第46話

 以前に小田が言っていた。我が校の裏庭は校内有数の告白スポットであると。


 俺は前ここに来た時も告白の現場に居合わせてしまった。というか今一緒にいる後輩カップルがその二人だ。


 そして今、またもや後輩の男女ペアが裏庭にやって来た。それも今から告白しますよという雰囲気を漂わせながら。


「うわぁ。ドキドキしちゃいますね」

「僕、他人の見るのは初めてですよ」

「俺は君たちのが初めてだったよ」


 その様子を、俺たちは身を隠しながら観察していた。趣味が悪いのは分かっているが、後輩の告白現場は見てもいいということをこの後輩カップルに教えられた俺を止める者はいなかった。というか、今更ここから離れようにも離れられない。どのみち気まずい空気になってしまうだけだ。


小井戸こいど。今日はここまでついてきてくれてありがとう」

「うん。それで話って?」


 二人が話し始めた。カーくんが「始まりましたね!」と呟く。二人の姿は見えないが、話し声だけはクリアに聞こえてくる。それは逆もまた然りなので、カーくんに「静かに」という意味を込めて口元に一本指を立てて見せる。


「小井戸って俺と……なんていうか距離が近いよな。この前みんなで遊びに行った時も、ずっと俺のそばにいたし」

「えっと、そうだっけ……ごめん。覚えてない。たぶん無意識にそうしてたんだと思う」

「そ、それって俺のそばが落ち着くってことだよな!? ……じ、じゃあさ、この際だから言うけど……俺、小井戸のことが好きだ! 俺と付き合ってくれ!」


 ついに男子の方から告白をした。会話の内容からして、二人は一緒に遊びに行く仲でもあり、距離感もそこそこらしい。この結果やいかに——


「ごめんなさい。無理です」


 女子の方がバッサリ断った。瞬間、空気が凍る。


「あらら。これはまたバッサリですね」

「うっ……胸が痛い。でも僕はその勇気、賞賛するよ」


 こちらの後輩カップルは同級生の告白の結果を目の当たりにして、そんなコメントを漏らしている。よく考えたら、こいつら高みの見物がすぎるだろ。


「ど、どうして!? 小井戸は俺のこと好きじゃないの!?」

「別に……ただのクラスメイトの一人、かなぁ」

「そ、そんな。じゃあなんであんな思わせぶりな態度取ってたんだよ!」

「だから、こっちとしてはそんなつもりはなくて……」

「ふ、ふざけんな! こっちは本気だったんだぞ!」


 告白に玉砕した後輩くんだが、結果に納得がいかなかったのか先ほど告白した相手にキレ散らかしている。その態度が、俺の嫌いな奴に重なって腹が立ってくる。


「あらら。あれはないですねぇ」

「振られたなら潔く引いて、諦めきれないならまたの機会に挑まないと。それこそ瀬古先輩をリスペクトして……瀬古先輩?」


 俺は気づいたらベンチから立ち上がっていた。そして「どこ行くんですか!?」と言うカーくんに「二人は今のうちに離れてていいよ」とだけ返して、例の二人組のもとへ歩み寄った。


 突然現れた俺の姿を見て、二人はぎょっとした表情をした。特に男子の方は、自分がしていたことを自覚しているのか、少しバツの悪い顔をする。


「盗み聞きするようなことをして悪いと思ってる。だけど後輩、その辺にしとけって。潔く身を引くことも大事なんじゃないか」

「な、なんだよお前……ん? もしかして、あの瀬古先輩?」

「いかにもあの瀬古だけど」

「……げっ。もしかして今の俺って、この人みたいな感じになってた? うわぁ……小井戸、本当に悪い。俺はもう諦めるよ。酷いこと言って悪かったな」

「え。あ、うん。気にしてないよ」

「そう言ってくれると助かる。それじゃあ」


 そう言って、後輩くんはこの場から去っていった。


 俺は彼が残して言った言葉を頭の中で反芻させ、「えぇ……」と声を漏らす。


 場を収めることには成功したけど、なんか、煮え切らないなあ。結局、彼は自分の姿が俺の姿に重なって見えて嫌気がさしたわけだろ。……やりきれねえよ。


「流石です瀬古先輩! この事態を丸く収めるなんて!」

「めっちゃ鋭利なものが俺の心に突き刺さってるけどね」

「大丈夫ですよ。瀬古先輩はあの人と違って、引くときは引く人だと私たちは知っています」

「ナーちゃん……」

「ただその執念が強くて、ヒットアンドアウェイみたいな形で一年間継続しているだけですよね」

「なんで引っこ抜いた剣先をもう一度突き刺したのかな?」

「結果が散々でも折れない心を持った先輩を、僕は本当にリスペクトしてますよ!」

「共同作業で俺の心に入刀するのやめようか。その強靭な心、いま穴だらけだからさ」


 もう嫌だこの後輩カップル。俺をリスペクトしているとか言って毎度心を抉ってくるんだもん。


「てか離れててもいいって言ったのに、まだ残ってたんだ」

「そんな。瀬古先輩を置いていけませんよ!」

「そうですよ!」

「カーくん……ナーちゃん……!」


 彼らはめっちゃいい後輩です。


「あ、あの……」


 告白されていた後輩が声をかけてくる。改めて彼女の姿を見ると、なかなかに派手な格好だった。肩より少し長いだろうピンク髪を下で軽く二つ結びしているのが特徴的だ。たしかにうちは髪色に対する校則が緩いが、染めたところで茶髪ぐらいだ。ピンクは非常に珍しい。


 身長は……美彩よりは断然低いけど、晴よりは少し高いだろうか。顔も整っており、そりゃ告白されるだろうって感想を抱く。


「ごめんね、変に介入しちゃって。あと話を盗み聞いちゃって」

「い、いえ! むしろ助かったっす!」


 後輩で「っす」口調かぁ。小田が喜びそうだ。


「もしかして小井戸茉衣まいさん?」

「え、うん。そうだけど」

「わぁやっぱり! 私たち一年生の中でとびきり可愛い子がいるって話を聞いてたの! わぁ〜本当に可愛い!」

「や、やめてよ。恥ずかしい、から」

「わぁ、わぁ! カーくん、今の見た? 小井戸さんすっごく可愛い!」

「そうだな。だけど、俺としてはナーちゃんが一番可愛いよ」

「カーくん……!」

「ナーちゃん……!」


 もうお前たち帰ってくれよ。小井戸もドン引きしてるだろ。


「あの、先輩」

「……あ、先輩は俺しかいないか。どうした?」

「ちょっと、この後お話いいっすか?」

「別に構わないけど……」

「じゃあちょっとだけお時間ください。それと、二人には悪いんだけど、先輩と二人きりにしてほしいなって」

「えっ……そ、それって」

「カーくん! ここは何も聞かずに離れるのが吉だよ! 私も根掘り葉掘り聞きたいところだけど、ここでズカズカ聞き出すようなことをしたら、私たち無神経な人たちだと思われるから!」


 もう君たちは立派な無神経カップルだよ。何を今更。


 二人が去って行き、小井戸と一緒に残された俺は、話があると言った向こうの出方を窺っていた。すると、小井戸は俺に笑顔を向けてきて言った。


「それじゃあ先輩。そこのベンチに座りましょうか」

「ここにベンチがあるの知ってたんだな。ここからは見えないのに。以前も来たことあるの?」

「……そうっすね」


 何か含みのある返事だったが、まあしつこく突っ込むことでもないだろう。もしかしたら彼女にとって、ここで告白されたのは今日が初めてじゃないかもしれないわけだし。


 ベンチに座り、一息ついたところで、小井戸は改めてお礼を言ってきた。


「先輩。本当にありがとうございました。先輩が来てくれなかったら、ボク、あの後何をされていたか」


 ボクっ娘とは。これまた属性を重ねてきたぞ。小田が興奮してしまう。


「余計なお世話にならなくて済んでよかったよ。しかし、告白は相手のことも考えてしないといけないなって改めて思い知らされたよ」

「そうっすねぇ。先輩って本当にほぼ毎日、夜咲先輩に告白してるんすか?」

「……あぁ。それってやっぱり有名なんだ」

「有名も有名ですよ。なんせ生ける伝説っすからねぇ」

「……そっか」


 俺は気にしていなくても、相手にも影響を与えてしまう可能性がある以上、彼女の優しさに甘えずもっと慎重に行動するべきだったなあと反省する。


「それで、話って?」

「あ、すみません。えっと、本題に入るんすけど……」


 初対面の俺に何の話があるんだろう。伝説(笑)についてかなあと考えていると、彼女はその大きくて綺麗な瞳を光らせて言った。


「先輩と日向先輩ってどんな関係なんすか?」


 その目からは、ただ好奇心から聞いてきたわけではなく、どこか確信めいたものを感じた。


 俺は昨日ぶりに背中に冷や汗を感じた。

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