第39話
駅の方に向かった。ただそれだけの情報を頼りに、俺は地面を蹴る。
今思い返すと、たしかに奴は初めから晴を狙って行動していた。今回招集されたクラスメイトのメンツは、サッカー部を除いて大人しめなやつらばっかだった。他は部活があるだろうからと納得していたが、おそらく自分の計画の邪魔にならないやつを甲斐田に選ばせたのだろう。
晴と美彩は昼休憩前の授業前に甲斐田に誘われたと言っていた。おそらく先に声をかけたのは晴の方だろう。すると晴は「美彩と瀬古が行くなら」と返事をした。だから次に美彩に声をかけると、今度は「晴と瀬古くんが行くなら」と返答を受けた。
そして俺に声をかけるまでの間、荒平との何らかの話し合いがあったのだろう。だから俺に声をかけるのはギリギリになってしまった。きっとそんなところだ。
「あぁ……くそっ」
俺が行こうなんて言わなければ、こんな事にならずに済んだ。美彩が涙を流すことも、晴が不本意な行動に出ることもなかった。
そもそもあの時、晴を置いて美彩を追いかけたのが失敗だった。だけどあの状態の美彩を追いかけないわけにもいかなかったし、晴にもついてきてもらうべきだったのか。
今も美彩をカラオケに置いてきてしまっている。だけど、甲斐田たちからそういう悪意は感じ取れなかった。あいつらはあくまで荒平の言いなりなだけだろう。それに、公共の場でそこまで強引なこともできないはず。……これも悠長な考えなのかな。
……過ぎたことを今ごちゃごちゃ考えていても仕方ないか。とにかく今は足を回せ。
普段は体育の授業くらいでしか走ったりしないため、次第にスピードが緩くなっていく。足が重い。だけどここでへばっている場合ではない。腿を殴りつけ、何とか馬力を保たせる。
真っ直ぐ駅までの道を走るが、まだ二人の姿は見当たらない。一応晴にメッセージを送ったが既読すら付かないため、そちらは望み薄だ。追いかけるしかない。
店が立ち並ぶエリアを抜け、しばらく走ったところで河川敷に出た。駅はこの先だ。人気のない橋を渡ろうと河川沿いに進む。すると、橋の上に二人の男女が見えた。もしやと思い目を凝らしてみる。晴だ。荒平も一緒だ。
そこからはゆっくりと近づき、二人の様子を窺う。本当はこのまま突っ込んでいくつもりだったが、橋の上で足を止め、何か真剣な表情で話しているのが見えたからだ。
ここからでは二人の声は聞こえない。ただ二人の動作からその内容を推測するしかない。
……まさか告白をしているんじゃないだろうな。
心臓がキュッと締め付けられる感覚がした。咄嗟に胸を押さえる。いつも自分が美彩にしていること。美彩は俺以外から告白されていると聞く。それを聞いた時も、このように胸が痛むことがある。その時と同じ現象が、今この身に起きているのか。
胸を押さえながら、彼女たちの動向を観察する。荒平が何かを捲し立てるように話しているのが見える。その時だった。
「うるさい!!!」
初めてここまで声が聞こえた。それも明瞭な声。晴の明確な拒絶の声だ。
俺はその声を聞いた瞬間駆け出していた。
まだ心臓に痛みが走る。息切れも相まって痛くなってきた。だけど、晴のそばに行くことでその痛みも消えるような気がした。
走りながら二人の様子を観察する。荒平が晴の身体を欄干に押さえつけ、晴が暴れて抵抗している。一瞬、何かが下の河川に落ちていくのが見えた。彼女も落ちてしまうのではないかと焦り、足の回転を速める。
「たすけて! レン!」
晴が助けを求めている。俺の名前を呼んで。
「何やってんすか先輩」
二人のもとに駆けつけた俺は、驚いた表情を浮かべる先輩の腕を晴の肩から引き剥がした。そして二人の間に割り込む形で立ち、晴を背中に隠す。
「レン……」
後ろから今にも泣いてしまいそうな晴れの弱々しい声が聞こえ、背中に温もりが生じる。
気づけば胸の痛みは消えていた。
「はぁ……何でお前がここにいんの? 夜咲はどうしたわけ?」
荒平は面倒臭そうに頭を掻きながら聞いてくる。この口調が本性なのだろう。
「俺の大事な友達が、いけ好かない先輩と一緒に帰る羽目になったって聞いたんで飛んできたんすよ。そしたら何ともデンジャラスな場面に
「『晴』? あれ、君って日向ちゃんのこと名前で呼んでたっけ?」
「んなことどうでもいいんだよ。早く質問に答えろよエースストライカー様」
「チッ……別に、髪にゴミがついていたみたいだから取ってあげようとしただけだよ」
「そんな誤魔化しが効くような状況じゃなかっただろ。じゃあどうして晴の身体はこんなに震えてんだよ。説明してくださいよ」
「あーくそ。お前だりいなあ。はいはい。オレの告白を断りやがったから、ちょっと痛い目見せてやろうとしただけだ」
——だけ、だと? こいつの発する言葉の意味を理解したことがない。理解できない。考え方が根本的に違うんだ。
「だけってなんすか」
「ふん。ここでできることなんて限られるだろうし、本当にちょっと悪戯しようとしただけだ」
「てめえ」
相手に飛びかかりそうになったところで、背中にくっついている晴が、俺の制服の裾を引っ張りながら弱々しい声で「ねぇもう帰ろうよ」と訴えてくる。
こいつとこれ以上話していても埒が明かない。晴の言う通り、早く帰るべきだろう。それに、晴のためにもこいつから早く離れてあげたい。
「それじゃあ先輩、もう俺たちには近づかないでくださいよ」
そう言って立ち去ろうとしたところ、荒平は「おい待てよ」と俺の肩に手を置いてきた。そして握る力を入れてきて、俺の肩が少しだけ軋む。
「オレの邪魔をした挙句、さっきまで舐めた口をききやがって。タダで帰らすと思ってんのか?」
晴が更に怯えて俺の体にしがみついてくる。ただ俺は冷静に血走った目をした男を見ていた。
「いいんすか、先輩。推薦もらうんでしょ?」
「っ……」
「よく知らないっすけど、そう言うのって事件起こしたら絶対もらえないもんじゃないんすか」
「……チッ」
荒平は何とか自制が残っていたみたいで、俺の言葉を聞いて苦い顔をしながらも肩から手を離した。そしてもう一度舌打ちをして、来た道を戻っていく。
あんな奴もうちにいるんだなあと胸中で感想を漏らしていると、背中からぬくもりが消え、反対にそのぬくもりが移った。晴に正面から抱きつかれたのだ。
「レン……レン……! たすけに来てくれてありがとう……! あたし、信じてた。レンは来てくれるって。たすけに来てくれるって信じてた!」
「小田に伝言残してくれてて助かったよ」
「えへへ、気づいてくれたんだ」
久しぶりに晴の笑顔を見れたような気がする。それを見ていると心もあたたかくなる。
「やっぱりレンはあたしのこと分かってくれてる。一緒にいたら幸せになれる。レンとずっと一緒にいたい。レン。レン。レン。レン。レン」
晴は俺の胸に顔を埋めて小さな声で何かを呟いている。怖い思いをしたんだし、そりゃ甘えたくなるものだ。
「怪我とかないか?」
「う、うん。大丈夫だと思う。ちょっと肩が痛いけど、怪我ってほどじゃ……あれ?」
晴は自分の頭……具体的には前髪をペタペタと触って何度も確認する動作を繰り返す。次第に晴の顔面が蒼白になっていく。
「ない……」
「ないって、もしかして髪留め?」
「そう。あたしのヘアピン。大事なヘアピン……どこで落としたの」
「……あっ。そういえば、さっきあいつが晴に襲いかかってきた時、下の川に何か落ちていくのが見えたけど……もしかして」
「っ!」
俺がそう言うや否や、晴はその場を駆け出して、橋を渡りきってすぐに横に曲がり、河川敷に降りていく。俺も晴を追いかける形で走り出す。晴の走るその表情は、かなり必死なものだった。だけどその横顔を見て、場違いにも俺の心はときめいていた。
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