第27話
夏休みに入った。
瀬古くんと晴と私の三人で休日に遊びに行くようになってから久しくなった。
ゴールデンウィークは私と日向の家庭の事情で遊ぶことができなくなった分、夏休みは少し遠出をしたいという話になり、私たちは夏らしくプールに行くことになった。
友人と一緒にプールに行くなんて初めてのことで、その予定が決まってからずっと私の胸は激しく鼓動していた。それも男性である瀬古くんもいると思うと、さらにその鼓動は激しくなる。
……そういえば、プールといえば水着を着ないといけない。けれど私は学校指定のものしか持っておらず、それも小学校時代のもの。流石にそれを着るわけにはいかない。
「買わないといけないわね……」
早速スマフォで水着について調べてみる。まず、巷の女子高生はどのような水着を着ているのかを調べてみる。すると、そこにはなかなか大胆な姿をした写真が並んでいた。
どうしてこんな格好ができるのか疑問で頭の中が埋め尽くされる。詳しく調べてみると、若いうちに攻めた格好をしてみたい、大人の女性に憧れがあるから、といった理由に加えて、男性ウケがいいからと書いてある。
「男性ウケ……」
そのようなこと今まで考えたことがなかった。しかし、今回は瀬古くんも一緒に行く。だったら、私も少しはそのことについて考えないといけないのでは? でも私が考える必要がどこに……
派手な水着を着ている自分を見る瀬古くんを想像し、その時の彼の表情を考えると……
「せっかく、だものね」
自分に言い聞かせるようにそう呟く。
晴も悩んでいるかもしれないと思い、一緒に買い物に行かないかと連絡をするとすぐに返事が来て、私たちはその日のうちに水着を買いに行くことになった。
晴と駅で合流して、彼女の格好を見る。今日も見るだけで元気が伝わってくる格好で、それでいて可愛い。今日は私も彼女に憧れて帽子を被ってきたのだが、彼女は被っていなかった。
事前にお店については私が調べていたので、早速そのお店に行き、私は……少し派手目な水着を手に取った。そこに晴がやってきて驚いた声を漏らす。
「み、美彩。それにするの?」
「……えぇ。似合うかしら」
「そりゃ美彩だし似合うとは思うけど……こういうの好きなの?」
「……そうね。多分好き、かしら」
私がではない。おそらく彼が……。
* * * * *
結局、私はあの水着を買った。そして今日、その水着を持って二人とプールにやってきた。
自分で選んだにも関わらず、更衣室でそれを着るのを躊躇してしまう。横目で晴を見ると、すでに可愛らしい水着に着替えていた。私ももう少し露出を控えるべきだったと思うが、時既に遅し。ふぅと一息つき、意を決して着替える。
着替えを終えた私たちはプールサイドの方へと移動した。すると、瀬古くんが既に着替えを終えて私たちを待っていた。
中学校でプールの授業がなかったため、彼の水着姿を見たのは初めてだ。今までメディア等で男性の半裸姿を見ても何も思わなかったのに、彼の姿を見ていると少し胸の鼓動が早くなってくる。
私たちに気づいた瀬古くんは、まるで見惚れたような表情を浮かべてくれる。その表情を見て、この水着を選んでよかったと少し喜んでしまう。なのにもっと欲しいと欲張ってしまう自分が出てくる。
「瀬古くん、どうかしら」
「もう最高! パーフェクト! 女神が降臨したのかと思った! 付き合ってくれ!」
「ふふ、よかった。これ、結構挑戦してみたのよね」
表面ではいつも通りの対応をしているが、内心ではバクバク激しく鼓動する心臓を抑えるのに必死だった。
瀬古くんには今までたくさん褒めてもらってきたのに、今日は格別に嬉しい。自分がしてきたことを褒められたからだろうか。
そのあと瀬古くんは晴のことも褒めて、晴は悪態つきながらも少し嬉しそうにしていた。
そして瀬古くんの提案でウォータースライダーという遊戯施設に行くことになった。友人とこのようなレジャープールに来たことのない私はどう遊べばいいのか分からないし、せっかく瀬古くんが提案してくれたのだから私も乗り気ではあるのだけれど、やはり高い場所には苦手意識がある。遠くから見ても高いと思えるのに、私は楽しめるのだろうかと不安に思っていた。
だからだろうか、私は晴がついてきていないことに気づかなかった。だけど瀬古くんはそれに気づき、振り返って晴に声をかける。すると晴は表情を明るくし、こちらへ駆け寄って来た。その時、
「きゃっ」
晴が足を滑らせてこけてしまった。私の体は自然と動いていたが、晴はそのまま瀬古くんの体へと倒れ込んでいった。それを瀬古くんはしっかりと受け止める。すると当たり前なのだが、二人は抱きしめ合う形になる。それも二人とも水着姿だ。
心が少しだけざわつく。
「——っと。ほら、言わんこっちゃない。忘れ物といい、おっちょこちょいだよなお前」
「う、うっさい。……けど、ありがとう」
いつもと変わらないやりとりをする二人。なのに私の心は穏やかじゃない。
「離れないの?」
「あっ!」
「……!」
つい声をかけてしまった。二人のその様子をそのまま見ているのが辛かったのか、それとも別の理由があるのか。その時の私には分からなかったが、心が少しだけ落ち着いてきたのはしっかりと感じていた。
* * * * *
ウォータースライダーの待機列は長く、その分私の心の準備が完了するまでの時間が確保……できたわけではなく、むしろ段々上にのぼって行くために緊張感が増していく。だけどここで怖いからやめようと言うのは二人に悪いので、腹を括るしかない。
そして遂にスタート地点が見えたところで、私の体は恐怖から震えていた。時間が解決すると思っていたが、決してそんなことはなかった。
二人は平気なのかしら。チラッと二人の様子を観察すると、晴は全く平気みたいで明らかにウキウキしている。瀬古くんは……顔には出していないけれど、少しだけその体を震わせていた。もしかして、私と同じ? と思っていると、瀬古くんが心配そうな目で私に声をかけてくれた。
「夜咲、大丈夫か?」
「え、えぇ。思っていたより高くてびっくりしているだけよ」
「……本当?」
「……認めるわ。実はちょっとだけ高い所苦手なの」
「えっ。だったら言ってくれればよかったのに。今からでも降りる?」
「ううん。ここまで並んだのだし、折角だから最後までやり遂げるわ。それに、瀬古くんが楽しいって誘ってくれたのだから」
「うっ」
瀬古くんが胸をおさえ始めた。どうしたのかしら。
「ふっふっふ。責任重大だねぇ、瀬古」
「楽しい、楽しいに決まってる。テレビで言ってたし、皆こんなに並んでるし! しかし、日向は平気なんだな」
「まあねー。高い所とか得意だし、ジェットコースター系も好きかな」
「ジェットコースター……一度乗ってみたいのだけれど、やっぱり私には無理かしら」
「そんなことないよ美彩! ジェットコースターにもレベルがあるからさ、自分が楽しめるレベルを見つけたら良いんだよ! 今度一緒に行こ? あたしが付き合ってあげるから!」
「そうなのね。ふふっ、お願いしようかしら」
晴がいつものように瀬古くんを揶揄ったりして、私たちのいつもの雰囲気に戻ってきた。こういうとき、いつも彼女に助けられている。
「次の方どうぞー」
スタッフの方にスタート地点に着くよう促される。足を前に進めようとした瞬間、また体が震え始めた。
「や、やっぱり、私……」
本当に情けない。二人に申し訳ない。少し涙が出そうになる。そのとき、
「怖いようでしたら、お二人で滑ってはいかがでしょうか? 支えがあると落ち着きますよ」
スタッフの方からそのような助言をいただいた。
「じ、じゃあ、美彩。あたしと一緒に滑ろう!」
さっそく日向が声をかけてくれる。……だけど、スタッフの方の言葉を聞いて、私の脳裏に浮かんだのは、さっき瀬古くんと晴が抱き合っていた時の様子。
「瀬古くん。私と一緒に滑ってほしい」
気づけばそんなことを言っていた。
「えっ、俺!?」
「ど、どうして瀬古と!? あたしの方がいいんじゃない? ほら、女子同士だし、あたしは全然怖くないしさ、頼りにしてもらって」
「ううん。瀬古くんと滑りたいの。瀬古くん、実はちょっとだけ怖いでしょ?」
「……バレてた?」
「うん。体が少しだけ震えてる。私だけじゃないんだって安心した。だけど、今、私が晴と滑ったらそんな瀬古くんを独りにしちゃう。それは嫌だなって。それに、怖がってるもの同士の方が楽しいかもしれないでしょ?」
それは取ってつけたような言い訳。本当は瀬古くんと一緒に滑りたい、ただそれだけの理由。そんなこと、素直に言えるわけがない。だって私は彼の想いを断り続けているのだから。
彼が私を後ろから抱きしめるようにしてスタート地点に着いた。彼の体温が直に伝わってくる。夏場なのにそれが心地よいあたたかさに感じる。心が落ち着く。
そして一緒に下まで滑り降りて行った。柄にもなく大きな声を出してしまったが、瀬古くんと顔を見合わせると、同時に笑みが溢れた。
「あはははは。めっちゃ怖かったな! あんなにスピードが出るとは!」
「うふふ。ほんと、びっくりしちゃった。もうっ、あんなに大きな声出したの初めてよ」
本当に楽しかった。最初は高さに震えるだけだったが、瀬古くんと一緒になってから体の震えはピタリと止まり、ウォータースライダーを心から楽しむことができた。
「すごくドキドキしたの」
この気持ちはウォータースライダーのせいなのか。それとも……
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