第60話
今日はとても充実した一日だった。
夕方までレンが我が家に来てくれていたのだ。
レンがお土産で買って来てくれたケーキはとても美味しかったし、食べてる時の写真を撮られたけど可愛いって言ってもらえた。
えっちは断られちゃったけど、その代わりにあたしの体にたくさん証を付けてもらえた。服を捲ってそれを眺めるだけで、あたしは幸せな気分になれる。
それに、あたしの胸を使ってレンを喜ばせることもできた。
あたしの身体でレンが喜ぶたびに、あたしの身体はレンのなんだっていう実感が湧いてきて、とても心地がよかった。
あと、大人のちゅーもすることができた。最初、レンの身体をマーキングしたいという衝動に駆られて頑張って動かした。でも途中からレンも動かしてくれて、お互いのが絡み合って、そこからは脳がとろけていて記憶が曖昧だ。
レンが帰る時、ほんとは駅までお見送りしたかったけど、レンは今日も玄関までしかお見送りをさせてくれなかった。でも最後にまたぎゅーってしてくれたから幸せだ。それに明日も一緒なんだから、あんまりわがまま言ってもね。
レンを見送った後、すぐに自室へと戻っていた。若干、彼の匂いが残った部屋。彼に包まれているみたいで落ち着くし、少し興奮してしまう。
でも今はそれどころじゃない。彼からなんとか預かることができた箱の中身を確認する。
「……六個。あたしの記憶だと前も六個だったから、うん。一緒だ」
ほっと胸を撫で下ろす。もしこの個数が減っていたら、彼があたし以外としたことになる。その確認がしたかったのと、美彩とそういう雰囲気になってもできないように防止するためにこれを取り上げたのだ。
「……大丈夫。もしあっても、レンはしないよね。あたしとだけだもんね」
自分に言い聞かせるように呟くが、やはり不安だった。
最近はずっと、昼休憩になるとレンはどこかに行っている。彼は保健室だと言うが、もしかしたら保健室で誰かと会っているんじゃないかと邪推してしまう。べ、ベッドもあるし……。
でも美彩はあたしとずっと一緒にいるし、その心配はないはず。
だけど、あの日のことを思い出す。ゴールデンウィーク明けの初日。レンがヘアピンをプレゼントしてくれた日。あたしとレンが初めてちゅーをした日。
あの時、レンは一度美彩と一緒に帰っている。その後引き返してうちに来てくれた。だからその間、美彩がレンに何かをする機会はあった。実際、彼に抱きついた時、わずかに花の匂いがした。
それが悔しくて、あたしはなんとか自分の匂いで上書きをしようとした。力強く抱きついて、あたしの匂いがつくように。
……ダメだ。やっぱり一人でいると変なことばっかり考えちゃう。
あたしは一人きりから脱するために、買い物から帰ってきたお母さんのいるリビングへと向かった。
「晴ちゃん。もうご飯食べたいの?」
「ううん。お母さんとお話がしたくて降りて来ただけ」
「なにその可愛い理由! 話しましょ話しましょ」
さぁさとお母さんは自分が座っているソファの隣を叩く。あたしは促されるままにそこへ座る。
「それで何のお話をするの?」
「ごめん。何も考えてない」
「何の話題もないのにお母さんと話したいと思ったの!? やばい、晴ちゃんがデレデレだわ。これもレンくん効果かしら」
「べ、別にデレデレじゃないもん!」
「あーもう可愛い! うちの娘ほんと可愛い! あ、そうだ。今日いっぱい撮った写真見る?」
「……見る」
お母さんはスマフォのアルバムアプリを開き、今日撮影した写真を見せてくれる。本当に大量にあるし、あまり変わらないものも複数あった。お母さん連写しすぎ。
その中には、幸せそうに笑うあたしと、それを微笑ましく見ているレンのツーショットもあった。
「お母さん。この写真ちょうだい」
「あ、これね。うふふ、待ち受けにでもするの?」
「し、しない! 大事に保管するだけ!」
「やっぱりデレデレ期ね……」
「なんかお母さんがレンみたいな弄り方してくる……」
「もっとお母さんのこと好きになりそう?」
「……お母さんはお母さんのままが好き」
「晴ちゃん愛してる!」
「うわうわ」
お母さんに抱きしめられ、頬擦りをされてしまう。がっちり腕でホールドされているため、あたしはされるがままだ。
レンと会うたびにお母さんのテンションがおかしくなっちゃう。やっぱり、お母さんにレンと会わせるのは控えた方がいいのかなと、お母さんからの愛を受け取りながら考える。
やっと解放してくれたお母さんは、スマフォを操作してあたしに例の写真を送ってくれる。
「それにしても我ながらいい写真だわ。二人の関係性が見えるというか。まるで……兄妹みたいね」
「あたしがお姉ちゃん?」
「……いやぁ、晴ちゃん面白いボケをするね」
「ボケてないもん! てかあたしたち、こ、恋人同士だし! 兄妹じゃ、ないもん」
そう反論するが、改めて写真を見返すと、たしかにあたしたちは兄と妹のように見えなくも……ない! ないったらない!
* * * * *
今日はレンと横浜デートに行ってきた。
ボルダリングジムは楽しかったし、お昼に食べたパンケーキも最高だった。
レンは最初「パンケーキが昼ごはん……?」って言ってたけど、食べた後は「なんかもう満足した。あれはやばいわ」っていう感想を漏らしていたのが面白かった。
でもすぐにお腹が空いちゃったみたいで、ハンバーガー屋さんに行ってポテトをシェアした。意外とあたしもお腹が空いてたみたいで、結構パクパク食べちゃってレンに笑われちゃった。恥ずかしい。
そして、なによりレンに下着を選んでもらうことができた。これで普段からレンが選んでくれたものを身に纏うことができる。それに、今度これを着けて誘惑したらどうなるかなって考えちゃったりする。
夕方にはレンと解散して、晩御飯前には家に帰ることができた。
「ただいまー」
「あら晴ちゃん、おかえり」
ドアを開けると、玄関にお母さんがいた。ちょうど靴に履き替えているところだった。奥からお父さんも出てくる。
「あれ? お母さんとお父さん、どこか行くの?」
「今から晩御飯の買い出しに行くのよ。晴ちゃんも行く?」
「うーん。今帰って来たところだしなぁ」
「晴ちゃんの好きなチョコ買ってもいいよ」
「行く!」
チョコの誘惑に負けて即答すると、お母さんはクスクスと笑った。お父さんも顔を逸らして笑うのを我慢している。うぅ、恥ずかしい。
帰宅早々、お父さんが運転する車に乗り込んでスーパーへと向かった。
「あれ? いつもはここ左に曲がるよね?」
「別のお店でセールしててね、今日はそっちに行くのよ」
「ふんふん。なるほどね」
普段行かないお店に行くのは少し楽しみだ。ついて来てよかった。
お店に着くと、たしかにセールをしているみたいで駐車場に車を停めるまで少し時間がかかったくらいだ。
お母さんとお父さんと一緒にお店に入ると、そこはまるで戦場だった。殺気だったお客さんがひしめきあい、お買い得品を巡って争っている。
「それじゃあ晴ちゃん。お母さんとお父さん行ってくるね!」
「え、あたしは?」
「晴ちゃんにまだあの戦場は早いわ……自由にしてていいから! それじゃ!」
戦闘モードになったお母さんと、死んだ目をしたお父さんが戦場に乗り込んで行った。死なないでね、お父さん。
お母さんの言う通り、あたしは自由に今日買ってもらうチョコでも見ようかなと店内を移動していると、見知った人を見つけた。その姿を見た瞬間、あたしの胸が跳ねた。
「あ、あの! こんばんは。お久しぶりです」
「あら。晴ちゃんじゃない。久しぶりね」
あたしは咄嗟にその人、レンのお母さんに声をかけていた。
最後に会ったのは、レンが病院に運ばれた時だ。あれはあたしのせいで起きてしまった事。だから、レンのお母さんのあたしに対する心象は悪くなってしまっているんじゃないかと不安だった。それを確かめたいのと、心象を良くしたい一心で声をかけたのだ。
「この前は本当に申し訳ありませんでした」
「え? あぁ蓮兎のことね。いいのよ。今もあの子と仲良くやってるんでしょ?」
「あ、はい。仲良くしてもらっています。あ、あと勉強教えてもらっています」
「あの子に? あの子、教えられるほど頭よかったっけ」
「とても分かりやすく教えてくれます! あたし、理数系苦手なんですけど、どうしても理系に行きたくて」
「あら。どうしてわざわざ苦手な方に進みたいの?」
「……二人と一緒のクラスになりたいって言うのもあります。けど、その先のことも考えていて……あたし、看護師さんになりたいんです。そしたら、体調を崩してしまった身近な人を支えてあげられるかなって」
お医者さんは無理だけど、医学系に進みたい。そして彼の体調が悪くなってもすぐに看病できるようになりたい。最近できたあたしの夢だ。
「……そう。立派だと思うわ。それと、あの子が自分の意思で晴ちゃんと仲良くしてるなら、私から言うことは何もないわ。これからもあの子と仲良くしてあげてね」
「は、はい! もちろんです! むしろあたしの方からお願いしたいというか……」
恥ずかしくなってきて言葉尻を濁していると、レンのお母さんは「ふふっ」と笑った。
「晴ちゃん、あの子のことが好きなのね」
「ふぇっ!? あ、あの、えっと……はい。あたし、レンのことが大好きです」
ここで誤魔化すのは良くないと思い、あたしは勇気を振り絞ってはっきりとそう答えた。するとレンのお母さんを目を細めて、
「そう。頑張ってね」
とだけ言ってくれた。その言葉の真意は分からないけど、「はい!」と元気よく答えた。
「晴ちゃんは蓮兎のことをレンって呼んでるのね」
「あ、は、はい」
「……以前、蓮兎が倒れる際に『蘭』っていう名前を呼んでいたって言ってたじゃない? あの子にその時の記憶はあるか聞いてみたんだけど、どうもないみたいなの」
「そ、そうなんですか。じゃあ『蘭』っていったい誰なのかな……」
「知りたい?」
「え。お母さんは知ってるんですか?」
「えぇ」
あたしがその事実に驚いていると、レンのお母さんは少し遠くを見ながら言った。
「レンとランって少し似ていると思わない?」
「えっと……たしかに、言われてみれば?」
「それじゃあ、私はこの辺で。家で腹を空かせている男二人が待っているから」
「あ、はい。話を聞いてくれてありがとうございました!」
「いえいえ。……頑張ってね、晴ちゃん」
また「頑張って」と言われてしまった。それが社交辞令的な激励の言葉にはどうしても思えない。何か含みがある感じ。だけどそれが何かわからない。
あたしは結局、レンのお母さんからいくつかの疑問を与えられてしまった。だけど、それがレンと一緒になるための道標になると信じて。あたし、頑張る。
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