第56話
ケーキを食べ終えた後も、陽さんを含めた三人での談笑は続いた。
陽さんは学校での晴の様子を聞いてきたり、俺に迷惑かけてないか聞いてきたりしてきた。「迷惑ってなに!」と晴は怒っている。
「迷惑なんてそんな。あ、でも最近は教育係に任命されましたね」
「教育係? もしかして晴ちゃん、レンくんに勉強教えてもらってるの?」
「えへへ、そうなんだ〜。レンに数学と物理教えてもらってんの!」
「へぇ、いいわね。あれ? でも晴ちゃん文系に進むんじゃなかったの? 数学は分かるけど、物理もやってるの?」
「あ、あー。それはねー、なんというかー?」
陽さんの問いを受けて視線を泳がせる晴を見て、彼女がまだ陽さんに進路の話をしていないことを察した。
陽さんも察したらしく、ニヤッと笑みを浮かべて視線を俺の方に移した。
「ところでレンくんはどっちに進むのかな?」
「あ、自分は理系です」
「ふーん、なるほどねー、ほーん」
全てを察してしまった陽さんは、完全に晴を揶揄う姿勢に移行していた。
「晴ちゃん健気ねぇ」
「け、健気ってなに!? あたし、そういうんじゃないし!」
「うんうん。大丈夫。お母さん分かってるからね」
「ちょっとお母さん! 勝手に理解して進めないでよ!」
「まぁ晴ちゃんがどんな進路を選ぶかは自由だからね〜お母さんは止めないけど〜。……本当に後悔しない?」
陽さんの鋭い眼光が晴を射抜く。先ほどまでの緩い雰囲気が一転、少し重たい空気と変わった。
「……うん。あたしが決めたことだもん。絶対に後悔なんかしない。それに、やりたいことも見つけたから」
晴は陽さんの目を見て、はっきりとそう答えた。すると、陽さんの目つきが柔らかいものと変わり、「そう」と呟いてコーヒーを口にする。
「それじゃあ、頑張りなさい。レンくんもこの子をよろしくね」
「はい。自分もできる限りは晴の力になろうと思います」
「いい彼氏さんね〜羨ましいぞ晴ちゃん!」
「えへへ。あたし頑張るね、お母さん!」
いつもはおちゃらけているというか、緩い感じの雰囲気を醸し出しているが、やっぱり陽さんは晴の親なんだなあと思わせる一幕だった。
「ふと思ったんだけど、二人っていつも家で一緒にいるイメージだけど、外でデートとかしないの? あ、別にうちに来てもらうのは構わないんだけどね」
陽さんから放たれた何の変哲もない質問。それは俺の胸に鋭く突き刺さった。
彼女の表情を窺うが、本当に疑問に思ったから聞いただけに過ぎないといった様子。
自分の娘と体目的で付き合っているのではないかという疑いをかけられていると思ったが、そうではなさそうだ。だけど、実際、そのような関係だと言えなくもないのが俺たちの関係だ。
「え、えっと、それは……」
晴も思うところがあるのか、陽さんの質問に答えられないでいる。
ここは一か八かだが、
「そうですね。前までは一緒に出かけたりしていたんですが、行く場所も尽きてきてしまいまして。日向家の居心地も良くて、少し陽さんのご厚意に甘えちゃっていました。でも、明日は久しぶりに外出しようと話をしていたところなんです。な、晴」
「え……う、うん!」
晴はなんとか俺のアドリブに合わせて返事をしてくれる。
すると陽さんは笑みを浮かべて「それはいいわねー」と言って両手を合わせる。
「でもさっきも言ったけど、いつでもうちに遊びに来てもらってもいいからね。私もレンくんに会いたいし!」
「あはは、ありがとうございます」
「……レン、お母さんに会いにうちに来てるの?」
「いやいや、そういう社交辞令だろこれは」
「そんな……私とは上辺だけの付き合いだったのね……」
「陽さんも悪ノリしないでください」
俺がそうつっこむと、陽さんは「てへっ」と舌を出した。この人、見た目はすごい若いからその仕草が全然キツくない。うちの母さんがやったと思うと……なんで想像してしまったんだろう。
「レン。お母さんにデレデレしないで」
そして悪ノリではない子が一人、俺の隣で頬を膨らませていた。
晴がそんな仕草をするもんだから、また陽さんがシャッター音を鳴り響かせ始めていた。
* * * * *
陽さんが揶揄いすぎたのもあって、「もうあたしの部屋に行くから!」と晴は立ち上がって俺の腕を掴み、連行される形で晴の部屋へと移動した。
人の家には特有の匂いがあり、日向家も例外ではないのだが、晴の部屋には晴の匂いがするのが不思議だ。この柑橘系の匂いがすごく好きで、この部屋に来ただけで少し嬉しくなってしまう。
この部屋に来るのも久しぶりだけど、あまり変わってないなあと思っていると体に重みが加わった。晴が抱き着いてきたのだ。
晴はその状態から顔だけ上を向いて、訊ねてきた。
「レンはお母さんに会いにきたの?」
「まだ言ってるのか。今日は晴と遊ぶために来たよ」
「ほんと?」
「本当」
「……じゃあレンも抱きしめて。ぎゅってして」
晴に言われるがままに、俺は晴の小さな体を抱きしめる。本気で抱きしめてしまえば壊れてしまいそうなその体。だけど力を込めないと崩れてしまいそうな脆さも感じる。
俺の腕の中で蕩けたような表情を浮かべる晴を見て、本当に俺のことが好きなのだと伝わってくる。前にも同じような表情は見てきたはずなのに、俺は気づくことができなかった。他人からの想いというものは、なかなか気づけないものなのかもしれないと自己弁護する。
「……さっきはありがとね。お母さんからの質問、あたし答えられなくて」
陽さんからの質問……あぁ、外にデートしてないよねっていうあれか。
「まぁ晴が言葉を詰まらせた理由も分かるしな。それで、どこか行きたい所とかある?」
「え……? あれってその場凌ぎの嘘じゃなかったの? ……明日、一緒に出かけてくれるの?」
「あぁ。デートしよう。二回目だな」
「レン! レン。レン。レン。レン……」
晴は俺の体に頬を擦り付けながら、何度も何度も俺の名前を呼んでくれる。そんな彼女が愛しくて、彼女の身体をさらに強く抱きしめてしまう。
すると当たり前だが俺と彼女の身体の密着度が増してしまい、接触するところも増えていく。彼女の豊満な胸を押し付けられ、好きな匂いが鼻腔をくすぐる。しかも相手は何度も体を重ねたことがある晴だ。
「……あっ」
そうなってしまえば、俺の体の一部が反応してしまうのも無理もなく、彼女がそれに気づくこともわけなかった。
「えへへ。レン、元気になっちゃったんだね」
晴は可愛らしい笑い声とは裏腹に、妖艶な笑みを浮かべる。
「あたしのせいだよね。あたしの身体に触れてたから、こうなっちゃったんだよね。あたしが処理しないとだよね」
そう言って手を動かす晴に、俺は制止をかける。
「晴。下には陽さんもいるんだから、そういうのはよそう。な?」
「大丈夫だよ。あたし、頑張るから。気づかれないよ」
彼女の手は止まらず、俺のズボンを下げていく。そして下着も降ろされていく。俺はその光景を止めることもなく見届けていた。結局、俺も期待してしまっているのだろう。
晴は自身の服を脱ぎながら話す。
「あたし、勉強したんだ。この大きくなった胸でどうしたら男の人が、レンが喜んでくれるか。トルパニのフウちゃんはトラブルで主人公の顔に胸を押し付けてたけど、もっとレンを気持ちよくさせてあげられる方法があるの。それはね」
「どう、レン。気持ちいい?」
正直、普段より刺激は少ない。だけど、視覚情報からくる興奮が非ではなかった。また、俺のために一生懸命に動いている晴に対する愛情が湧いてきて、俺の身体はさらに熱を帯びていく。
「あぁ、気持ちいいよ」
「ほんと? これ好き?」
「好きだよ」
「……あたしのこと好き?」
「好きだよ」
「レン。レン。レン。あたしも好き。大好き。レン。大好き」
彼女の動きが更に激しくなる。そしてついに、その時が来た。
部屋や晴の身体が汚れてしまわないように咄嗟に手で押さえたため、代わりに俺の手が汚れてしまった。
「ごめん晴。ティッシュ取ってくれないかな」
「うん。……ねぇレン」
「それはダメ」
「……どうして? あたしの身体がレンのものだっていう証拠、身体の中にも欲しいもん」
「……それじゃあキスしなくてもいい?」
「やだ! ちゅーしたい。してくれるの?」
「これを拭いて、手を綺麗にしたらな」
そう言うと、晴はものすごい速さで少し離れたテーブルにあるティッシュボックスと除菌シートを持ってきてくれた。そして俺の目を見つめてくる。まるで何かをねだるように。その姿はさながらわんこだなと思えた。
手を綺麗にしたところで、先ほどからうずうずとしている晴の唇に自分の唇を当てた。すると俺の後頭部に晴の手が回ってきて、そのままガッチリとホールドされてしまい、口内に晴の舌が入ってくる。
ぎこちない動き。勝手がわからず本能のままに動かしている。だけど、まるで何かに対抗するかのような意図があるようにも思える。
それがまた愛らしく、俺も舌を動かしてそれを迎え入れる。すると晴の身体がビクッと震えた。
しばらくそうした後、晴が息切れしながら俺から離れていった。これで満足してくれたかなと思っていると、晴は息を切らしたまま、今度は下を脱ぎ始めた。
「は、晴? だからダメだって」
「もう無理だよ。止められないよ。ねぇレン。あたしの身体の熱おさめてよ」
「でも、陽さんが下に……」
使い回しの言い訳を言おうとすると、下の階から声が聞こえた。
「晴ちゃーん! お母さんちょっと出かけてくるから、レンくんとお留守番お願いねー!」
そんな、タイミングが良いのか悪いのか分からない陽さんの声を聞いて、晴は笑った。
「レン。ほんとうは期待してるんだよね」
「……どうしてそう思うんだ」
「だって、レンの鞄の中、入ってるよねアレ」
晴の視線の先にあるのは俺の鞄。その中には、晴の言うとおりアレ——避妊具が入っている。
「どうして分かったんだ」
「だって分かるよ。さっきからレン、ちらちら鞄の方見てたもん。レンもしたいんだよね」
それは……したいに決まっている。また彼女の身体を味わいたい。そんな衝動がさっきから俺の身体を蝕んでいる。
「いいよ。しようよ。だってレンは今日あたしの彼氏なんだから」
そう言って、晴は熱を帯びた瞳で俺の目を見つめる。
「あたしの身体、レンのものにして」
「…………いや、今日はやめとこう」
一瞬そのまま自分の欲望を彼女に押し付けようとしたが、俺はなんとか自分を抑えることに成功する。
「ど、どうして? もうあたしとはしたくない? 飽きちゃった? お願いレン、あたしを捨てないでよ。なんでもしてあげるから。あたし、色々勉強したんだよ。レンが望むことなら、なんでもしてあげられるよ。今日は用意してないけど、コスプレとかも頑張るから、だから、お願い、レン」
目に涙を浮かべながら、必死に俺に訴えかけてくる晴を心が苦しくなりながらも見つめる。
今、自分にできることはなんだろうか。多分、抱きしめるだけじゃダメだろう。彼女の今の不安定さの原因は、自分は求められていないのだと思っていることにあるような気がする。それなら、
「レン——あっ」
俺は晴の胸元に口を寄せ、唇を肌にくっ付けて、そのまま強く、そして長く吸った。「んっ」という晴の声を無視して、とにかく力の限りに。
それを十数秒間続け、顔を離すと、そこにはさっきまでなかったアザができていた。
晴は自分の体にできたそれを見て、恍惚とした表情を浮かべる。
「えへへへへへ。キスマークだぁ。レンがあたしに付けてくれた、キスマーク。これって、あたしはレンのってことだよね!」
「そうだな」
「嬉しい。嬉しいよぉ。あたしはレンの。これはその証。……ねぇレン。一個だけじゃ物足りないよ。もっと、あたしはレンのなんだって証拠、つけて」
晴のお願い通り、それから俺は晴の体に幾つかのキスマークを付けた。片手で数えられないくらいの数を付けたあたりで、晴は満足そうな表情を浮かべた。
お互いに満足したということで、俺たちは服を着直した。すると晴が、俺の鞄を指差して言う。
「それ、あたしが預かってていい?」
「別にいいけど、陽さんにバレるかもしれないから俺が持ってた方がいいんだろ?」
「うん。でも持っておきたいの。だめ?」
別に拒む理由もないし、彼女なりの考えがあるのだろうと思い、俺はそれを彼女に渡した。
彼女は自分の手に渡ったその箱を、虚ろな目で見つめている。
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