第47話
「先輩と日向先輩ってどんな関係なんすか?」
告白を振った相手にしつこく迫られている後輩を助けたと思ったら、そんな爆弾を放り込まれてしまいました。
飼い犬に手を噛まれるとは言うが、助け出した亀に手を噛まれるとは思わなかった。もう噛みちぎれてそうだ。
驚いて一瞬声が出なくなってしまっていたが、これ以上間を開けるとより関係を疑われてしまうと思い、即座に答える。
「大事な友達だよ。てか日向のことも知ってるんだ」
「はい。先輩と夜咲先輩、そして日向先輩の三人はセットで有名っすから」
「あ、そうなんだ。日向もか……」
「まあ先輩方は奇妙な組み合わせですし、それに日向先輩かわいいっすもんね。そりゃ噂になりますよ」
晴が可愛い、か。この後輩よく分かってるじゃないか。
晴は美彩とよく一緒にいるために、彼女と比較されることが多く、みんな口を揃えて美彩の魅力には勝てないと言うために、晴の魅力を評価する人は少ない。
そんな中、小井戸は晴をちゃんと評価してくれた。それだけで俺の中で小井戸の株は上がっているのだが、こいつは要注意だ。
「それで、どうして俺と日向の関係を聞いてきたんだ」
「……えー。それ、聞いちゃいます?」
どこか挑発めいた反応だが、聞き出さないと後から悶々としてしまいそうだ。
「普通に気になるだろ」
「まあボクはいいんっすけどねー。うーん、何を話せばいいのかなあ。放課後、先輩が日向先輩と一緒に帰ってることとか?」
「……そりゃ毎日一緒に帰ってるけど、夜咲も一緒で途中までだぞ」
「違いますよー。そうじゃなくて、先輩と日向先輩の二人で一緒に帰ってることっす。……日向先輩のおうちにね」
「……お前、どこまで知ってるんだ」
「んー。どこまで話そうかなー」
もったいぶるような口調で話す小井戸。それはどこか楽しそうだ。
小井戸は自分のスマフォを取り出し、画面を見て「あー」と声を漏らす。
「もうこんな時間っすね。先輩もまだご飯食べてないっすよね?」
「食べてないけど、今はそれどころじゃ」
「ご飯は活力の源! ちゃんと食べないとダメっすよ。特に先輩はいま体調崩してるんすから」
……こいつ、本当にどこまで俺のことを知ってるんだ?
「それじゃあ先輩。連絡先交換しましょ?」
「……あぁ分かった」
「やったぁ! でもチャットで聞き出してこないでくださいね。明日、この時間にまたここでお会いしましょう。その時にお話するっす! あ、でも雑談ならウェルカムっすよ!」
「しないかな」
「ひどい!」
連絡先の交換を終えた俺たちは、今日はそこで解散することになった。
また悩みの種が増えてしまったなぁとぼやく。
もしかしたらこの裏庭は告白スポットではなく、後輩が厄介ごとを持ってくるスポットなのかもしれない。
* * * * *
放課後になった。
頭痛に襲われながらもなんとか授業を乗り越えた俺は、早速家に帰ることにする。もちろん二人も一緒だ。
いつもなら俺が二人と別れる道を通り抜け、そのまま三人で駅まで向かう。
「瀬古。体調悪いなら、無理しなくてもいいよ」
「気にするな。約束しただろ」
「……うん。ありがと。でも、無理しないでね」
荒平先輩からの脅威がある可能性があることを踏まえ、俺と美彩は晴を家まで送り届けるつもりなのだ。
まず、俺が晴に帰りは家まで一緒に帰ってやると、昨日通話越しに約束した。
そして今日、その旨を美彩に伝えたところ「私も一緒するわ」と言い出したのだ。俺一人で十分だと言ったのだが、彼女の意思は固く、こうして三人で晴の家まで行くことになった。
放課後に電車に乗って晴の家の最寄り駅に行くのは、去年の11月ぶりだろうか。晴が仮病を使って俺がお見舞いに行った日……ではなく、俺と晴の歪んだ関係が始まって、次に体を重ねた日が最後だ。
初めは電車で家まで行けばいいと思っていたのだが、電車や駅の構内でクラスメイトに鉢合わせる可能性があることに気づき、俺たちの関係を疑われると面倒だということでそれ以来歩いて行くことになったのだ。意外と歩けない距離でもなかったのが幸いだった。
少し懐かしさを覚えながら電車に揺られ、俺たちは晴の家の最寄り駅に到着した。そしてどこかに寄ることもなく日向家へと向かう。
「瀬古くんの家も楽しかったけれど、今度、晴の家に遊びに行くのも楽しそうね」
「え、いいよ! ぜひぜひ! あたしのアルバム写真とか用意しておくね!」
「うふふ。それは楽しみね。晴とは高校からの付き合いだから、それより前の晴を私たちは知らないのよね」
「友達の小さい頃って意外な発見があって楽しいよね! 今度、美彩の家もお邪魔させてよ〜」
「いいわよ。そしたら、その時に紗季も呼ぼうかしら」
「紗季ちゃん! 会ってみた〜い」
二人がそんなたわいもない話をしているのを聞いて、俺は陰でホッとしていた。あんなことがあったため、二人の仲はもっとギスギスしていると思ったが、親友という絆はそんなに脆いものではなかったみたいだ。
あっという間に日向家に到着し、俺たちは解散することなる。
「また明日ね、晴」
「またな」
「……うん。なんだか寂しいね」
「明日また会えるわよ。そうよね瀬古くん」
「そうだな。まぁなんかあったら遠慮せず連絡してくれよ」
「……うん! 二人ともありがと! 気をつけて帰ってね!」
最後に晴の笑顔を見ることができて、俺は安堵しながら美沙と一緒に来た道を帰る。
賑やかし担当がいなくなったので、会話も少し落ち着いている。だけど盛り上がっていないわけではない。
「荒平って人、サッカー部ではかなり横暴な先輩らしいわ」
「だろうなぁ。うちのクラスのサッカー部員があんだけ従順だったんだから、部内でどんな態度を取っているか容易に想像つくよ」
「そうね。あんな人が年上ってだけで上の立場にいるのはやりづらそうね」
「エースストライカー様らしいけどな。でも、うちのサッカー部ってあまり強くなかった気が……」
「蓮兎くん。そこまで言ったら他の部員にも失礼よ。たとえそれが事実でもね」
「美沙も言ってるじゃないか」
「ふふ。だって私たちをあんな目に合わせたんだもの。少しくらい毒を吐いても許して欲しいわ」
それもそうだと俺は同調する。
そんな感じで俺たちはいつも通りの調子で会話をしながら、自分達の最寄り駅へと戻ってきた。
「戻ってきたけど、美彩はいつもどこら辺で日向と別れてるんだ?」
「……そうね。もう少し先よ。そこまでついて来てくれるかしら」
「もちろん」
俺の家は駅からそこそこ歩くので、どの道そのポイントまでは行くことになるだろうしな。
美彩について行く形で歩を進める。駅と学校を繋ぐ一本道をいつも歩いているのだが、美彩はその道を外れて歩いていく。いったい晴は普段どこまで一緒に帰っているのだろうか。
それからしばらく歩いて行くと、美彩は「ここよ」と言われて立ち止まった。そこは交差点とかではなく、ここ周辺で一番大きい家の前だった。
家の前の表札を確認する。——やはり「夜咲」と書かれてあった。
「ここ、美彩の家?」
「えぇ。正真正銘、私の家よ」
「日向はいつも家までついてきてるんだな」
「いいえ。晴とはさっき曲がった交差点で別れているわ」
「へ?」
俺が困惑していると、美彩はクスッと笑った。
「蓮兎くんをうちまで案内したかったの。ダメ、かしら」
「全然ダメじゃないけど、どうして?」
「蓮兎くんに知って欲しいの。私のことを。まず、おうちから知ってもらおうと思って。……それと」
美彩に腕を引っ張られ、道路から夜咲家の敷地内に入った。立派なガーデニングによって、お隣からは姿が見えないようになっている。
どうしたんだろうと美彩の顔を見ると、美彩は顔を紅潮させ、その瞳を潤わせており——その表情に見惚れていると、不意に美彩の唇と俺の唇が重なった。
以前のようにそれ以上のことはなく、美彩はすぐに俺から離れてくれた。
「キスがしたかったの」
やはり美彩は耳まで顔を赤くさせており、その顔から余裕を一切感じさせない。ただ、恥ずかしそうに微笑むその表情が非常に妖艶に思えて、俺の心臓は先ほどから激しく跳ね上がっている。
「……ダメね。これだけじゃ足りないわ」
そう言って、美彩は俺を抱きしめてきた。自然と俺も彼女の背中に両腕を回す。
「……はぁ。やっぱりあなたとこうしているととても落ち着く。どうしてかしら」
「ハグをすることで幸せホルモンと呼ばれるオキシトシンが分泌されるからとかなんとか」
「今はそういった科学的な知識はいらないのだけれど。蓮兎くん、わざとやってるでしょ」
「そうでもしないと、俺の心臓が爆発しそうなんだ。許してくれ」
「ふふ。そう。それなら仕方がないわね。特別に許してあげるわ」
お許しが出たのだが、美彩が俺を抱きしめる力がさらに強くなる。
「美彩さん? いつまで続けられるのですか?」
「どうかしたのかしら、蓮兎くん。だってあなたが言ったんじゃない。ハグをすることで幸せホルモンが分泌されるのでしょう? それならするに越したことはないじゃない」
「理屈は通ってるけど、ここは外だしさ……」
「私は構わないわ。誰に見られようと、私たちの関係をどう思われようと、ね。そうだわ。これを日課にしましょう。そしたら私たち、幸せな日々を送ることができるわ」
「なんか入信させられようとしてる気がする」
「ハグ教よ。あなたと私がアダムとイヴになるの」
「ハグ以外のこともしようとしてるじゃないか!」
「私とは嫌、なの?」
「……嫌ではないです」
「ふふ。正直者で偉いわね蓮兎くん。ご褒美に頭も撫でてあげるわ。ちなみに、頭を撫でることによっても幸せホルモンと呼ばれるオキトキシンが分泌されると言われているのよ」
「幸せホルモン活用しすぎ。頭の中オキトキシンで浸されちゃう」
人ってものは意外と簡単に幸せになれるのかもしれない。ちょろいな人間。オキ漬けにされるべきなのはイカではなく人間なのかもしれない。
美彩は俺の腕の中でクスクスと楽しそうに笑っており、
「ふふ。二人で幸せ漬けになりましょう」
そんな、彼女らしからぬことを発言している。
だけどそれがまた可愛らしいと思えるのだった。
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