第31話

 本格的に寒くなってきた。あともう少しで今年も終わってしまう。


 時が流れるのは早いなと思いつつ、自室で自分のスマフォを見つめ続けてから早一時間ほどが経った。


 もちろん私にスマフォ観察といった趣味などなく、ただ踏ん切りがつかないだけ。


「瀬古くんに、お誘いの電話……」


 いつも紗季と遊びに行く予定を立てるときは対面で話しているし、こんなに緊張することなんてなかった。だって今回は、私と瀬古くん二人だけでお出かけをしようと声をかけるのだから。


「もしかしたら瀬古くんからお誘いが来るかも……って、そんなんじゃダメよ」


 情けない自分が出てきて、追い払うように頭を振る。


 瀬古くんからお誘いを受けることもないとも限らない。でも、瀬古くんだったら「3人で」と言う可能性が高い。私と瀬古くんと、晴の3人で。


 今回に限ってはどうしても二人じゃないと意味がない。それに、既に晴には私の気持ちを伝えたのだし、除け者にするといった罪悪感を抱く必要なんてないはずよ。


 晴にはまだ紗季の存在を話していない。結局、今振り返ってみれば、私は瀬古くんを独占したかったのかもしれない。紗季はいるけれど、やっぱり晴と3人でいる時とは私との距離感が違っていたように思える。


 12月25日。クリスマス。聖夜。恋人にとって特別な日。


 私はその日、瀬古くんと一緒にお出かけ……いや、で、デートをしたい。


 ちょうど今年、その日は日曜日ではあるが、そもそも冬休みに入っているため一日をフルで使うことができる。


 私は次、瀬古くんに告白されたらその気持ちを受け入れようと思う。でも教室では嫌だ。もっとロマンチックな雰囲気、場所で、二人きりで彼の愛を受け止めたい。


 特別な時間は独占したいもの。


 私はついに意を決して電話をかける。呼び出し音が数回鳴ったところで、その音が突然消えた。そして、


『もしもし』


 彼の声が聞こえた。それだけで私の胸が跳ねる。


『……あれ? もしもーし。夜咲ー?』

「はっ。ご、ごめんなさい」

『電話なんて珍しいな。何か急用か?』

「……用事がないと、かけちゃダメかしら」

『そ、そんなことはないって。ただ夜咲が電話してくることなんて滅多にないから、それで』

「ふふ。冗談よ。ごめんなさい」


 半分冗談で半分本気。今度から用もなく電話かけちゃおうかしら。


『ビビらせないでくれよ……。それで、どうした?』

「えぇ。……ら、来週の、日曜日。瀬古くんは空いてるかしら?」

『来週の日曜日……あぁ、空いてるよ』

「そう! だ、だったらその日、私と一緒にお出かけしない?」

『夜咲と? それはいいけど、紗季ちゃんも来る感じ?』

「……違うわ。私と瀬古くん、二人きりよ」

『えっ』


 私たちの間に緊張が走るのを感じた。


 私は彼の驚いた顔が容易に想像できて少し頬が緩んでしまう。


 こうして私は瀬古くんとのデートの約束を取り付けることができた。




 * * * * *




 それから、私の人生史上一番長い一週間が訪れた。


 教室でいつものように瀬古くんと顔を合わせる際でさえ、彼の顔を正面から見ることができなかった。恒例のお褒めの言葉も、聞いていると今までにないほど顔が熱くなった。


 自分の様子がいつもと違うというのは自分でもよく分かった。だから、はたから見たらもっと分かりやすいのではないかと思えた。だけど、晴は何故か常に上の空で、気づく様子など微塵もなかった。


 今日の終業式を終えて、明日を過ごせば約束の日が訪れる。まだ朝であるのにも関わらず、私の心は浮き足立っていた。


「……あら?」


 上履きに履き替えるために下駄箱を開けると、そこには一通の手紙が入っていた。こういった類の経験はあるため、それが何であるかはすぐに察することができた。そして、つい大きなため息が漏れてしまう。


 どうせお断りすることは決定しているのだけれど、だからといって無視をするわけにもいかない。ただ無駄な時間を取られてしまう。


 中身を軽く確認して、差出人はお昼休みに校舎裏で待っていることを把握した。


 校舎裏……せめて他の場所がよかったわ。


 断ってしまったけれど、彼が初めて私に告白をしてくれた場所がそこだ。その記憶を他の人で上塗りされることに嫌悪感を覚える。


 お昼休み。私は辟易しながらも、友人との貴重な時間を割いて、校舎裏へと出向いた。手紙の差出人は既に来ていたみたいで、明るい茶色に染めた長めの髪を靡かせ、私の顔を見て白い歯を見せる。ネクタイの色から察するに、二年生の先輩みたいだ。


「ごめんね、急に呼び出して」

「いいえ。謝罪等は要りませんので、ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「ふふ、せっかちだね。それとも緊張してるのかな?」


 緊張? 誰が。


 やたら鼻につく話し方も気に触る。早く用件を済ませて、二人のもとへ戻りたいわ。


「オレのことは知ってるかい?」

「ごめんなさい、存じ上げないわ」

「……そ、そうか。まぁ君は部活に入っていなくて上との交流もないみたいだし、違う学年の生徒を知らなくてもおかしくはないか、うん。オレは荒平あらひら成樹なるき。お察しの通り二年生で、サッカー部の次期エースストライカーさ」

「そうですか。それで、そんな荒平先輩はどういったご用件で私をお呼びになられたんですか?」

「ふふ、君も悪いねえ。分かっているだろうに。オレにわざわざ言わせたいってわけだ。まあそれが本題なわけだから、オレとしても吝かではないけどね」


 荒平先輩はそう言って、私の前に自身の手を差し出した。そして、


「オレは夜咲、君のことを好いているんだ。オレと付き合ってくれないか?」


 そんな薄っぺらい言葉を吐いた。


「私なんかを好いてくださりありがとうございます。ところで、私のどのようなところを荒平先輩はお気に召したのでしょうか」

「君は欲しがりだなあ。んー、まずはそうだね。君は成績が優秀だと聞いたよ。校内でもトップなんだってね。うちでトップを取るのは並大抵の学力じゃ無理だ」

「他には?」

「ん……君の魅力を語るのに不可欠なのはその麗しい容姿だよね。煌びやかな黒い艶髪、小さい顔に細い身体、唇もよく見たらぷっくりしていて可愛らしい」

「他には?」

「はは、まだ欲しいのかい? んん、そうだな……その強気な姿勢も君の魅力かな。やっぱりオレの隣を歩く女は自立していないとな。『人』の字はヒトとヒトとが寄り添い合っているなんて言うけど、どちらも自立していないと話にならないからね。その点、君はしっかりしている」

「他には?」

「……お前さぁ」


 私の相次ぐリクエストに、荒平先輩は顔を顰め、あからさまに嫌悪感を露わにする。


「告白を貰った側だからってさ、少し良い気になってない? 流石のオレでも付き合いきれないよ。まだ答え貰ってないし」

「答え、ですか? お断りします」

「はあ? あんだけオレにお前の魅力を言わせておいて、何それ。ふざけてるの?」


 最初から期待などしていなかったが、目の前の男の本性が見えてきて私は大きなため息をつく。


「あれだけとは? まだ3つほどしか言ってもらっていません」

「3つでも十分でしょ。それじゃあ、君はいくつ言ってもらったら満足するの?」

「そうですね。……少なくとも、250ほど」

「250!? ……はあ。あのさあ、ふざけるのも大概にしなよ。そんなに魅力を語れる奴がこの世に——」

「彼は毎日私のことを褒めてくれる。彼は私の知らない私のことを知ってくれていて、彼の視点でしか見つけることのできない私の魅力を伝えてくれる。私が求めなくても彼は自発的にそうしてくれる。彼は。彼は。彼は——」


 私が言葉を紡いでいくと、荒平先輩の顔が次第に引き攣ったものになっていく。


「な、なんだお前。意味わかんねえ。さっきのは無しだ、今日のことは忘れてくれ」


 そう言って、荒平先輩は校舎へと戻っていった。


 私もすぐに校舎へ戻りたいが、少し間を空けないとあの男と一緒に歩くことになる。


「……瀬古くん」


 私は自身の胸に手を当てて、無意識に彼の名前を呟いていた。

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