第26話

 瀬古くんは入学式の日に私に告白して以降、毎日のように私のことを好きだと言ってくれる。


「好きだ夜咲! 付き合ってくれ!」


「今日はいい天気だな。見ろよあの青空、夜咲みたいに綺麗だ。付き合ってくれ!」


「夜咲の好きなお菓子シリーズの新作買ってきた。美味しかったぞ! ところで『美味しい』ってなんで『美しい』って字が入っているんだろうな。今日も美しいぞ夜咲、付き合ってくれ!」


 それらに対して、私は内心喜びながらも冷めた態度を取ってしまう。素直に喜ぶのは少し恥ずかしいのもあるが、結局その気持ちを受け入れるわけにもいかないため、どうしても曖昧な態度にはなってしまう。だから仕方ないのだと自分に言い聞かせる。


 だけど彼の心は折れることなく、私の魅力について語り、最後には気持ちを伝えてくれる。それがあるだけでも、学校に行くことが楽しみに思えてきた。


 もう一つ学校に行く楽しみがある。


「瀬古。あんた、いい加減にしなさいよ。美彩を困らせないの」


 私に告白をしてくれた瀬古くんに毎回文句を言いにく私の親友、日向晴の存在だ。


 彼と彼女のこのやりとりは毎回で、瀬古くんの告白は晴のストップまでがセットとなりつつある。瀬古くんはそれ以上は続けてこないし、晴もそれ以降は普通に雑談をしたりする。


 とても明るい性格で、人懐っこく、誰とでも分け隔てなくお話しすることができる。瀬古くんとも、私と彼の間ではしないような冗談混じりの会話をよくしている。私はそんな彼女を羨ましく思っていた。憧れの存在だ。だから晴が私の親友だと言ってくれるのは本当に嬉しい。


 そんな彼女は少し抜けているところがあり、それがまた愛嬌があって可愛い。どうも私は隙がないらしく、その辺も私と異なる部分だ。彼女は一時期忘れ物が激しい時もあったなと思い出す。


 一度、彼女から瀬古くんの告白を本気で拒絶した方がいいという助言をもらったことがある。


「瀬古のあの様子じゃ、美彩がうんって言うまで続けるつもりだよ。迷惑ならさ、バシッと拒絶した方がいいって」

「……そうね。でも、私は困っていないから。このままでいいと思っているの」

「……そっか。まあ美彩がいいならいいけどさ」


 彼女は納得してくれたのかそれ以降言ってくることないが、やはり瀬古くんが愛を叫ぶと必ず止めにかかる。


 実際、私は困っていない。むしろ楽しみにしている。だけどその気持ちに応える気はない。本当に瀬古くんには悪いことをしていると思っている。だけど、あれがもう聞けないと思うと寂しさを覚える。だから拒絶なんかしない。


 私ってこんなにずるい女だったかしら。


 心の中で自嘲する。




 * * * * *




 私には可愛い妹がいる。本当は従姉妹なのだけれど。家同士が近いため、彼女とは頻繁に会っていることもあり、本当の妹のように接しているし、向こうも私のことを本当の姉のように慕ってくれている。


「お姉ちゃん、お久しぶりです」

「いらっしゃい。今日はお家でよかったの?」

「はい。お姉ちゃんとたくさんお話がしたいので」


 このなんとも可愛らしい妹、紗季は方向音痴で、一人で我が家まで来れるわけもなく、今日も紗季のご両親に連れてきてもらっている。本人は方向音痴を否定しているのだけれど。


 紅茶と紗季のご両親からいただいたお茶菓子を持って私の部屋に行き、一息ついたところで紗季が聞いてくる。


「お姉ちゃん、高校生活はどうですか?」

「想像の範囲内ってところね。授業も特段難しくはないし、クラスメイトもあまり……あ、でも友人ができたわ」

「お姉ちゃんにお友達が! おめでとうございます!」

「なんだかそんなに喜ばれると癪ね。それも妹に」

「だってお姉ちゃん、わたしや家族以外の他人には興味ないって感じじゃないですか。だからこのままお友達はできないものだと……」

「はぁ。私、情けないわね。……まあ紗季にそう思われても仕方がないわよね。晴がいい子だったから、たまたま友人になれただけで、私が何かしたわけではないのだから」

「晴さんっていうんですね。今度わたしも晴さんにお会いしたいです」

「そうね。晴となら、人見知りのあなたでもすぐに打ち解けることができるでしょう」


 紗季は決して社交性がないわけではない。むしろ社交性はある方ではあるが、基本的に猫を被ってしまい、私や家族以外の前では本性を隠している。だけど晴となら大丈夫だと確信している自分がいる。


 いつ紹介しようかしらと考えていると、紗季がニヤリと笑みを浮かべる。


「それでお姉ちゃん。彼氏さんはできましたか?」

「かれ!? そんなものできていないわ」

「えー。お姉ちゃん美人さんなのに。告白とかされないんですか?」

「容姿にだけ惹かれて寄ってくる男なんてお断りよ。それにまだ入学して間もないのに、告白なんて……」


 されてた。それもほぼ毎日。


 私が言葉を逡巡したその瞬間を紗季は見逃さなかった。


「もしかして告白されたんですか! さすがお姉ちゃんです。わたしも鼻が高いです」

「どうしてあなたが誇らしそうにするのよ。それと、別にされてないわよ」

「それは無理があると思います。お姉ちゃん大好きなわたしに下手な誤魔化しは効きませんよ」

「……はぁ。えぇ、認めるわ」


 観念した私が認めると、沙樹はその大きな瞳をキラキラとさせた。何かを期待されているのが分かる。この子は、本当に……少しませている気がする。


「それでそれで、お姉ちゃんはどうお返事したんですか?」

「相手には悪いけどお断りしたわ。私、恋愛とかよく分からないから」

「えー。そんなぁ。せっかくの高校時代ですよ、青春ですよ。恋愛しないなんて勿体無いと思います」

「勿体無いでするものじゃないでしょう」

「恋愛が分からないお姉ちゃんが何を言っても説得力ありません」

「うっ……」


 最近この子は頭がキレるようになったというか、少し生意気になったような気がする。私のことをお姉ちゃんお姉ちゃんと慕ってくれてはいるけれど……。でも、可愛いからいいかしら。


 紗季は持ってきたバッグの中から何冊か本を取り出して、私の前に差し出した。


「どうしたのこれ」

「今若者の間で話題沸騰中の少女漫画です!」

「小学生が若者って言うのは少し違和感があるわね。それで、どうしてこれをもってきたの?」

「こうなることは予想できていたので、お姉ちゃんに恋愛指南を行おうと思って持ってきました」

「……あなた小学生よね?」

「はい。今年度までですが」


 どうして私は小学六年生に恋愛指南をされようとしているのかしら。私が恋愛事に疎すぎるだけ? ……いや、この子がませてるだけだわ。そうに違いないわ。


 紗季が持ってきてくれた本……漫画の一巻目を手に取り、パラパラとページを捲って中を見てみる。表紙に描かれていた女の子が主人公みたいで、クラスメイトの男子に恋をしているらしく常に彼の姿を目で追いかけている。


 その男子はキザな性格でいけ好かない感じで、私はあまり好きになれず、主人公に自己投影することができない。だけど彼女の言動に時折共感する部分がある。そしてそれが私と瀬古くんの姿に重なって見えたりする。


 な、何を考えているのかしら。これはあくまでフィクションなのよ。そんな、自分と漫画の主人公を重ね合わせるなんて……。


 さらにページを進めていくと、もう一人男の子が出てきた。主人公の幼馴染で、二人は気兼ねない関係で、主人公の恋を応援しているらしい。私としてはこちらの男子の方が好感が持てる。


「その男子は不憫キャラなんです」

「不憫?」

「はい。本当は主人公のことが好きなんですけど、自分の気持ちを隠して幼馴染として恋を応援するっていう立場を取っているんです。読者としてはついこちらを応援したくなりますよね」

「……そうね」


 このキャラに紗季も私と同じ感情を抱いているらしい。今までこのような漫画を読んできたことはなかったが、案外私も漫画を楽しむことができそう——


「え、えぇ!? さ、紗季! これって」

「キスシーンですね。少女漫画には欠かせません」


 主人公の唇をあのいけ好かない男子が奪っているシーン。それも半ば強引に。これが今人気なの……? それより、こんなの小学生が読んでいいのかしら。


 目を細めながら次のページに移る。すると、主人公はそのキスを受け入れてしまい、そして二人の身体がさっきより密着していき、口元がアップになり、二人の舌が——


「え、えぇぇ!?」

「お、お姉ちゃんのこんなに大きな声、初めて聞きました」

「だ、だってこれ、どうして二人はこんなことしているの!? さっきまでキ、キスをしていたのでしょう!?」

「お姉ちゃん? これもキスですよ。ちょっとディープなだけで」

「……これが、キス……?」


 紗季はさも当たり前のように言うが、私の知識にそのようなキスの形はない。キスは唇同士をくっつけるものでしかないはず。


 ……やはり私に恋愛は早いのかもしれない。

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