第44話

 近年、トークアプリは通話も可能になっており、しかも別途料金がかからない。素晴らしいなと思うのだが、通話をかけた時に相手が通話中の場合、そのように表示される仕様になっている。


 俺はさっきまで美彩と通話をしていた。そのため、その間に通話をかけてくれた人には「相手はただいま通話中」と表示されるわけで。


『美彩にかけた時も通話中ってなったんだぁ』


 つまりは共通の知人であれば話し相手も推測可能ってことです。


「あー、うん。さっきまで夜咲と話してたよ」

『どっちからかけたの?』

「夜咲からだよ」

『ほんと?』

「こんなことで嘘つかないよ」

『でも美彩とお話したんだよ。しばらくはレンをそっとしといてあげようって』

「そう言って晴もかけてきてるじゃないか」

『うっ。……ねぇ、ほんとうに美彩からだったの? レンからはかけてないの?』

「誓って俺からじゃないよ。履歴送ろうか?」

『……ううん。そこまでしなくてもいいよ。えへへ。うん、レンの言うこと信じる』


 どちらが通話をかけてきたのか、そこまでこだわることなのだろうかと困惑していると、その理由はすぐに明らかになった。


『レンがあたしじゃなくて美彩にかけたんだと思ったから。もうあたしはいらない子なんだと思ったの』

「いらない子って。晴の存在は俺にとってすっげえ大事だよ」

『だって、いま通話かけたのも、レンが遠くに行っちゃう気がして……本当はかけちゃダメなのに、居ても立ってもいられなくなったから』

「なんか前も同じこと言ってたな。あの時も俺は頭をパンクさせて休んでて……」

『うん。前回も今回もあたしのせいでレンの体調崩しちゃって。レン、もうあたしのこと嫌いになっちゃったかなって思えてきて……』

「そんなわけないだろ。こんなことで晴のこと嫌いにならないよ」

『……もっと名前呼んで』

「え? は、晴」

『もっと。もっとたくさん呼んで』

「晴。晴。晴。晴。晴。……あの、何か言ってくれないかな。恥ずかしいんだけど」


 女の子の名前を連呼するというある種の羞恥プレイを受けさせられている現状を訴えると、それを指示した相手は「えへへへへへ」とご満悦の様子だった。


『そうだよね、レンがあたしのこと嫌いになるわけないもんね。先輩から助けてくれたし、デートだってしたことあるし。ちゅー……ちゅーは……』

「は、晴?」

『ねぇレン。レンは先日までキスしたことあったの?』

「……いや、なかったけど」

『じゃあ正真正銘、美彩がファーストキスの相手なんだね』

「……あぁ。そうなる、かな」

『そっかぁ。うん、そうだよね。知ってた。てか別にあれが初めてじゃなくても、どのみち初めてはもうないわけだし……』


 重たい空気が流れ始めた。別に俺は悪くないはずだが、胃がキリキリしてくる。


「ま、まあでも初デートの相手は晴だしなぁ」

『……そうなの?』

「あぁ! あと女子の部屋に初めて行ったのも晴だな。逆にうちに来た女子も」

『……えへへ』

「プライベートで手を繋いだのも初めては晴だよ」

『ク、クリスマスイヴの日だよね!』

「そうそう。それを言うとデートに初めて誘ったのも」

『あたし?』

「正解。晴が初めてだ」

『えへへへへへ。そっかそっか、あたしが初めてか〜』


 晴の機嫌を取り戻すことに成功し、俺はほっと安堵のため息をつく。


 実はデートの相手として手を繋いだのは晴が初めてだが、女の子としては紗季ちゃんが先なんだよな。まぁ紗季ちゃんはノーカンになるだろうし、言う必要もないだろう。


『え、えっちもあたしとが初めてだもんね?』

「そ、そうだな」

『初めて同士で嬉しい。レンにあたしの初めてをあげることができて嬉しい。レン。レン。レン』


 晴の機嫌をこれだけ上下させるだけあって、初めてと言うものはとても重要なのである。それは俺も重々承知している。だからこそ、晴と歪な関係を築いてしまった時に一番気にしていたことだった。


『……レンってさ。えっちのパターンってほとんど固定してたよね』

「……そうだったけか」

『そうだよ。あたしがちゅーしようって言ってもしてくれないし、口でしようかって言ってもさせてくれないし、体勢変えようって言っても変えてくれたのはこの前のあれだけじゃん。あれって、あたしの初めてをなるべく奪わないようにしてくれてたんだよね』

「……そうだったけか」


 それが、俺が気をつけていたことだ。この関係はいずれ破綻する。もしそうなった時、晴に最小限の傷で済ませる方法を考えた結果がこれだった。いや彼女の身体を利用していた時点で、こんなことを考えても偽善でしかないのだが。やらないよりはマシだと思ってやっていた。


 それがまさか本人にバレているなんて思っていなかった。


『もう、バレバレだよ。……今度からそんなこと気にしなくていいから。あたしの初めて、レンにたくさんもらって欲しいの』

「今度からって……この関係は終わったんじゃ」

『どうして? まだ美彩と付き合ってないでしょ?』

「そうだけど……でも、夜咲にもバレたんだしさ。続けるわけにもいかな——」

『バレてないよ』

「へ?」

『美彩はキスマークだけで、そこまではしてないと思ってるみたい。昨日、美彩と二人で会って話したから知ったんだけどね』


 ……そんなことあるか? キスマークまで付けておいて、その一線は超えていないって発想になるだろうか。


 ……あのピュアピュアな美彩ならありえないこともない気がしてきた。


『だから、ね。これからもたくさん解消してあげる』

「う、うーん。でもやっぱり、こういうことはもうやめに——」

『やっぱりレンにとってあたしはもう必要ない……?』

「ほどほどにな」

『えへへ。うん!』


 うーん、この件は後でしっかり考える必要がありそうだ。……頭が痛くなってきた。


 少し話題を変えよう。


「そういえば、荒平からあれ以来何かされてないか」

『う、うん。大丈夫だよ。連絡先とか交換してないから、学校に行かない限り関わることもないし』

「そっか。でも気をつけないとな。プライドだけは高そうだから、何かしてきそうだし。帰り道は晴の家まで一緒に帰るようにするか」

『えっ。レンが守ってくれるの? 毎日?』

「一応そのつもり。頼りないだろうけど」

『そ、そんなことないよ。ありがと! ほんとに嬉しい。……でも、レンの体調も気にしないと。あっ、ごめんね。こんなにたくさんお話しちゃって。レンのお母さんに怒られちゃうかな』

「母さんには黙っとくよ。……それに、俺も少しだけ寂しかったからな。晴と話せて嬉しいよ」

『レン!』


 なんとなく、晴は今尻尾をぶんぶん振り回している気がする。彼女には尻尾がないのに。見えない尻尾が暴れ回っているはずだ。


 それから少しだけ話をして、俺たちは通話を切った。


 通話終了の画面を眺めて、そういえばあの時の言葉の続きを言うのを忘れていたなと気づく。


「……まあ、また今度でいいか」


 二人と話をしたことで、心がかなり満たされた感じがする。しかし、その分通話前より頭痛が激しくなっている気がする。


 あまりよろしくないなあと思いながら、俺はスマフォを放り投げ、ベッドに潜り込んだ。

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