第67話
昨日は美彩と紗季ちゃんと俺の三人で街へ出かけた。一応、デートということになっている。
紗季ちゃんがいて二人きりじゃないのにデートかよと思うが、「紗季ちゃんがお願いするなら
そして、今日も俺は家を出ていた。
今回は「紗季が家で一緒にあなたと遊びたいって言ってる」という依頼だった。ということで、まさかの美彩の家にお邪魔することになってしまったのだ。
「ご家族はいるんだよな……?」
『紗季もいるんだから当たり前じゃない。あの子、ご両親に車で連れて来てもらわないとうちまで来れないんだから』
「それもそうか。……え、まさかの2家族とエンカウントするの俺?」
これは昨晩、俺と美彩が通話で交わした会話の一部である。
美彩のご両親に会うだけでも緊張するのに、まさかの紗季ちゃんのご両親とも会うことになるとは。そもそも、俺はどういう立ち位置で会えばいいのだろうか。一応まだ友達ってことで通ってる、よね?
夜咲家には直接向かわず、とりあえず駅前に行って、お得意のケーキの手土産を購入した。まぁまだ二回目だけど。しかし、人数分購入したためになかなかの値段がついた。
駅から夜咲家までは近いため、緊張で手が震えていてもケーキを崩す心配はなくて良かった。もう少し長かったら絶対ぐしゃぐしゃになっていた。
夜咲家の前まで着いて、一呼吸入れてインターホンを押す。
『はい』
すると、すぐに応答があった。美彩っぽい声だけど、念の為かしこまった対応をする。
「すみません。美彩さんの友達の瀬古蓮兎と申します」
自分が何者であるかをインターホンに向かって説明するが、何も返事がない。
え、なんかミスった? と冷や汗をかいていると、玄関のドアが開いて美彩が姿を現した。今日は珍しくスカートだ。そして何より、髪型が違う。昨日買ったシュシュを付けており、後ろで束ねられた髪は横に流されて、彼女の右肩に乗っかっている。
「あ、美彩。さっき出てくれたのって美彩?」
「……えぇ、そうよ。蓮兎くん。私たちって、まだお友達なのね」
「……一応そうだろ」
どうやら俺が「美彩の友達」と名乗ったことが気に入らなかった様子で、むすっとした表情をしている。彼女は最近、こういった表情も見せてくれるようになった。それがまた普段とのギャップがあって可愛い。
「まぁいいわ。上がって」
「へい。あ、髪型。似合ってるよ。すごい可愛い」
「あ、ありがとう。やっぱりあなたが私を褒めてくれるの、とても好きよ」
「そ、そっか」
俺は小っ恥ずかしくなり、誤魔化すようにケーキの入った箱を差し出す。
「これ手土産ってやつ。ご家族で食べて」
「……ごめんなさい。こんなに用意させちゃって」
「いいのいいの。この前うちに来てもらった時のお返しってことで。美彩にもらったやつ、うちの母さんが美味い美味いってほとんど食べちゃったんだけどな」
「ふふ。お気に召していただいたみたいでよかったわ。それじゃあ蓮兎くん、二階に上がってちょうだい」
「え? まずはご家族に挨拶をって思ってたんだけど」
「いいから。二階に上がって」
最後は少し圧を感じるような言い方だった。まぁ向こうの都合もあるんだろうし、美彩がそう言うのなら、ここは従うべきか。
階段を上り、廊下の一番手前の部屋に案内される。美彩の部屋だ。
中に入ると、美彩の部屋だから当然なのだが、美彩の部屋だなぁって感じの光景が広がっていた。整理整頓が完璧になされており、とにかく無駄のないレイアウトをしている。晴と違って人形とかを置いていないのも美彩っぽい。
「今、晴のことを考えなかったかしら」
「……気のせいじゃない?」
「そう」
流石に鋭すぎるだろ。やはり美彩はエスパーなのだろうか。……なんてね。
「クッションがあるから、適当にその上でくつろいで頂戴」
「これ潰しちゃっていいの?」
「えぇ。そのためのものなのだから。何も躊躇うことないわ」
可愛らしいマカロンデザインのクッション。美彩はああ言うが、少し気が引けつつもその上に座り込む。……うん、いい座り心地だ。
美彩はケーキをしまってくると言って一階に降りていったため、手持ち無沙汰になった俺はぐるりと部屋を見渡してみる。写真立てが目に入って、目を凝らして見てみる。それは去年の文化祭、小田に撮ってもらった俺と美彩、そして晴のスリーショットだった。
……この頃は、まさかこんなことになるなんて微塵も思ってなかったなぁ。
ある意味、今の俺たちの関係はあの頃より進んでいる。だけどその分、かなり複雑に、そして歪に絡み合ってしまっている。
どちらが幸せだったんだろうか。そんな考えが頭によぎってしまう。
「おまたせ」
美彩が戻ってきて、部屋のドアを閉める。完全に俺と美彩の二人きりだ。……ん?
「あれ? 紗季ちゃんは?」
「紗季はいないわよ」
「え? 今日は紗季ちゃんが家で遊びたいって」
「まだ気づいていなかったのね。あれは嘘よ」
「……へ? どうして——」
「どうしてって、あなたを独占するために決まってるじゃない」
俺が困惑している間に、美彩は俺のそばまで来ており、そのまま胡座をかいている俺の膝の上に対面の形で座り込む。そして——俺の唇に自分の唇を押し当ててきた。
突然の出来事に驚く。美彩の顔が離れていき、自身の口が解放され、文句を言うために口を開こうとしたその瞬間、再び美彩の顔が迫ってきた。
口を開いてしまったがために、今度は唇だけの接触ではなく、舌を使ったキスが始まった。脳に快感が押し寄せてきて痺れてくる。もうこのままでいたいと思える。
だけど、このままではいけない、となんとか残っていた理性が俺の体を突き動かし、彼女の両肩を掴んで押し返す。
彼女はいつもの凜とした姿から想像できない、どちらのか分からない涎を垂らしている舌を出したまま乱れた呼吸をしている。目も虚ろになっている。
「美彩。どうしたんだよ急に。どうしてこんなことしたんだよ」
「……さっき言ったじゃない。あなたを、蓮兎くんを独占するためだって」
「独占って……」
「だってあなた、昨日は紗季に構ってばっかだったじゃない。やっぱり、蓮兎くんは小柄な子が好きなのかしら。それとも庇護欲のそそる女の子が好きなのかしら」
「いや、紗季ちゃんは妹みたいなもので——んっ」
再び口内にぬめっとしたものが侵入してくる。乱暴に扱うと怪我しかねないので、丁寧かつ力強く美彩の体を離す。
「……どうしてまた」
「言ったでしょ。私といるときに他の女のこと考えないでって」
「紗季ちゃんは美彩の妹だろ」
「……そうよ。紗季は私の妹。かけがえのない大事な妹よ。今まで三人で遊んでいて、こんな感情になったことはなかったのよ。でも、昨日はずっと私の心にドロッとした感情が纏わりついていたの。……蓮兎くん。私、おかしくなってしまったのかしら」
「…………」
彼女がおかしくなってしまったのかどうかは分からない。だけど、彼女が歪んでしまっていることは分かっている。そして、その原因は俺だ。
「紗季とあなたが笑い合っているのを見て、晴とあなたが仲良くしている時と同じ感情を抱くの。同じくらい胸に痛みが走るの。……ねぇ蓮兎くん。私たちって好き合っているのよね。なのに、どうしてお付き合いできていないのかしら。どうして学校であなたとお付き合いをしていると言ったら、私が悪者になってしまうのかしら。おかしいでしょ? あなたが前から好きだったのは私なのよ。そして、私はあなたのことが好き。大好きよ。なのに、どうして……どうしてこんなことになるのよ」
彼女の綺麗な瞳から大粒の涙がこぼれる。まず一滴。それが今まで堰き止めていたかのように、彼女の目から涙が溢れ出していく。
「蓮兎くん。あなた、答えを出すって言ったわよね。だから私はずっと待っているの。私を選んでくれる、あなたの答えをずっと。……あれから四週間よ。まだ、答えは出せないの? それほどまでに、あの子と私の間で揺れ動いているの? ……もちろんそれもあるでしょうね。だけど、あなたは単に選べないだけ。優柔不断に、私たちのことを考えているようでいて、選択するという自分の背負う責任からただ逃げ続けているだけよ」
……図星だった。
俺はずっと、晴のためだとか美彩のためだとか、色々考えていたつもりで、結局自分のことしか考えていなかったのだ。どちらかを選んだ時、もう片方がどうなってしまうのか。その先の重圧に耐えきれず、ただただ逃げ続けていただけだった。
全てを言い当てられ絶望する俺の頬に、美彩は優しく手を添える。
「でも、私はそんなあなたを許すわ。だってこんなにも、あなたを愛しているのだもの」
美彩の瞳は慈愛に満ち溢れているように見える。彼女の優しさに、このまま溺れてしまいたくなる。
「このことを話したら、あなたは私たちを自分から遠ざけるために、わざと私たちに嫌われるようなことをするんじゃないかとも考えたわ。……でもね、言っておくわ。私は絶対にあなたを嫌いにならない。嫌いになんてなってあげないから」
それはある意味では死刑宣告で、そして救いの言葉だった。
彼女は両腕を俺の背中に回し、流れる涙お構い無しに、俺の胸に顔を伏せてくる。
「ねぇ蓮兎くん。胸が苦しいの。助けてちょうだい」
「助けてって言われても、俺にはどうしたらいいか……」
結局、彼女が苦しんでしまっているのは全て俺のせいだ。俺が、あんなにしつこく告白なんかしなかったら。俺が晴に手を出さなければ。俺が、俺が、俺が……。
そんな俺に、彼女を助ける権利なんてあるのか。そもそも、彼女に対して何かをする権利なんてものがあるのか。
「……あなたの自由にしてくれたらいいの。あなたの欲望通りに、私を求めてくれさえすれば——あっ」
美彩の背中に両腕を回して、彼女の体を強く抱きしめる。彼女の体はとても細く、強くしすぎると折れてしまうんじゃないかと心配してしまう。だけどここで力を抜いたら、彼女の心が折れてしまう、そんな気がした。
「はぁ……好き。あなたとこうして抱きしめ合うの、好きだわ」
「幸せホルモンが出てるからな」
「そうね。蓮兎くんという成分を補給することができているものね」
「……それ、恥ずかしくない?」
「恥ずかしいに決まってるでしょ。バカ」
羞恥心からか、顔を見せまいと、美彩は俺の胸に更に顔を埋めてくる。
そしてしばらくその体勢が続いた続いた後、彼女はぽつりと呟くように言った。
「蓮兎くん。私を抱いて」
「……今そうしてるつもりなんだけど」
「とぼけないで。私とセックスしてって言ってるの」
「……本気か?」
「えぇ。こんな冗談言わないわ。いいじゃない。晴ともしてるんでしょ」
「え?」
たしかに晴とは何度もしているが、どうしてそれを美彩が知っているんだ? 晴は言っていた。美彩は、俺たちと晴はキスマークまでの関係で、その先まではまだいっていないと思ってると。
「その反応。もしかして、私がまだあなたたちの関係を知らないと思ってるの?」
「だって、晴がそう言ってたし、美彩はピュアだし……」
「……はぁ。あなたが私のことをどう思っていたかどうかはこの際いいとして。あの子、意外とそういうことするのね」
たしかに、騙すようなことするなんて、晴にしては珍しいなと思う。
それに、どうして嘘下手な彼女の嘘を見抜くことができなかったのだろうか。それほど当時の俺は本調子ではなかったのか、それとも彼女の嘘がたまたま上手だったのか。いろんな疑問が湧いてくるが、今それを検証する手立てはない。
「まぁいいのよ、そんなことは。蓮兎くん。私を抱いてちょうだい」
「……それはできない」
「どうして? 私に魅力がないから? たしかにあの子みたいに胸は大きくないけれど、肌やプロポーションには自信があるのよ」
「そういうことじゃなくて。……こんなはっきりとしない関係の状態で、そんなことはできない」
「あら。晴とは恋人同士でもない状態でしていたのに?」
「だから後悔してるんだ。同じ轍は踏みたくない」
「……そう」
納得してくれたのか、そんな返事が返ってきた。
美彩が顔を上げる。涙は止まっており、俺の服で拭いたのか顔から雫も無くなっていたが、目元が真っ赤になっている。彼女はその目で俺をまっすぐ見て、口をゆっくりと開いた。
「気に入らないわ」
「へ?」
「気に入らないと言ったの。それって結局、あの子に先を越されたということよね」
「い、いや。たしかにそういうことになるかもしれないけど」
「何を気にしているの? 私が初めてだから? そんなこと気にしなくてもいいのよ。初めてなんて、始まりに過ぎないのだから」
「……それはちが——」
「脱ぎなさい」
「は?」
「脱ぎなさいと言ったの。上だけでいいわ。口答えは許さないから」
俺は困惑しながらも、彼女の圧に耐えきれず、上の服を全て脱ぐ。
すると美彩は俺に体を寄り掛かってきた。それも強い力で、俺はそのまま後ろに倒れてしまう。なんとか頭は打たずに済んだ。
馬乗りの状態になった美彩はうっとりした表情を浮かべ、俺を見下ろし、俺の胸あたりを指でなぞってくる。くすぐったい。
「プールに行った時も思ったけれど、あなたって意外と逞しい体をしているわよね」
「帰宅部だから、自宅で軽く筋トレしてるくらいだけどな。最近はサボってるし」
「そう。じゃあ、これが男の人の体ってことなのね」
彼女の手の動きが変わる。指ではなくて、手全体でさするように触ってくる。これがまたくすぐったい。
「あ、あの、美彩さん。さっきからくすぐったいのですが」
「口答えしないでって言ったでしょ」
「あ、はい。でも……本当に限界で……」
「そう。じゃあやめてあげるわ」
彼女の手の動きが止まる。やっと終わったかと安堵していると、彼女の口が俺の胸に近づいてきた。そして——俺の肌に唇をあてがって、物凄い力で吸引してきた。
「いっ」
チクッとした痛みが走り、そのままその痛みが継続する。声を抑えて我慢していると、数十秒後にやっと痛みから解放された。
美彩は一旦俺の体から顔を離して、さっきまで唇を当てていたところにできたアザを見て「ふふ」と笑う。
「素敵」
彼女がそう呟いたかと思うと、また彼女の顔が近づいてきた。そしてまた、今度はさっきとは別の場所に唇を当て、吸ってくる。
「み、美彩……?」
声をかけるが返事はない。彼女は必死に俺の胸の肌を吸い続けている。
そして終わったかと思ったら、また別の場所を吸い始める。
「美彩。美彩!」
一心不乱に俺の体にアザを付け続ける彼女に、先ほどより大きな声で名前を呼ぶ。
すると、先ほどから感じていたものとは違う痛みが走った。美彩が顔を離し、さっきまで隠れていた部分から血が流れているのが見えた。彼女が俺の肌に歯を立てたのだと気づいた。
「美彩……」
「ごめんなさい。あなたの体に傷をつけてしまったわ」
「いや、それはいいんだけど」
「お詫びにちゃんと舐めるわね」
「え」
彼女は血が出ている俺の体に口を近づけ、血を舐め取るように舌を動かす。
「ば、ばか。人の血を舐めたりしたらダメだって、美彩なら知ってるだろ——」
「大丈夫よ。あなたの体は私のものだから。あなたの体から流れる血も、私のものよ」
「……美彩?」
「だってそうでしょ。私たちは好き合っていて、自室に二人きりでいて、こんなにキスマークも付いて……どうして蓮兎くんの体が、私のものじゃないと言えるの。あなたは私のもの。蓮兎くんは私のものなのよ。私の、私の……」
再び涙を流し始めた彼女を、俺は力強く抱き寄せる。血が服についてしまわないかなと一瞬頭によぎったが、そんなこと考えている暇はなかった。
今はただ、今にも崩れてしまいそうな目の前の彼女を支えることで精一杯だった。
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