第59話
ゴールデンウィークの最終日。
結局、ゴールデンウィーク中にレンと会うことはなかった。美彩との約束もあるし、レンのお母さんからの言葉もあったから、ポツポツと連絡をするだけに止めている。
だけど一人になって考え込んでいると、どうしても嫌な考えが頭によぎる。あたしのせいで二回も彼の体調を崩してしまった。もしかしたら、彼はあたしのことを嫌いになったかもしれない。
何度も「あたしのことどう思ってる?」という旨のメッセージを送ろうとして、打ち込んだ文字を消すのを繰り返している。聞きたい。彼の真意が聞きたい。ううん、声だけでもいい。それだけで落ち着くはず。
あたしは悩みに悩んだ結果、レン……ではなく、美彩に通話をすることにした。彼女はライバルだけど、やっぱり親友だし、それに同じ悩みを抱えている。
相手の応答を待つ。しかし、コール音が鳴り始まらない。どういうことだろうと画面を見直すと、「相手はただいま通話中」という文字が表示されていた。
「……どういうこと」
美彩が誰かと話していることは確定だ。だけど相手は誰? 美彩はあまり友達が多いタイプではない。それこそ、あたしとレンしか……っ!
あたしは焦る気持ちを抑えながら、レンに通話をかける。出てくれたら、間違えたと言って切ればいい。もしかしたら少しだけ会話できるかもしれないけど。
……結果、美彩の通話相手はレンであることが分かった。
「なんで。なんで美彩とレンが通話してるの?」
レンとはしばらく無闇に接触しないって決めたの美彩じゃん。どうして美彩がレンと通話してるの? ……もしかして、レンからかけたの? レンはあたしじゃなくて、美彩と通話がしたかったの? レンが求めるのはあたしじゃなくて美彩なの?
それからあたしは1分おきにレンに通話をかけた。何度も何度も「通話中」の表示が出てくる。それを見るたびに心が締め付けられるが、あたしは手を止めない。
数十分後、やっと呼び出し音が鳴った。すぐに相手は出てくれた。
「レン。今まで誰と話してたの?」
気がつけば、あたしの第一声はそんな言葉だった。
「美彩にかけても通話中ってなったんだぁ」
『あー、うん。さっきまで夜咲と話してたよ』
「どっちからかけたの?」
『夜咲からだよ』
「ほんと?」
『こんなことで嘘つかないよ』
「でも美彩とお話してたんだよ。連休中はレンをそっとしといてあげようって」
『そう言って晴もかけてきてるじゃないか』
それを言われると痛い。でも先に動いたのは美彩だ。
「うっ。……ねぇ、ほんとうに美彩からだったの? レンからはかけてないの?」
『誓って俺からじゃないよ。履歴送ろうか?』
「……ううん。そこまでしなくてもいいよ。えへへ。うん、レンの言うこと信じる」
レンはあたしに嘘なんかつかない。レンはあたしのことを大事に思ってくれている。レンを信じないなんて、それこそ嘘だよね。
それからレンと色々お話ができた。レンは以前と変わらない調子であたしと話をしてくれた。ほっと胸を撫で下ろす。
……美彩が先に約束を破ったんだから、いいよね。あたしも好きにしても。
* * * * *
ゴールデンウィークが明けて。
レンは学校に復帰することができた。とりあえず彼が戻ってきてくれたことに、あたしは喜んでいた。
だけどまだ体調は悪いみたいで、昼休憩は保健室に行ってしまった。心配だったので付き添いを立候補したが、そこまで心配しなくてもいいとやんわり断られてしまった。昨日通話で否定してくれたのに、あたしが嫌いだから断られたのかなとネガティブな思考になってしまう。
でも、放課後はあたしの家まで彼はついて来てくれた。荒平先輩がまたあたしにちょっかいをかけてくるかもしれないからだ。話を聞いた美彩もついて来てくれて、落ち込みかけていたあたしの心は復活することができた。
だけど、あたしのそんな至福な時間は一瞬で、すぐに自分の家に着いてしまった。すると今度はレンと美彩が二人きりで一緒に帰ることになる。二人の後ろ姿を眺めていると心臓がきゅーっと痛くなるので、すぐに家の中に入った。
二人はあたしのことを心配してくれて、一緒にここまで同行してくれた。だからこんな感情を持っちゃダメなのに。あの二人だけの時間ができてしまうのが、ほんとに嫌だ。
部屋着に着替える気力もなく、自室のカーペットの上に座り込んでぼーっとしているとスマフォが震えた。
お母さんかなと思ってなんとなしに画面を見ると、そこには彼の名前が表示されていた。しかも通話だ。
あたしは飛び跳ねる胸を押さえながら、すぐに呼びかけに応答した。
「れ、レン? どうしたの? レンから通話なんて珍しいね、えへへ」
自分でも驚くくらいふにゃけた声が出る。少し恥ずかしい。
『ちょっと出てきてくれないか』
「え……? も、もしかしてっ」
彼の言う言葉を理解して、窓から玄関前を見た。するとそこには彼の姿があって……あたしの頬は完全に緩みきってしまった。
今すぐ彼のそばに行きたい思いが爆発し、飛んでいくように玄関へ向かう。そして玄関の扉を開けると、彼がいた。
「レン! あっ……美彩は?」
つい二人きりの時のテンションで彼の名前を呼んでしまい、遅れて美彩の存在を確認する。
「夜咲とはもう解散したよ」
「そ、そうなんだ。でも、どうしてレンがここに? あ、あたしは嬉しいけどね。でも、どうしてかなって」
さっきから、あたしの感情はめちゃくちゃになっており、それが彼にバレてしまうのが恥ずかしくて、隠すように短い髪の毛を弄りながら訊く。
「ちょっと忘れ物があってさ」
「忘れ物? この前来たとき何か忘れてたっけ? ごめん、あたし気づいてないや」
「そういうんじゃないんだ」
彼はそう言って、あたしに小袋を差し出してきた。もしかしてという思いを抑える。
「これを渡そうと思っててさ」
「あたしに? くれるの?」
「うん。開けてみてほしい」
彼からせっかく貰ったものだ。あとで保管できるように丁寧に開いていく。すると、中からひまわりデザインのヘアピンが入っていた。それを認識した瞬間、あたしは彼に抱きついていた。
「レン! これって!」
「同じものは見つからなかったけど、同じひまわりデザインの髪留め見つけたからさ。代わりと言ってはなんだけど、どうかな」
「嬉しい……ありがとう、レン。大事にするね」
彼に感謝の言葉を述べて、自分の前髪につけてみる。すると、彼は「似合ってる」と褒めてくれた。嬉しい。あたしの欠けていた身体の一部が戻ってきた感覚がする。
そして彼に伝えた。あたしの身体全てを彼のものにして欲しいと。その証拠が欲しいと。
脳裏から離れない映像。あれを消し去るためにも、まずは唇から奪ってほしい——と言おうとした瞬間、なんと彼からちゅーして来てくれた。嬉しい。嬉しい嬉しい嬉しい。
あたしの唇はもうレンのもの。そう認識すると、先ほどのちゅーがより一層キラキラとした思い出になる。またして欲しいなという気持ちも湧いてくる。
あたしの気持ちが最高潮になっていると、彼は言った。
「晴。この前の言葉の続きだけどさ。——俺は、日向晴のことが好きだ」
涙が出そうになった。このままあたしは幸せになれるんだと確信した。
「……ほんと?」
「あぁ」
「……嬉しい。じ、じゃあ、あたしたち今から——」
「でも付き合えない」
「……美彩がいるから?」
「あぁ。俺は、やっぱり夜咲のことも好きなんだ。だから、この気持ちが整理するまで待ってほしい」
「……いいよ。だって、あたし決めてたもん。いまさら変わらないよ」
あたし、もうレンがいないとダメだもん。レンがそばにいてくれないと幸せになれない。今、レンがどんな葛藤をしているのかは分かっている。でも、いつかはあたしのところに来てくれるもんね。好きって言ってくれたもんね。だから、
「ずっと待ってるから」
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