っている姿を思い出し、少し腹が立ってしまったため、仕返しのつもりで彼を少しだけ揶揄ってみたら、まさか反撃を喰らうとは。顔が熱い。
「……そういえばあなた、小田くんにお金を多めに渡していたけれど、お釣りを貰ったのかしら」
「……あ! 貰ってねえ! あいつ何も言ってこなかったぞ! ……ってことはやっぱり足りなかったのかな。やべ、俺から聞くべきだったか」
これ以上、彼から攻撃を食らわないためにも話題を変えたつもりだった。だけど、彼はこんなところでも優しさを見せてくる。彼の顔から目が離せない。
「なあ美彩。実際いくらだった……美彩?」
「あ、えっと、ごめんなさい。私もお金を置いてきたから、実際の料金は知らないの」
「そっか。美彩も追いつくのは早かったもんな。んー、じゃあ小田に聞くしかないか。これでお釣りがあったら、ちょっと懲らしめてやらないとな」
「あら。もしそうだったら、私も加勢するわ」
「それは……小田が少し可哀想だな」
「何よ。やっぱり私のこと怖い人だと思ってるじゃない。ふんっ」
「ご、ごめんって美彩。そういうつもりじゃなくてさ〜」
最近、私は彼を揶揄うことにハマっている。あたふたと慌てながら言い訳を並べる姿がとても可愛らしく、それを見たいというのもあるけれど。
彼が私を見てくれている。そんな感じがして、心が温まる。
* * * * *
翌日。
私の登校時間はクラスの中でも早い方で、今日も数人しかいない教室の中、英単語帳を開いて時間を潰していた。早く蓮兎くんと晴が来ないかなと、時折廊下の方を覗いたりしながら。
「美彩。おはよ!」
いつの間にか近くまでやって来ていた晴に挨拶をされ、顔を上げて彼女の方を振り向く。
「おはよう晴。……あら」
「美彩は朝から勉強してて偉いねー。あたしも朝勉強しなきゃだよね! やっぱり隙間時間には暗記物がいいのかな?」
「え、えぇ。そうね。計算が必要になるものは中断できないから、暗記物の方がいいと思うわ」
「分かった! よーし、あたしも英単語帳やっちゃおっと!」
晴は両手の拳を握り締め、ふんすと息巻いて自分の席へと向かった。
彼女はいつも明るい性格だけれど、どうも今日は格別に元気だ。
その原因を、私はなんとなく察していた。
彼女の前髪で輝く髪留め。彼女は以前、荒平先輩と揉めた際に今まで愛用していたヘアピンを失くしてしまっている。そのため、昨日は彼女の前髪に髪留めはなかった。
けれど今日の彼女は、前回付けていた物と同じひまわりのデザインの髪留めを前髪につけている。
昨日、あの後買いに行ったのかなとも思った。けれど、それだけだとあそこまで彼女のテンションが上がるとは思えない。
……おそらく、彼が、蓮兎くんがプレゼントしたのだろう。彼は優しいから、自分が交流会に行くと承諾したからだとか、荒平先輩が晴に手を出す前に自分が間に合わなかったからだとか、自分の責任だと感じて、彼女に代わりを渡したのだろう。
彼女にとって、その代わりは最高のプレゼントになると彼は分かっているのだろうか。仮に分かって渡したのだとしたら、彼の心はもう既に彼女に……っ。
胸に痛みが走り、咄嗟に押さえる。
もしかしたら晴は、毎朝こんな思いをしていたのかしら。そう考えると、彼女への嫉妬を親友への同情が上書きする。
だけど。だけどやっぱり辛い。今までに経験したことのない痛みの種類で、どう対処すればいいのかが分からない。
「夜咲。大丈夫か?」
胸を押さえていると、今登校して来たのだろう蓮兎くんが心配の声をかけてくれる。その瞬間、私の胸から痛みが消えていった。
「えぇ。いま大丈夫になったわ」
「そ、そうか。それならよかった。でも無理するなよ。改めて、おはよ」
「おはよう、瀬古くん」
あなたの存在がこの病の原因なのに、あなたがいてくれると癒えていくなんて。なんとも皮肉なものねと胸中で苦笑する。
* * * * *
蓮兎くんは最近、昼休憩の時間の半分を保健室で過ごしている。
やはり頭痛の方が続いているみたいで、教室みたいな騒がしいところではなく、保健室に行ってゆっくりとしたいらしい。
私はそれに大いに賛成し、彼の体調が良くなるのならと快く彼を見送る。
しかし、晴は毎回「付き添うよ?」と彼に聞いている。彼はその度に「大丈夫」と少し申し訳なさそうに断っている。そして落ち込んでしまう晴を見て、彼は少し困った顔をする。
私はそんな晴を羨ましく思ってしまう。彼女は彼に見てもらえている。私は彼の意思を尊重しているはずなのに、彼が最後に気にしているのは彼女のことだ。彼が教室に戻ってきて、一番初めに声をかけるのも彼女だ。彼が戻ってきたことで咲いた彼女の笑顔を見て、彼も頬を緩める。
この前の日なんて、晴は廊下で彼のことを待っていた。そして、戻ってきた彼の頭を撫でているのを見てしまった。その時の私の感情は、とても言葉には言い表せない……いいえ、口にはできないような醜い物となっていた。
ドロドロとしたものが私の心を覆い、ふつふつと何かが込み上がってくる。
……私って、こんなにも醜い感情を抱いたりもするのね。
自分の中に生じたものに、私は驚く。だけど、今の私の心にはそれが深く馴染んでいた。
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