第28話

 毎年お盆になると従姉妹の紗季の家族が我が家へ来る。


 今年、例年と異なる点として紗季が一人で来ることになっている。あの子、方向音痴なのに無事に辿り着けるかしら。紗季のご両親がお仕事だから先に一人で来るってあの子が言い出したみたい。必死に大人になろうとしているのが分かる。それを見守るのが姉としての役目だろうか。


 だけど最寄り駅までは迎えに行く。と言っても家からそう離れてはいないのだけれど。


 予定時間通りに最寄り駅に着く。親の車から自分だけ降りて、駅の構内へと向かう。スマフォの通知を確認するが、紗季から連絡は来ていない。トラブルにはあっていないってことかしら。でも、もし連絡もできないようなトラブルに見舞われてたら……っ!


 ひとまずメッセージを送ってみようと思いつつ、改札の方を一瞥するとそこには紗季の姿があった。そしてその隣にいたのは、私のよく知っている人、瀬古くんがいた。思いがけない組み合わせに困惑してしまう。


 とりあえず二人のそばに駆け寄って行く。近づいたところで、二人が手を繋いでいることに気づき、眉を顰めてしまう。


「お姉ちゃん! やっと会えました〜」

「紗季。えっと……これはどういうこと? どうして私の従姉妹が私のクラスメイトと一緒に現れたの?」

「迷子になっているところに偶然会ってな。ここまで案内しただけだよ」

「……そう。それで、どうして二人は手を繋いでいるのかしら」

「それはまた迷子になられても困るから」

「じゃあもう離してもいいんじゃないかしら。愛しの妹に手を出されているようで……少し嫌だわ」

「あ、すみません」


 紗季を盗られた気になったからか、それとも……よく分からないけれど、自分の内に宿った怒りのままにそんなことを言ってしまう。


 瀬古くんはすぐに紗季から離れようとするのだが、紗季は私のことを見つめながらその手を離そうとしない。


「紗季ちゃん? 手を離してくれないかな?」

「お姉ちゃんと蓮兎さんってお知り合いだったんですか?」

「おっとここでお得意のスルー発動か。夜咲は中学の頃からのクラスメイトだよ」

「ふーん。そうだったんですね」


 紗季は瀬古くんの説明で納得したのか、瀬古くんの手をやっと離した。


 だけど、今度は私が納得しなかった。瀬古くんのその説明に不満を抱いてしまう。別に言う必要はないことなのだから、彼がそのことについて言及していないのもおかしくはない。だけど、このままは許すことができなかった。


「……それだけ?」

「え?」


 瀬古くんは驚愕と困惑が入り混じったような表情を浮かべる。


 私は自分が口にした言葉の意味を考えて顔を赤くする。瀬古くんもその意味に辿り着き、「あっ」と声を漏らしてから言う。


「そして、夜咲は俺の片思いの相手だよ」


 その言葉を聞いた時、私の心が満たされていくのを感じる。それと同時に耳まで熱くなるのを感じた。




 * * * * *




 迷子になっていたところを助けてもらったということもあってか、紗季は瀬古くんにかなり懐いている様子。あの日以来、話すたびに「蓮兎さんってどんな人なんですか?」「蓮兎さんと次いつ会えますか?」と聞いてくる。本当に紗季を瀬古くんに取られた気分になってきた。


 それでも私は率先して二人を会わせる日程を組んでいた。それが紗季のためなのか、それとも自分自身のためなのかは分からない。


 瀬古くんと紗季が出会った日から一週間後、再び二人は会うことになった。流石に二人だけで会わせるのもどうかと思い、私も同席した。


 再会早々、紗季は笑顔で、


「蓮兎さん、お久しぶりです」


 と言った。それに対して瀬古くんが、


「先週会ったばかりだけどね」


 なんて返すと、


「むぅ。わたしにとっては長い一週間でした。でも、また蓮兎さんと会いたいって思ってから、お声をかけていいのかどうか悩んでいる時間はあっという間でした」


 紗季は頬を少しだけ膨らませて、いじけたような表情を浮かべながらそんな可愛らしいことを言う。瀬古くんはその言葉を受けて胸を押さえ始めた。私もその気持ちに共感する。


 やっぱりこの子は少しおませさんだなと思っていると、そんな彼女によって急展開を迎える。


 私たちは近くの喫茶店に入った。そこは初老の男性が一人で経営しているこじんまりとしたお店で、とても落ち着く場所だ。


 そこで私たちは——瀬古くんの恋愛観を聞くことになったのだ。


 正直、私は恋愛というものをよく分かっていない。だからこれは良い機会のように思えた。瀬古くんには悪いけど、私にとって一番身近な恋愛は瀬古くんの私に対する想いのような気がするので、本当に都合がいい。


 彼の考えた方を聞くことで、彼の気持ちを理解することができないかしら。そうしたら……


「それじゃあ聞かせてもらおうかしら。瀬古くんの恋愛観」

「蓮兎お兄ちゃん、お願い」


 私たちが最後の一押しとして頼み込むと、瀬古くんはわざとらしく一呼吸を入れて、腹を括ったといった素振りをする。そして話し始めた。


「そうだなぁ。恋をする、誰かを好きになるっていうことは、結局その人のそばにいたいっていう気持ちの表れじゃないかな」

「わたしは蓮兎さんやお姉ちゃんと一緒にいて楽しい、この時間が続けばいいなって思います。これも恋ですか?」

「きっとそれは親愛だったり家族愛だったりするんじゃないかな。友達と遊ぶのも楽しいし」


 たしかに私は紗季や晴、そして瀬古くんと一緒にいる時間は好きで、そばにいたいと思うし実際に彼女たちのことは好きだ。だけど、それはあくまで家族愛であったり友情であったりする気がする。


「そこの区別はどうやってするのかしら」

「それは難しいんじゃないかな。はっきりと区別なんてできるものじゃないと思う。昨日まで友達だと思っていた人が、気がついたら恋愛対象になっているなんてこともあると思うし」

「……そう。そういうものなのね」


 結局、明確な区分なんてされていないのだと瀬古くんは言う。そんな人によって異なる物差しを持ち寄って、人々は恋愛というものを行なっていると思うと大層なものに思えてきた。


 そんなの、私には無理だと言っているようなものだわ。


「あとは相手がどんな状況に陥ってもそばで支えてあげたいと思える、とかね」

「あら。瀬古くんは私が窮地に立たされた時に助けてくれるのね」

「お姉ちゃんがピンチになるってなんだか想像できない」

「夜咲は……ちょっと違うかもしれない。支えたいって気持ちがないわけじゃないけど、それが全面的かと言われると、そうじゃないかな」

「え……」


 私は瀬古くんのその言葉に酷く傷つけられてしまう。心が痛い。呼吸も浅くなってくる。どうして自分の身体がこんなに弱ってしまったのか分析する。


 瀬古くんは私のことが好きだ。いつも褒めてくれるし、好きだと言ってくれる。でも今、瀬古くんの恋愛対象となる人物像と私は重ならないと本人の口から聞いた。……どうして? 私が好きではないの? あれだけ好きって言っておいて? どうして、ねえ、瀬古くん。


「夜咲はなんというか、尊敬する相手って感じが強いかな。俺もこんな人になりたいなっていう。それが転じて好きになった感じなのかな」


 尊敬が転じて好きに……? よく分からないけれど、やっぱり瀬古くんは私のことが好きなのね。そうよ、あれだけ告白してくれたのだから、今更好きではないなんてことはありえないわ。ふふ、私ったら何を焦っていたのかしら。


「うーん、でもそれっておかしくないですか? さっき蓮兎さんが言っていたことと違いますよ?」

「だから正解なんてないんだよ。気がついたら好きになっていて、理由は後からついてくるものだからさ。理屈なんて無いっていうかさ。好きになった人が好きなタイプとか言うじゃん」

「なるほど……ちなみに、蓮兎さんはお姉ちゃんのどんなところを見て好きになったのか詳しく聞いていいですか?」

「えっと、最初は性格というか姿勢かな。さっきも言ったけど俺にとって夜咲は憧れなんだよ。今の俺がいるのは夜咲のおかげでって言っても過言ではないし。あ、俺って夜咲のことが好きなんだなって思えてからは、綺麗だな可愛いなとかそういった魅力にも気づけてきて、それで——」


 胸の痛みが消えていったところで、今度は胸の鼓動が早くなってきた。冷えていた体温も急激に上がっていく。


「ち、ちょっと私、お手洗いに行ってくるわね」


 このままではまずいと判断し、私はお手洗いに一旦避難する。


 ドアを閉めて、瀬古くんの視界から完全に外れたのを確認してはぁとため息をつく。まだ心臓が落ち着かない。さっきの瀬古くんの言葉が頭の中で何度もリピートされる。


 もしかして、私……。

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