第50話
あれから更に一週間が過ぎた。
中間試験とかいう面倒臭いイベントがあったが、なんとか乗り越えることができた。むしろ試験勉強のことを考えることの方が多かったので、頭痛的には楽だったかもしれない。
そんな地獄を終えて昼休憩を迎えた。試験後に普通に授業があるとか、本当の地獄はこれからだった。
「瀬古氏〜試験の調子はいかがであったか〜」
「まあまあだなぁ。いつも通りっちゃいつも通り」
「うむ。それならよかろう。体調が成績に響いたら、あのお二人も悔やむだろうからな」
「小田……お前イケメンだな!」
「ふっ。ついに気づかれたか。……瀬古氏ぃ、今のうちに我の周りにある鏡を全部叩き割ってくれないか」
「どんだけネガティブなんだよ! 小田はまた痩せてきて、今は結構シュッてしてきてるだろ。自信持てって。半年以上告白を振られ続けたのにピンピンしてる奴もいるんだぞ」
「それは特例すぎてなんの励みにもならん」
伊達に生ける伝説やってませんから。こう言う時に役立って欲しいものだが、小田には刺さらなかったらしい。とほほ。
小田とそんな会話を教室でしていると、他のクラスメイトの会話が耳に入ってきた。みんな中間試験を終えてテンションが高めで、声のボリュームも大きいため自然と聞こえてしまう。
「やっと試験終わったな! 部活できるぞ!」
「先輩に会うのはだるいけど、最近入ったマネージャーのために頑張れるよな〜」
「いやぁマジ天使だよあの子。まぁ俺たちじゃ相手されないだろうけどな」
「ふっ。俺はあの子から練習後にタオルを渡されたぞ。守屋先輩は汗を多くかくから準備しておきましたって。もうこれ俺の嫁だよな?」
「は? 汗ダラダラで見苦しいから早く拭けよタコってことだろ」
「めっちゃ口悪いじゃんお前。そんな奴だったっけ」
「うるせえ! くそ、俺だって! こうなったら水2リットル飲んで練習に参加してやる!」
「人工汗かきキャラを誕生させようとするな」
なんともまぁ男子高校生らしい会話が聞こえてほっこりする。小田も聞こえていたのか「マネージャーかぁ」と呟いている。
「俺たちには無縁な存在だな」
「瀬古氏はそうだろうが、我は一応部活に入っておるぞ」
「漫研だろ。マネージャー枠なんか無いじゃないか」
「分からんぞ。『先輩、ネーム作りファイトですっ』っていう可愛い後輩が入ってくるやもしれんじゃないか」
「次の新作のアイデアか?」
「現実の妄想もさせてくれよ瀬古氏ぃ!」
悲痛な声を上げるが、なんだかんだ小田の次作は先輩後輩ものになるだろう。二次元で欲望を昇華する男、それが小田だ。
「後輩といえば。一年生に派手な髪の毛の女子生徒がいるみたいだな」
「小田って意外と情報通だよな」
「情報を制するものが世界を制するのだよ。えっと、名前はたしか……」
「小井戸茉衣」
「そう、小井戸茉衣……へ? 瀬古氏が、夜咲氏と日向氏以外の女史に興味を持っている……?」
「なんだその反応。まあ、ちょっとした知り合いなんだよ」
「興味どころじゃなかった! ど、どういう関係なのだ?」
「うーん……相談に乗ってもらってるのと、いちごミルクを奢らされてる」
「ますますよく分からない関係になったのだが!?」
正直、俺と小井戸の関係って自分でもよく分からない。ただの先輩後輩って感じでもないし、かといって友人とかそういうのではないし。
「とりあえず、生意気な師匠ってことで」
「……瀬古氏の交友関係は謎が多いな。そういえば、その女史の髪色はピンクなのだろう? トルパニのフウと一緒ではないか」
「やめろ。俺が気にしないようにしていた点を取り上げてくれるな」
「す、すまぬ。色々複雑なのだな」
「そういうこと。悪いな」
俺だって最初、その髪色を見て脳裏にチラついたのはトルパニの推しキャラであるフウだ。だけど髪色と明るい性格が似ているだけで、他は全く似ていない。フウは語尾に「っす」なんてものつけない! あれは別のキャラだ。
というか、小井戸のことをそういう目では見ていない。彼女はただの仲のいい後輩だ。
「なになにー? 今、トルパニの話してたよね? フウちゃんの話もしてたよね?」「ひ、日向氏!?」
俺たちの会話に割り込んできた晴に、小田は驚愕の声を上げ、モジモジと気まずそうにし始める。会話の内容が内容だしな。
「新巻のフウが可愛かったよなって話してたんだよ」
「新巻、あたしも読んだよ! フウちゃんすっごく可愛かった! フウちゃんの主人公に対する健気な想いが伝わってきたよ〜。……あ、あと、ちょっとえっちなシーンとか、多めだったねっ」
「ぬふふ……いだっ! な、何をするんだ、瀬古氏!」
「うるせえ」
小田は俺に脛を蹴られたことに憤慨する。
恥ずかしそうにトルパニの話をする晴の姿を見て、少し気持ち悪い笑みを浮かべていた小田が悪い。
晴は俺たちのやり取りの意味が分からなかったのか、きょとんとしている。
次の瞬間、晴は何か思いついたような表情を浮かべ、俺の耳に口元を寄せてきて、
「レンもああいうのが好きなの? あたし、してあげるよ?」
と耳打ちをしてきた。心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、近づいてきたその額にデコピンを軽く打ち込んだ。晴は「いった〜」と額をおさえる。
「痛いよ瀬古! 何すんの!」
「これでもかなり手を抜いたんだけどな」
「瀬古氏、女史に手を出すとはなってならんぞ」
「俺の男女不平等デコピン受けてみるか?」
「ぬ……遠慮しておく」
デコピンの素振りをして見せると、俺の指が空気を切る音を聞いて小田は退くことを選んだ。
「晴。何をしているの」
そこに美彩も介入してきた。小田の体がさらに小さくなっていく。
「お昼を食べましょうって、瀬古くんに声をかけに行ったはずよね」
「あっ、そうだった。ごめん美彩。忘れてた〜」
「はぁ。晴は本当に抜けてるわね。だから数学の問題もあんなミスを」
「うわうわ。言わないでよ! もうっ、美彩のいじわる」
「ふふ。ごめんなさい」
やはり二人は仲の良い親友のままでいてくれている。俺が二人のやり取りにほっとしていると、小田が小声で話しかけてきた。
「やっぱり美少女同士の絡みは良いですな」
「二人を題材にした漫画描いたら許さないからな」
「か、描くわけないではないか! ……瀬古氏に言われなかったら、描いてたかもしれんが」
「おい」
趣味を否定するつもりはないが、身内をネタにしたものは描いてほしくない。特に二人を題材にしたものは絶対に阻止する。まぁ小田も本気で描くつもりはないだろうけど。
それから美彩と晴と談笑しながら一緒にご飯を食べ、俺は空になった弁当箱をしまいながら席を立つ。
「瀬古。今日も保健室行くの?」
「……あぁ」
「ほんとに大丈夫? あたし付き添うよ?」
「いやいいよ。気持ちだけ受け取っておく。ありがとな」
「でも……最近、ずっとお昼は保健室行ってるじゃん。やっぱりあたし不安だよ」
「晴。瀬古くんの体のことは瀬古くんが一番分かっているのだから、ここは見守っておきましょう。ね」
「……うん。分かった」
愚図る晴を宥めた美彩が、俺にアイコンタクトを送ってくる。おそらく俺が一人になりたいことを察して、このような行動を取ってくれているのだろう。
「二人ともありがとな」
「いいのよ。でも、もし何かあったら必ず言いなさいよ」
「……分かった」
俺は感謝の気持ちと罪悪感を抱きつつ、二人のもとを離れて裏庭へと向かった。
* * * * *
裏庭に着くと既に小井戸は来ており、ベンチに座って足をぶらぶらさせながら俺のことを待っていた。
もういるだろうなと思っていたので、遅れたお詫びに買っておいたいちごミルクを渡しながら隣に座る。そして、先ほど教室であったことを報告した。特に晴についてだ。
「ふむふむ、日向先輩がそんなことを。そろそろ動きがありそうな感じっすね」
「なんか犯人の動向を見張っている刑事のセリフみたいだな」
「あんパンにはいちごミルクっすよね!」
「張り込みの定番にいちごの甘みを足してんじゃねーよ」
「そんな甘ったれた態度だと犯人にバレちまうぞ! っすよね?」
「締めの言葉盗らないで。窃盗の容疑で現行犯逮捕な」
「そんな! ひどいっす!」
いつもの軽い調子で会話をしながら、俺はふと気になったことを小井戸に訊ねる。
「なあ小井戸。好きってなんだと思う?」
「うわ。唐突に一番面倒な質問きましたね」
「華の女子高生が恋に関する質問で面倒とか言うなよ」
「女子高生は直感で恋してるのでそんな理屈っぽいこと考えませーん。……まあ、そうっすね。やっぱり究極的にはその相手と一緒にいたいってことなんじゃないすかー?」
「小井戸もそう思うか。……だったらさ、今こうして二人から逃げている俺は、二人のこと好きって言えんのかな」
「ほら面倒な展開になったじゃないっすか! えぇ……ボクこれに答えなきゃいけないの?」
小井戸は腕を組んでうーんと考え込み始め、しばらくしておもむろに口を開いた。
「先輩は今、お二人と一緒にいるために頑張っている途中なんすよ。だから先輩のお二人を想う気持ちは嘘ではないと思います」
「……小井戸ぉ。お前めっちゃいいこと言うなあ」
「ですよね! この解答思いついた時、我ながら天才かと思いましたよ!」
「天才の至言、しかと受け取りました」
「ふっふっふ。精進したまえっす」
やっぱり小井戸は俺の師匠なのかもしれないと思うのだった。
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