第35話

 晴のお母さん、陽さんと再び顔を合わせた日の翌日。


 明日から待望のゴールデンウィークを迎えるとなって、教室の学友たちは浮足立っていた。かく言う俺たちもその話題で盛り上がっていた。


「やっぱり観光地かなー?」

「でもめっちゃ混みそうだよな。どの店に行っても並ぶ時間の方が長かったり」

「それはありえるわね」

「えー。そんなこと言ってたらどこにも行けないよー」

「それもそうだな……うーん」


 こんな感じで、俺たちの『ゴールデンウィークにどこに出かけるか決めよう会議(晴命名)』は平行線を辿っている。


 結局今日も決まらず終いで放課後を迎えてしまった。


 部活に入っていない俺たちは学校に残る用事がないため、すぐに帰宅している。今日も例に漏れず即座に教室を出ようとする。しかしリュックを持ち、席を立ったところで俺のそばにやってきたのは二人ではなかった。


「よう瀬古。ちょっといいか?」


 話しかけてきたのはクラスメイトの甲斐田かいただった。たしかサッカー部所属、加えてその甘いマスクで女子人気が高いとか。あまり話した記憶はないが、何用だろうか。


「いいけど、どうした?」

「この後さ、クラスのみんなでカラオケに行くんだけど瀬古も来てくれよ。俺たちこのクラスになってからまだ交流とか盛んじゃなかっただろ? だから連休に入る前に親睦を深めたいと思ってな」

「なるほどな」

「特にあの二人……夜咲と日向はお前を含めた三人以外であまり遊びに出かけたりしないからな。今日も誘ってみたけど、二人ともお前が行くなら行くって言ってるんだ」

「はあ」


 入学以来、俺たちはずっと三人で行動してきている。そのため他のクラスメイトとの交流が疎かになっているという面はたしかにあった。


 それはクラスメイトにとっても、そして俺たちにとってもあまり良いことではないだろう。二人との時間も大切だが、せっかく同じクラスになれた縁だ。ここは参加してみるか。


「いいよ。そのカラオケに参加するよ。けど、甲斐田は部活とか大丈夫なのか?」

「ん? あ、あぁ。今日はオフなんだよ。だから大丈夫だ」

「ふーん。そうなんだ」


 その分連休にしごかれる感じだろうか。運動部は大変だ。お疲れ様です。


「それじゃあ詳しいことは後で連絡するからよ、連絡先交換してくれ」

「オーケー」

「悪いけど少しだけ待っててくれ。それじゃ」


 甲斐田と話を終えたところで、夜咲と晴の二人がこちらに歩み寄ってきた。


「行くって返事したのね」

「折角の機会だしな。ここでクラスメイトと仲良くなってたら、文化祭の準備もスムーズにできそうだし」

「ふふ。意外と打算的な返事だったのね」

「瀬古はずるいからね〜」

「うっせ」

「まあ今日は特に用事もないし、あたしも別に構わないけどね。カラオケ久しぶりだし!」


 用事ね。昨日はその用事があったが、あれは毎日する必要はないと俺が説得したことで数日置きになっている。そのため今日はそういった用事がない。


「俺はあんまり歌いたくはないけどなぁ」

「じゃあ瀬古くん。私と一緒に歌う? 誰かと一緒だと少しは歌いやすいでしょ?」

「おぉそれは助かる」

「あ、あたしも一緒に歌ってあげてもいいよ?」

「二人と歌ってたら結局いつもと変わんないな」


 たしかにそうだと二人は笑い、俺もそれにつられて笑う。


 突然のイベント発生だったが、クラスメイトとのカラオケに少しだけ胸を躍らせる。


 通学手段がバラバラであるため、各自都合のいい交通手段があるだろうと言うことで現地集合となっている。しばらく教室で待っていたところで甲斐田からトークアプリを通してカラオケ店を伝えられ、その店に三人で向かった。店前に着いたところで見知った人影を見つけた。


「あれ、小田。お前も来てたんだな」

「瀬古氏! あぁ。甲斐田氏からお誘いをいただいてな」

「でも放課後すぐ帰ってたよな。いつ誘われたんだ? あいつと連絡先交換してたのか?」

「いやしておらんぞ。誘ってくれたのは昼休憩の時だったと記憶している」

「あ、そうなんだ。その頃から企画してたんだな」


 てっきりかなり突発的なものだと思っていた。放課後に誘ってくるくらいだし。


「私はお昼前の授業前にお誘いをいただいたわ」

「あたしもー」

「ってことは俺が最後だったってことか。ここで普段の付き合いの浅さが出るんだよな」

「それを言うなら我もそうなのだがな」


 小田の言う通りではあるが、まあ結局誘ってもらったんだからいいだろう。順番に声をかけて行ったんだろうし、そこに時間差が生じるのは仕方がない。


 しばらく店前で話をしていると、ぞろぞろとクラスメイトが集まってきた。だいたいクラスの半数くらいだろうか。部活が休みだからかサッカー部員の顔ぶれが多く、他はあまりカラオケに行っているイメージのない人ばかりだった。


「なんか意外なメンツだね」


 晴が周りには聞こえないように配慮した声量で俺たちに話しかけてくる。それに対して「そうだなぁ」と苦笑混じりに返す。


「今日は集まってくれてありがとう! それじゃあ入ろうか。もう予約は取ってあるんだ」


 そんな用意周到な頼れるクラスメイト甲斐田について行き、俺たちは店内へと入っていった。用意されていた部屋は大きなパーティールーム。こんな大人数での利用自体初めてなので、このような部屋に入ったのも初めてだ。ミラーボールぶら下がってるじゃん。


 他のクラスメイトも同様に興味津々に部屋をキョロキョロと見渡す。そして各々適当に席に座り始めた。


 この部屋は向かい合わせのソファが二組並んでいる。


 まず夜咲がソファの端に座った。俺もその近くに座る。そして晴が夜咲の隣に座る。


「ほら瀬古。こっちに詰めなさいよ。間あけてたらみんなが座れないじゃん」

「あ、あぁ。そうだな」


 晴に促され、俺は晴のそばまで寄る。夜咲、晴、俺。そんな並びで座ることになった。なんだかいつもと変わらない位置取りになってしまったなと胸中で苦笑する。


 そして俺の隣には小田がやってきた。少しだけ体をビクビクさせている。


「来たはいいが、こんなパリピ空間だとは思わなかったぞ! 瀬古氏〜我を見捨てないでくれ〜」

「見捨てはしないけどさ、カラオケなんだから多少はそういった空間にはなるだろう。俺と行く時はそんな緊張しないだろ」

「それは瀬古氏とは安心するから……」

「小田……」

「瀬古氏……」

「瀬古ー? オタくんー? ちょっとその変な雰囲気出すのやめて」

「少し不愉快ね」

「は、はいっ!」


 俺と小田がちょっとふざけ合っていると、晴と夜咲に怒られてしまった。いいじゃん男同士の友情を深めても。


「おいおい瀬古。その座りじゃいつもと変わらないだろ。今日はクラスメイトとの交流が目的なんだぞ」


 そして甲斐田にも怒られてしまった。こっちは正論過ぎて何も言い返せない。


「だってさ。じゃあ俺、移動するか」

「待ってよ瀬古。あたしと一緒に歌うんでしょ? 曲選ぶためにも隣同士の方が都合よくない?」

「うーん、たしかに」

「瀬古氏! 我を見捨てないと言ったのに!」

「そんな罪悪感を覚える瞳をしないでくれ小田」


 両隣の主張により、俺の移動は難しいと感じた甲斐田は夜咲にターゲットを変更した。


「夜咲。君も席を移動してくれないかな?」

「私、端が好きだからここがいいのだけれど」

「君の好みは分かったけどさ、今日は他のクラスメイトとも話して欲しいんだ。それに端は他にも——」

「だったらカラオケなんて場所は不合理だと思うのだけれど。歌を歌い始めれば、大きな音が部屋中に響き渡って、他の人は喋ることも困難。結局、歌うか聞くかの行動しかできないと思うわ」

「……そ、そうか。うん、わかったよ」


 夜咲の容赦ない反論に甲斐田の心は折れたみたいだ。お疲れ様です。


 結局俺たちは席替えをせず、そのままカラオケが始まろうとしていた、その時だった。


 俺たちのカラオケルームのドアが勢いよく開かれて、誰かが中に入ってきた。遅れてやってきたクラスメイトかと思ったが、その顔に見覚えはない。明るめの茶髪に、緑色のネクタイ。クラスメイトどころではなく、一つ上の先輩だ。どうしてここに?


俺と同様に、夜咲や晴、小田、そして他のクラスメイトも動揺している。しかし、サッカー部員だけは何も変わらない様子だ。


「どうも初めまして、2年B組のみなさん。知っていると思うけど、オレの名前は荒平あらひら成樹なるき。サッカー部のエースストライカーさ。今日のこのカラオケ会を企画したのは他でもないオレなんだ」


 ……は? どういうことだ。これは俺たちのクラスの交流会だったはずだ。それなのになんで荒平さんがそれを企画したっていうんだ。


 バッと甲斐田の方を見ると目が合った。少し気まずそうな表情を浮かべている。おそらく甲斐田はあの先輩に言われてみんなを誘ったんだと察した。


「それじゃあ、楽しい楽しい交流会を始めようじゃないか!」


 突然現れたエースストライカー様は声を高らかにそう宣言した。

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