第29話

 夏休みを終えると、今度は文化祭の準備で忙しくなった。特に私は文化委員であったため、率先して準備に取り掛かる必要があった。けれど瀬古くんと晴が手伝ってくれたので、あまり苦労することもなく、むしろ楽しい時間を過ごすことができたのだけれど。同じ文化委員の高橋くんも頑張ってくれたと思う。


 私たちのクラスの出し物はお化け屋敷に決まった。他に案がなく、唯一出てきたこの案がそのまま採用されただけで、クラス全体的にあまりモチベーションは感じられない。だからこそ、私が精進しなければと意気込んだ。


 だけど私はお化け屋敷というものを経験したことがなかった。そのことを二人に相談したところ、瀬古くんが「じゃあ実際に体験してみるか」と言って近場のお化け屋敷を探してくれた。


 こうして私たちは電車で一時間弱ほどの遊園地に赴き、その園内にあるお化け屋敷へと向かった。私は遊園地自体初めてだったので、他のアトラクションにも目移りしそうなのをグッと堪えてお化け屋敷にだけ集中した。二人に付き合ってもらっているのだから、自分がうつつを抜かしている場合ではない。


 料金を支払い、実際にお化け屋敷の中に入っていく。中は真っ暗で、足場にほんのりと光が灯らされているのみだ。


 ……なるほど。暗闇にして恐怖感を演出しつつ、危険性を排除するために足場は明るくしているのね。


 私は手帳に気づきをメモしながら、未知の体験に胸を躍らせて突き進んでいく。屋敷内では要所要所で仕掛けがあり、物音がしたり、お化け(おそらくスタッフの方)が飛び出してきたりする。後ろから晴の悲鳴が聞こえるため、やはり効果的な演出なのだと思いメモを取る。


 こうして無事調査を終えることができた私は、屋敷を出たところで後ろを振り返る。私一人が先に先にと進んでしまったため、瀬古くんと晴が少し遅れて屋敷から出てくる。その二人は触れ合ってはいないものの、いつもより距離が近いような気がする。


 ふと周りを見る。場所柄、私たち以外のお客さんは恋人同士の人が多い。私たちの次に出てきたカップルの彼女さんも「怖かったぁ」と言いながら彼氏さんに甘えている。


 もしかして、お化け屋敷とはそういう場所なのではないだろうか。そして今、それらしい振る舞いをしているのは瀬古くんと晴の二人で……っ。


 一瞬、ゾワッとした感情が心を覆った。そして胸が締め付けられるように痛くなる。


 二人は例のカップルみたいに密着などしてはいない。なのに、これ以上二人の様子を見続けることができない。


「どうだった夜咲。調査は完璧か?」


 瀬古くんにそう問われ、私は笑顔を作って言った。


「えぇ。おかげさまでお化け屋敷を完璧に理解することができたわ。出し物、楽しみにしてくれていいわよ」

「おぉ。夜咲が言うと凄みが違うな」

「うえー、あたしはもうお化け屋敷はこりごりだなぁ」

「それを今から俺たちは作ろうとしてるんだけどな」

「絶対あたしは作る側しかしないから! 間違ってもお客さん側にはならないから!」

「ふふ。晴、そんなに怖かったの?」


 和やかな空気が流れる。いつもの雰囲気。目に入ったお店にふらっと立ち寄るような、気ままなお出かけの時と同じ。だけど、


「それじゃあ帰りましょうか」


 私は帰宅を提案した。この場所から早く離れたくて。離したくて。




 * * * * *




 調査を終えた私は、次の日からお化け屋敷作りに精を出した。自宅で設計図や必要な材料をまとめた表を作成し、それらをクラスメイトに共有すると教室に感嘆の声が漏れた。クラスメイトの士気が上がったのが目に見えて分かり、内心嬉しくなった。


 瀬古くんの方を見ると、ちょうど彼もこちらを見ていて目が合う。彼はサムズアップして、ニッコリと笑った。その笑顔に私の胸の鼓動が激しくなる。先ほどの感動より衝撃が強い。


 それからは私だけではなくクラスメイトの力も集まり、立派な出し物を作り上げることができた。担任の先生からは「やり過ぎだ」と言うお褒めの言葉をいただいたので「ありがとうございます」と返すと苦笑いされた。


 完成したお化け屋敷を前に、誰がお客さんとしてデモプレイに参加するかという話になった。誰も立候補しようとしないため、なし崩し的に文化委員である私が参加することになった。参考にしたものがカップルに向けたものだったため、私たちのお化け屋敷も一度に二人が入る設定にしている。なので私以外にもう一人参加する必要がある。周囲のクラスメイトは「じゃあ、あとは同じ文化委員の高橋か?」と口々に言い始めるのだが、私の中では決まっていた。


「瀬古くん。一緒に行きましょ?」


 私がそう呼びかけると、瀬古くん本人は目を丸くして固まり、周りはどよめき始めた。そして面白がった様子で「行けよ瀬古!」「ご指名だぞ!」と囃し立てる。


 結局、私と瀬古くんの二人でデモプレイに参加することになった。他のクラスメイトの準備を待って、二人で中に入っていく。基本的に暗闇で、足元に小さな光源があるのみだ。これは参考通りにした。


 我ながら中々の再現度、いいえ、もしかしたら本家を超えてしまったかもしれないと自画自賛する。だって、以前は震えなかった私の体が震えているのだから。


「ふ、ふふ、我ながらすごいものを作ってしまったわ……」


 黙っているのが嫌で、適当に言葉を発する。すると、瀬古くんはそんな私の様子を見て失笑する。


「どうして笑ってるのよ瀬古くん」

「ご、ごめん。色々おかしくってさ。なんというか、ギャップみたいな」

「何よそれ」


 瀬古くんが私を揶揄ってくるのは珍しい。いつもは晴ばかりなのに。それが少しだけ嬉しく感じる。


 そして、先ほどより恐怖が薄れていることに気づく。もしかして、瀬古くんとお話ししているから? ふと遊園地で見たカップルを思い出す。あの彼女さんは怖さのあまり何をしていただろうか。


 私が瀬古くんをデモプレイのパートナーとして選んだ理由。あの時は深く考えなかったけど、きっとこれはあの日のリベンジをするため。だったら、今動かないとどうするの。


「……ねえ、瀬古くん。ちょっとそっちに行っていい?」

「え? ……うん」


 瀬古くんが困惑しながらも承諾してくれたので、私はゆっくりと彼のそばに寄る。今までぽっかり空いていたスペースが埋まる。物理的距離だけでなく、心理的にも距離が縮まったような気がする。暗闇の中だろうか。少し大胆な行動に出ることができ、肩が触れ合う距離まで近づいてしまった。


 触れているのは肩のみ。だけど、まるで彼の纏う雰囲気が私を包み込んでくれているかのようなあたたかさが確かにある。


「やっぱり……なんだか落ち着く」


 ついそんな言葉が口から漏れてしまい、顔が熱くなってくる。こっそり彼の顔を一瞥すると、真っ暗なのではっきりとは見えないが、私と同じような表情を浮かべているような気がする。それがまた私を嬉しくさせる。


 この時間が永遠に続けばいいのにと思うが、教室を改造したお化け屋敷でしかないため、すぐに出口に辿り着いてしまう。


 外に出ると、あまりの明るさに目を細めてしまう。ゆっくり光に慣らしながら目を開けると、目の前に晴が立っていた。どこか目が虚な気がする。


「二人の距離、なんか近くない?」


 晴にそう言われて、慌てて瀬古くんから距離を取り、


「少し通路が狭かったのよ。やっぱり一度に通れるのは二人が限界みたいね」


 そんな言い訳を並べる。すると瀬古くんも空気を読んでくれて「だなぁ」と同調してくれた。


 私から彼に近づいたからなんて、そんなの恥ずかしくて言えるわけがない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る