第30話
今日は休日。
瀬古くんや晴と一緒にどこか出かける予定もないため、自宅でゆっくり過ごすことにした。以前に購入したファッション誌を手に取り、スタイルの良い女性たちが着ている服を眺める。
そうしていると自室のドアがコンコンとノックされた。「どうぞ」と返事をすると、ドアを勢いよく開けて紗季が入ってきた。
「お姉ちゃん。遊びに来ました!」
「あら、いらっしゃい。最近多いわね」
「ちょっと観察したいものがありまして〜」
紗季はそう言って、私のことをじろじろと見てくる。その視線は私の持つファッション誌に行き、紗季はニヤリと笑みを浮かべる。
「お姉ちゃんって以前からそのような雑誌を読んでましたっけ」
「……えぇ。読んでいたわよ。紗季がいるときにたまたま読んでなかっただけじゃないの」
「ふーん。わたし、お姉ちゃんの部屋に来る度に本棚とかチェックしていましたが、そのような本はなかったと記憶しています。勘違いでしょうか?」
「いや、何をしているのよあなた」
私のプライバシーが従姉妹に侵害されているわ。そういえば以前、瀬古くんが似たようなことを言っていたわね。まあ彼の場合は従兄弟ではなくお母様のようでしたが。
彼のことを思い浮かべると、気づけば頬が緩んでいた。それを見逃さない人が一人。紗季である。
紗季は私の表情を見て、目を細めて笑っている。
「……なに?」
「お姉ちゃん、今、蓮兎さんのこと考えていましたよね?」
「なっ! そ、そんなわけあるはずないじゃない。どうして今、瀬古くんが出てくるのよ」
「えー、絶対考えてましたよ。まぁ話を戻しますけど、お姉ちゃんってファッションなんて適当でいいって以前仰っていましたよね? 恥ずかしい格好でなければいいって。自分磨きは勉学に励むことを言うとまで」
「え、えぇ」
「じゃあどうして今ファッション誌なんて読んでいるんですか? 蓮兎さんに褒めてもらいたい、とかですか? ですよね?」
話、戻っていなかったわ。
「えっと、これは、そう、晴にお薦めされたの。せっかくだから読んでいただけ」
「えー。でも晴さんってお姉ちゃんから聞いた情報の限りでは、スポーティーな女性なんですよね? この雑誌、むしろお姉ちゃんのような静かな方向けのものでは」
「……そうよ。私が買ったのよ。何か悪い?」
「そ、そこまでは言ってませんよ。むしろ変に隠していたのはお姉ちゃんじゃないですか!」
妹に逆ギレするなんて、姉失格だわ。情けない。
「……はぁ。最近、おしゃれが楽しいの。誰かに賞賛されたいわけでもなく、ただ自分を輝かせるために色々なものを見るのがすごく楽しいの」
「……お姉ちゃん、自分のことが好きになれたんだね」
「何を言ってるの。私ほど自分のことが好きな人はいないわよ」
「ううん。お姉ちゃんはお姉ちゃんのこと好きじゃなかった。むしろ嫌っていたのかな。お姉ちゃんの妹として断言できます」
「……そう。あなたには何でもお見通しなのね」
「わたし、お姉ちゃん大好きですから!」
そう言って、紗季は私に抱きついてくる。私はそれを優しく受け止め、そのままその愛しい体を抱きしめる。
自分でも気づかなかった自分の心の変化。それをいつもそばにいてくれた妹が気づいてくれた。それが何より嬉しい。
「もしかして、もう蓮兎さんとお付き合いを始めましたか?」
「な、ななっ!? どうしてそうなるのよ!」
「え、まだお付き合いしていないんですか? 蓮兎さん、ほぼ毎日お姉ちゃんに告白されているんですよね?」
「どうしてそのことをあなたが知っているのよ!」
「蓮兎さんが教えてくれました。普段のお二人について探っていましたら、何か引っかかる点がありましたので、しつこくお聞きしてやっと口を割ってくださいました」
「あなた、中々えげつないことをするわね……」
瀬古くんにとって、想い人の妹には知られたくない情報だろう。私も嫌だ。それを無理矢理聞き出すとは、この子は本当に恐ろしい。
「どうしてお姉ちゃんは蓮兎さんの告白を断るんですか?」
「それは……私に恋愛をする権利なんてないから」
「どうしてそう思うんですか?」
「自分のことを好きになれない人が、他人と好き同士になるなんて……」
「でも今のお姉ちゃんは、自分のことを好きになれていますよね?」
「あっ……」
「あとは自分の気持ちに素直になるだけです。もっと自分の心に耳を傾けてあげてください。そして自分の思うがままに、動いてみてください」
自分の心に耳を傾ける……ね。
自分の胸に手を当てて目を瞑る。すると、頭の中に流れるのは瀬古くんと過ごした日々。彼の笑顔、彼の困った顔、彼の寝ぼけた顔。そして、私に告白してくれる時の彼の真剣な顔。
……そっか。私、瀬古くんのことが、好きなんだ。
でもこれは恋なのだろうか。ただの友情の延長戦ではないだろうか。ずっと一緒にいた友人、それだけ思い出はあって当たり前だ。でも晴のことより、瀬古くんのことの方が思い浮かんでくる。
「どう、お姉ちゃん。自分の気持ち分かってあげられました?」
「……そうね。まだ確信はできないけれど、少しだけ理解することができたような気がするわ」
「もー。そこは完璧に理解して欲しかったです」
「ふふ。ごめんなさい。やっぱり私、面倒な女みたいだから」
「まったくです。ふふ」
紗季と顔を見合わせて笑い合う。紗季のおかげで、やっと自分というものが分かってきたような気がする。
「はぁ。それにしても、まさか中学生の妹に諭されるなんて思ってもみなかったわ」
「まあまあ。わたし、お姉ちゃんの妹ですから」
「ふふ。そうね。……ところで、あなた、瀬古くんが好きではなかったの?」
「もちろん蓮兎さんは大好きですよ。でも、お兄ちゃんとしての好きが強いかもしれません。ですから、お姉ちゃんと蓮兎さんが結婚したら、蓮兎さんはわたしの義理のお兄ちゃんになります!」
「まさかあなた、そのために私をその気に……はぁ」
妹の豪胆さに私がため息をつくと、その当人は「あはは」と笑い声をあげる。
「……でも、ちゃんと男の人としても好きですよ。だから油断しないでくださいね、お姉ちゃん」
「なっ!?」
紗季の目が妖艶に光ったような気がした。私は驚嘆な声を漏らしてしまう。
やっぱり私の妹、少し生意気だわ……!
「それにしても、蓮兎さんって本当にご兄弟いらっしゃらないんですか? あんなにお兄ちゃん力ありますのに」
「なにその力。彼曰く、実兄弟もいなければ、私たちみたいな従姉妹もいないみたいよ。親戚にも同年代はいないみたい」
「へぇ〜。じゃああれって天然なんですね。恐ろしい男です!」
「あなたね……」
それを紗季が言うの? と思ったが、色々考えて脳が疲労してしまっており、指摘するのも面倒で言葉を呑み込んだ。
* * * * *
私は自分の気持ちの変化に気づいてしまった。
この事を、親友である晴にいち早く伝えたいと思った。彼女には色々迷惑をかけてきただろうし。なるべく早く伝えてあげたい。
他にも理由があるような気がしたが、それはぼやけたまま、私が気づくことはなかった。
晴の最寄り駅のカフェに彼女を呼び出した。心の準備をするためにも、早めに着いた私は注文したコーヒーを席で飲みながら彼女を待つ。しばらくすると、カフェのドアが開き、きょろきょろと周りを伺いながら一人の少女が入ってきた。控えめに手をあげてアピールすると、晴は気づいてくれてほっとしたような表情でこちらに歩み寄る。
「お待たせ〜。待った?」
「いいえ、今来たところよ。ごめんなさい急に呼び出しちゃって」
「いいよいいよ! 美彩からあたしにお願いなんて珍しいし〜。それで相談って?」
そう。私は彼女を相談というていで呼び出した。今から自分がすることをどう形容したものか分からなかったためだ。
「……その、瀬古くんのことなんだけど」
彼の名前を出した瞬間、周りの空気がピリッとしたものに変わった気がした。どうしてかしら。目の前の彼女は変わらず笑顔を浮かべている。
「瀬古くんね、いつも私のこと好きって言ってくれてるでしょ?」
「そうだね〜よく続けられるなあって思うし、美彩もよく我慢できるね」
「我慢? 私は別に困っていないのだけれど。……彼ね、毎回私のいいところを言ってくれるの。それも毎回違うの」
「ん? あぁたしかに言ってるね。容姿ばっかり褒めてるイメージだけど」
「あれね、私の容姿の魅力に最近気づいたからなんですって。むしろ初めは私の容姿には惹かれていなかったみたい。容姿に関しては出尽くしちゃったのか、最近は中身についても褒めてくれているけれど。ふふ」
「へ、へぇ〜そうなんだ」
晴は困惑気味な様子。だけどそんなのお構いなしで、私の口は止まらない。
「私、恋愛とかよく分からなくて。そもそも人を好きになることがなかったの。……自分も含めてね。自分を好きになれない私が、他人を好きになることなんてないと思っていたわ。だから瀬古くんの告白も困りはしないけど、受けることができなくて申し訳ないという気持ちはあったわ。だけど、瀬古くんが私の魅力をたくさん教えてくれて、少しずつ自分の良さが分かってきて、だんだん自分のことが好きになってきたの」
心臓が痛いくらい跳ねている。こんなの今まで経験したことがない。口から心臓が飛び出そう。なのに言葉はすらすらと出てくる。
「だからね。私、次は、瀬古くんのこと、好きになれそうなの」
——言い切った。
「こんな中途半端な感情のまま、彼の想いに応えたらダメだと思うの。だから彼には悪いけれど、もう少し自分の気持ちに向き合えた時、次の彼の『付き合って』という言葉を受け入れようと思うの」
「……そう、なんだ」
「えぇ。それを親友である晴に聞いてもらいたくて。ごめんなさい、あまり相談ではなかったわね。ある種の決意表明みたいなものかしら」
そう、これは決意表明。自分の気持ちを素直に受け入れ、そのままを表に出しただけ。それがこんなに気持ちいいなんて。爽快な余韻に浸ってしまう。
こんなことを話すことができるのも、晴が私の親友だからかしら。
ふふ。晴が親友でよかったわ。
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