第45話
超大型連休を明けて、久しぶりに学校へ登校することとなった日の朝。
母さんからはしきりに「大丈夫?」と聞かれた。これ以上休んでしまったら、俺はそのまま引きこもりになってしまいそうなので意地でも登校することにした。
いまだ頭痛は治らない。これから教室に行くことを考えると、鈍い痛みが頭を襲う。あの交流会に参加したクラスメイト、特に甲斐田は俺と会って何をしてくるだろうか。メッセージを貰った感じ、反省しているみたいだけど。ただ謝罪されてもなっていう感じである。許す許さないを決めること自体、俺が決めることではないし、俺は許すつもりがない。実害が出たのだから。
そして教室に行けばあの二人、美彩と晴に会うことになる。昨日、二人とは通話越しに話すことができたけど、実際顔を合わせると自分の情緒がどうなってしまうのか分からない。二人のもそうだ。
かと言って、授業を受けるために教室に行くしかない。教室の前で一呼吸入れた後に、ドアを開けて教室へ入る。すると既に登校していたクラスメイトが一同に俺の方を振り向く。別に注目されていることは慣れているが、その視線はいつものそれとは違った。
「瀬古氏」
教室の入り口で呆然としている俺のところへ小田が来てくれた。小田は周囲に視線をやりながら、小声で話しかけてくる。
「もう大丈夫なのか」
「全快ではないけど、授業くらいは受けられるよ。ありがとな」
「いやいやそんな、我と瀬古氏の仲じゃないか。……あの件、当日参加していなかったクラスメイトにも広がってな。先日、サッカー部員たちは猛烈にバッシングを受けけることになった」
「だからこんな感じなのか」
いつもは「今日の告白タイムが始まるぞ」といった好奇に満ちた目なのに、今日はどこか同情するような視線を感じていた。
その中に、申し訳なさそうにしている人たちもいる。サッカー部員だろう。
「瀬古」
そんな目をした者が一人、俺のもとへやってきた。甲斐田だ。
「甲斐田」
「本当にすまなかった。先輩に脅されたからといって、していいことと悪いことがあった。この通りだ」
「顔を上げてくれ」
「日向にも謝った。許してくれとは言わないが、どうか謝罪をさせてほしい」
「いいから顔を上げてくれ」
甲斐田はゆっくりと顔を上げる。その顔から本当に反省している様子が見て取れたので、俺は他に何も言わない。
教室中から視線を浴びながら、俺は甲斐田の横を歩いて自分の席に向かう。
甲斐田はたしかに反省している。俺たちを騙したこと。荒平先輩が日向を連れ帰れるように協力したこと。それらを悔いているのだ。
もちろんそれについては大いに反省してもらいたい。しかし、俺が一番怒っていることはそこではなかった。
あるサッカー部員は言った。瀬古蓮兎にとっての一番は夜咲美彩だろうと。日向晴は二番目以下で、夜咲美彩と比べたらどうでもいい存在だろうと。
どうして彼がそんな認識をしてしまっているのか。いや、彼だけじゃない。おそらく他のクラスメイトのほとんどが、共通の認識を持ってしまっている。日向晴は二番目以下だと。
日向晴は夜咲美彩のような絶世の美女では決してない。だけど彼女とは違った魅力がたくさんある、可愛らしい少女だ。だけど周囲は、その間に大きな隔たりを感じてしまっている。
ではどうしてそんなことになってしまったのか。ズバリ俺のせいだろう。俺は今まで三人で遊ぶ時に、二人の扱いに差をつけたりはしなかった。しかし、夜咲美彩には特別なことをしてきた。告白だ。そしてそれを周囲の目を気にせず行ってきた。その結果、周りにそのような格差意識を植え付けてしまったのだ。
初めはそのサッカー部員にあった怒りが、原因を分析することによって自分に返ってきた。この虚しさや怒りをどこにぶつければいいのか分からない。それなのに、自分が悪いと頭を下げられたら、格好の的が来たとそのドス黒い気持ちをぶつけそうになる。
荒平先輩の言動についてもそうだ。奴は先に夜咲美彩に告白をしたと彼女本人から昨日聞いた。そして見事に振られたあいつは、その告白を無かったことにしたらしい。そして次に目をつけたのが、日向晴だ。
彼女はクラスメイト以外からも二番目として扱われてしまっている。この現状を生み出したのはおそらく自分だ。
頭が痛い。やはり教室に来ると考え事が多くなる。
「瀬古。大丈夫?」
「瀬古くん、まだ頭が痛いの?」
晴と美彩が心配そうな表情で俺の席まで来てくれた。二人にはそんな顔してほしくないのに。そうさせてしまっているのはまた俺だ。
晴の前髪に目がいってしまう。今までそこにあった髪留めがなくなっている。それに気づくと、どこか寂しい気持ちになってしまった。俺でそう言う気持ちになるのなら、晴の心情は俺では推し量れないほどに落ち込んでしまっていそうだ。
「大丈夫大丈夫。授業はぼけーっとしておけばいいし」
「受けるならちゃんと聞かなきゃダメよ。何かあったらいつでも言いなさい」
「ありがとう」
「保健室行く? ついて行ってあげよっか?」
「いや大丈夫。留年するわけにも行かないし、教室に残って授業受けるよ。ありがとな」
二人の気遣いで心があたたまる。しかし、
「今日は告白しないんだね」
「まあ体調が悪いみたいだし、仕方ないんじゃない」
「なんか日向さん、今日は瀬古に優しくない?」
「仲はいいんだから体調の心配ぐらいはするだろ」
そんなクラスメイトの話し声が聞こえ、俺の心は急激に冷めていく。
今までどんな噂話をされても構わなかった。いや、今も自分の陰口を叩かれても平気だ。しかし、二人のことを考えると申し訳なくなってしまう。
無責任なのはわかっている。だけど、本音を言えば。
俺はこの場から逃げ出したくなっていた。
* * * * *
昼休み。
午前の授業はなんとか乗り切ることができた。と言っても、常に頭痛に苛まれていたので、内容はほとんど頭に入ってきていないのだが。
いつもなら教室で美彩と晴の三人でご飯を一緒にしている時間だが、俺は保健室に行ってくると教室を離脱した。二人とも付き添ってくれようとしていたが、流石に申し訳ないと言って丁重にお断りした。無理強いは良くないと思ったのか、二人は案外あっさりと引き下がってくれた。
おかげで俺は裏庭に一人で来ることができた。一人になるという時間がこんなにも必要になってくるとは思わなかった。
ベンチに座り、心地の良い風を受けながら、何も考えずに青空を見上げる。そうしていると頭の中からごちゃごちゃしたものがすーっと抜けていって気持ちがいい。思考放棄してるなあと思いながらも、それをやめる気になれない。
その時、ザッという足音が聞こえた。それも二つ。もしかしてまた告白の現場に遭遇してしまったのかと思ったが、やってきたのは例の後輩カップルだった。
「瀬古先輩! お久しぶりです!」
「ご無沙汰してます。私たちのこと覚えてますか?」
「あれだけのことがあって覚えてないわけないじゃないか」
彼らは俺のことをリスペクトしているとか言って、俺の目の前で告白を披露し、そして付き合い始めた。
その際、俺は校内で有名人であることを知ってしまった。もちろん悪い意味で、である。
「順調みたいだね。ゴールデンウィークとかどこか行ったの?」
「は、はい。えっと……江ノ島に」
「へぇ。デートの定番だね」
「その後に箱根に……」
「ん? 一日で行ったの? 結構スケジュールキツくない?」
「えっと……二日で行きました」
「……日帰りで二日?」
「……一泊二日です」
「お、お前! お泊まりするまでが早すぎるだろ!」
「きゃーっ、なんで言っちゃうのよカーくん!」
「だって先輩にはお世話になったしさ。それに僕は何も恥ずかしくないから。ナーちゃんと一緒にどこかへ行ったことを堂々と人に話したいんだ」
「カーくん……!」
「ナーちゃん……!」
もう順調も順調みたいで、後輩カップルは二人だけの空間を作り始めた。
うん。別にいいんだけどね。カップル誕生の瞬間に居合わせてしまった手前、上手くいってることは俺としても嬉しいけどさ。俺の前に来てやらなくてもよくない? いや二人の逢引の場に俺がいただけかもしれないけどね。
「ここに来たら瀬古先輩がいると思ったんですよ」
「故意じゃねえか」
「はい。僕たちは恋してますよ」
「……もう好きにしてくれ」
順風満帆すぎる後輩の恋模様に両手を上げていると、また足音が聞こえてきた。今日は来客が多いなあと思っているとカーくんが「隠れましょう!」と言ってナーちゃんと一緒にその場に屈んだ。釣られて俺も体を前傾にして丸くなる。
そこにやってきたのは、青のネクタイとリボンをした男女のペアだった。その二人の間には緊張した空気が漂っている。
……また、なのか?
————————————————————
後輩カップルの初登場回は第24話です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます