第55話

 降り立った駅前の商業施設の土産コーナーの前で立ち尽くしている男が一人。俺です。瀬古蓮兎です。


 今日は日向家にお邪魔する日。それも、晴のお母さんである陽さんがお休みのところにお邪魔する予定だ。前みたいに学校帰りではないし、流石に手土産なしにお邪魔できないなあと、持っていく物品を物色中なわけで。


「何を持っていけばいいんだ……」


 こういったことは初めてなので、いったい何が正解なのか分からない。晴の好物は分かるけど、晴の家族の好みは分からないし。


 土産コーナーには地元の名産品が並んでいるが、日向家の地元の品を持って行っても仕方がないし。別のところを見るべきだろうか。


「あれ? 先輩じゃないっすかー」

「ん?」


 声の方を振り向くと、そこには生意気な後輩がいた。私服姿は初めて見たが、シャツにロングパーカー、そしてショートパンツと結構ラフな格好で、なんとなく彼女のイメージ通りだった。


「何してんすかこんなところで」

「日向の家に持っていく手土産選び」

「あー、この前言ってましたねー。なるほどなるほど、いい心掛けだと思うっす」

「小井戸に言われると癪だな」


 二人との関係の悩みについて相談させてもらっている手前、今日の日向家訪問も小井戸には報告していた。


「なんすかそれー先輩ひどいっすよー」

「そんなことより、小井戸もどうしてこんなところにいるんだよ。小井戸の家はこの辺じゃないだろ」

「そんなこと!? 今ボクの尊厳に関する問題をそんなことって言いました!? 先輩は相変わらずボクに優しくないっすねー。まぁ質問にお答えしますと、たしかにボクの家はここから離れたところにありますが、ボクの友達はこの辺に住んでるので必然的に遊ぶ場所はこっちになるんすよ」


 納得がいった。たしかに高校の友達と遊ぶとなれば、うちの生徒はこの辺に住んでいる人が大半なため、小井戸がこっちに足を運ぶことになるのか。


「なるほどな。てか友達いたんだな」

「ちょっと! いい加減にしてくださいよ! これでもボク、クラスの人気者っすよ?」

「うん、それは想像できる。今のは冗談だよ」

「まったく。先輩と一緒にしないで欲しいっすね」

「あはは。そうだな。気を悪くしたな。ごめんな」

「軽く弄り返しただけじゃないっすかーそんな悲しい目をしないでくださいよーなんかボクが悪いみたいな感じになるじゃないっすかー」


 とまあ、校外でもいつも通りのテンションで話をしてくれる後輩に感謝しつつ、俺はスマフォで時間を確認する。


「時間ない感じっすか?」

「このまま手土産選びに難航してたらそうなりそう」

「ありゃりゃ。何と何で悩んでるんですか?」

「そこまで絞ることすらできていないんだな、これが。いっそのことケーキとかでも良いかな」

「良いと思いますよ。それなら何種類かバラけて買うのが吉っす。選ぶ楽しさもできて二度美味しいってやつっすよ。ちなみにそこのケーキ屋さんがおすすめっす」

「それはいいことを聞いた。うん、そうするよ。ありがとな」

「いえいえ! それでは、また学校で!」


 そう言って去っていく頼れる後輩の背中を見送っていると、少し行った先でくるっとこちらに振り返り、


「先輩が実は優しいってこと、ボクは知ってますからねー」


 と言うと揶揄うような笑みを浮かべ、また向こうへ歩みを進め始めた。


 やっぱり小井戸は生意気な後輩だなぁと、彼女の後ろ姿を見ながら苦笑する。




 * * * * *




 小井戸の助言もあって、俺は手土産としてケーキを選択したのだが、ケーキ屋に行って俺はまた悩んでいた。


 ケーキと言っても種類は様々で、結局陽さんの好みを予想して買わないといけない。晴の好きなチョコレートのケーキ、それとオーソドックスなショートケーキにモンブラン、あと少し趣向を変えてフルーツタルトを選択し、箱に詰めてもらった。


 今から駅から向かうよと晴に連絡を入れ、箱が揺れないように慎重に歩いて行った。なんかこう、改まって女友達の家に訪問するのは緊張する。日向家は何度もお邪魔しているし、陽さんとも面識があるのに。


 二人はよく我が家に来れたなぁと一ヶ月前のことを思い出す。そういえば晴はめっちゃ緊張していたっけと、当時の晴の姿を想起して口角が上がる。すると少しだけ緊張がほぐれてきた。


 ついに日向家に着いた俺は、深呼吸を一つしてインターホンを押す。しかし応答はない。首を傾げていると、家の中からドタバタと音がして、勢いよくドアが開かれて晴が姿を現した。


「ご、ごめん。さっきまで準備してて」


 軽く息切れしながら謝ってくる晴。おそらくその旨を伝える返事が来ていたんだろうけど、それを見ていなかった俺の落ち度なので「大丈夫」とだけ返す。


 もう少しだけ外で待ってようかと聞いてみたが、もう準備は済んだので入ってもいいと家の中に案内された。


「お邪魔します」

「あっ、レンくん! いらっしゃい! 久しぶりね〜」

「陽さん。ご無沙汰してます。これ、今日は休日なのにも関わらずお邪魔するのでそのお詫びに」

「わぁ〜ありがとう! むむ、この箱の印字、駅前のケーキ屋さんね! ここのケーキ大好きなの〜ありがと〜」


 手土産の店選びは大成功だったみたいで、俺はホッとする。そして心の中で小井戸に感謝する。


 そうしていると、服の袖をクイッと引っ張られる感触を覚えた。見ると晴が不満顔を浮かべて俺の服の袖を摘んでいた。


「さっきからお母さんばっかり構ってる……」

「別にそういうわけじゃないんだけど」

「なによ。お母さんが好きなケーキ屋さんのケーキ買ってきてさ」

「それはたまたまだって。あ、そうだ。晴の好きなチョコのケーキも買ってあるよ」

「え、ほんと!? やったぁ! えへへ、ありがとレン!」


 なんだこのちょろ娘。可愛いな。


「あぁぁぁ晴ちゃん可愛い!! やっぱりレンくんと一緒にいる時の晴ちゃんが一番可愛いわぁ。そうだ写真撮っておこっと」


 陽さんはスマフォを取り出し、晴にカメラを向ける。「やめてよお母さん!」と恥ずかしそうにする晴を見て、また陽さんのテンションはぶち上がっていく。


 終いには晴は俺の影に隠れてしまった。


「あらら隠れちゃった。あ、レンくんごめんなさいね、こんなところでずっと立たせちゃって。どうぞどうぞ、中に入って」

「あ、はい。お邪魔します」


 陽さんに促されて、俺は日向家のリビングに向かう。


 晴の部屋に行く際にちらっとだけ見たことはあったが、こうして中に入ったのは初めてだ。ただ、どこのリビングもあまり大きな違いはないなと感じさせられる。そのためか少しだけ落ち着いてきた。だが、要所要所にその家の特徴が出ており、それを見る度にここは日向家なんだと再認識させられる。


 リビングまでの移動中も晴は俺のそばから離れなかった。陽さんが「もうスマフォはしまったよー」と両手をひらひらさせて見せても、晴は俺の影から姿を現さない。人間に怯えた小動物みたいになってしまっている。いや俺も人間なんだけど。


「いただいたケーキ準備するね〜。レンくんは適当に座ってて!」

「ありがとうございます」


 なんとなくで選んだテーブル席に座る。流石に一緒には座れないので、晴はやっと俺から離れて隣の席に座った。


「お母さん、テンション高すぎ……意味わかんない」


 晴は頬を膨らませて母親に文句を言っている。だけど本気で嫌がっている感じはしない。なんだかんだで、日向家の親娘も良好な関係を築けているのだと思わされる。


 陽さんはコーヒーの入ったカップにお皿、そしてフォークを持ってきてくれた。それを晴が手際よくテーブルに並べる。俺はお客さん扱いされ、何もしないでと言われてしまったのでその光景をただただ眺める。


 陽さんはまず、箱から取り出したチョコレートケーキを晴のお皿に乗っけた。目の前のケーキに目を輝かせる晴を見て、陽さんの目もまた輝く。


 あとは、陽さんはモンブラン、晴のお父さんはフルーツ全般が好きとのことだったので俺はショートケーキをいただいた。


 食事中も陽さんは隙を見て晴の写真を撮ろうとしていた。晴は恥ずかしそうにしながらも、諦めたのかそれを受け入れていた。


 チョコレートケーキをフォークで上手に口に運び、美味しいのか頬を緩ませる晴。その姿を見ていると、気がつけば俺もスマフォを取り出して彼女のその姿を撮影していた。


 カメラのシャッター音が鳴ったため、晴は俺の撮影に気付き、顔を真っ赤にして俺のスマフォを奪おうとしてくる。


「絶対いま撮ったでしょ! 見せて! 意識してなかったから、変な顔してるかもしれない!」

「大丈夫だよ。可愛く撮れてる」

「あぅ……ほんと? あたし、可愛い?」

「可愛いよ」

「……えへへへへへ」


 晴の頬が緩みに緩みまくったその瞬間、対面に座る陽さんのスマフォからシャッター音が鳴り響いた。……いや陽さん、撮りすぎ。もはやシャッター音がBGMみたいになっている。





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タイトル元に戻しました(今後また変えるかもしれません...運営さん次第?)

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