第24話

 最近俺は考え込むことが多い。


 別に進路に悩んでいるわけではない。自分の中では理系で確定した。文系には興味がないのだ。経済は消費者として回させてもらうし、経営なんて起業する気はないから縁はないだろうし、法律も『異議あり』と唱えたいぐらいにしか興味ない。それにあれってあくまでフィクションで、そんな場面ないみたいだし。だったら尚更意義ないな。


 とにかく、俺はいま別のことで悩んでいる。だけど相談する相手がいない。質問来てたと言う進路を絶って質問したい側に立っているというのに。


 だからこうして、人が滅多に来ない校内の裏庭のベンチに腰掛けて一人になっている。


 ここは用務員の人が半分趣味で整備しているみたいで、立派な庭木が綺麗に並んでいる。そのため遠くからは姿が見えないようになっているので、一人になるには最適な場所なのだ。


 ここを見つけたのは去年の冬頃だったか。あれからたまに来ているけど、あの時は寒かったなあと手をグーパーさせる。そうしているとあの公園の風景を思い出し、俺はその映像を振り払うように頭を振る。


 せっかく一人になったのだ。冷静に今の状況を整理しよう。えっと、まず俺は夜咲が——ん?


 ザッという足音が聞こえ、そちらを振り向くと人組の男女が姿を表した。男子のネクタイの色を見て一年生だと気づく。


 うちの高校は学年ごとにネクタイやリボンの色が決まっており、今年度においては三年生は緑、俺たち二年生は赤、そして一年生は青になっている。この色は自分が入学したタイミングで決まり、基本的に三年間変わらない。


 どうも過去に赤色リボンに憧れて留年した生徒がいるらしい。そんなアホなムーブをかましながら、その先輩は日本一の大学である京東大学に合格したらしい。伝説だ。


 おっと、そんなことを思い出している場合じゃなかった。向こうもこちらに気づいたようで、少し気まずそうにしている。こんな人目のない場所に男女で来たって言うことは、今からイチャコラするか告白するかの二択しかない。そうなると彼らにとって俺は邪魔でしかないだろう。邪魔者はスムーズに去るぜ。


「あ、あの!」

「……え、俺?」

「はい!」


 空気を読んでこの場から去ろうとする俺を、後輩男子はなぜかひきとめるように声をかけてきた。


「先輩って、あの瀬古先輩ですよね?」

「あの……? ごめん、具体的に言って」

「え、えっと……夜咲先輩に入学してから今日まで毎日告白して振られている、瀬古先輩ですよね?」

「聞かなきゃよかった……他人に言われるとこんなにダメージが入るなんて……」


 自分が周りにどう思われているかなんて、わざわざ客観視しなくても知っているし自覚している。だけどそれを改めて他人に言われると……つらい。


「はい。俺が万年振られストーカー野郎の瀬古です。はじめまして」

「えぇ!? そこまで言ってませんよ! ちょっ、僕は瀬古先輩さんをむしろリスペクトしているんですよ!」

「……俺をリスペクト? いやそれ絶対にやめた方がいいだろ」

「そ、そんなことないですって。それで先輩、お願いがあるんです。そこで見ていてくださいませんか。僕の勇姿を」

「え、なに、何を見せられるの」

高畑たかはたもそれでいいかな?」

「……うん。私はいいよ。少し恥ずかしいけど」

「え、嘘だろ。俺がいるのに二人の空間を作り始めちゃったよこの後輩たち」


 人前で告白するってマジ? そんな奴いるのかよってそれ俺じゃん。……え、リスペクトってそういうこと? いやどういうこと? てか告白する流れだよね? 君たちまだ入学してから一ヶ月も経ってないよね? 早くない? って俺は高校生活初日にかましてたわ。そこもリスペクトってこと?


「高畑! お前のことが好きだ! 僕と付き合ってくれ!」


 マジでいったあああああああ!


「……はい!」


 えんだああああああああああ!


 ……は?


 俺をリスペクトする後輩のカップルが成立しちゃった。


「せ、瀬古先輩! 僕、やりました! 初めての彼女ができました!」

「君は俺をリスペクトしているなんて二度と言うなよ」

「本当は保留にしようと思ってたけど、瀬古先輩の前で告白するなんて度胸があるなって思えて、キュンって来ちゃった」

「それ度胸じゃないと思う。無神経って言うんだと思う」

「でも一途な思いを貫いている瀬古先輩の前で告白する彼なら、この先信じられるなって思ったんです」

「そうですよ! 僕が先輩をリスペクトする要素の一番がそれなんです!」

「……そっか。うん、やっぱり君は俺をリスペクトするべきじゃないよ」


 こうして、一人で考え事をしたかった俺は、なぜか新たなカップルが誕生する現場に居合わせたのだった。


 うん。まあ、おめでとう。幸せにね?




 * * * * *




 そして、赤リボン留年先輩が伝説であるように、どうやら俺は生ける伝説として学校に知れ渡っていることが判明した。というのも、あの後教室に戻り、こんなことがあったんだよと小田に泣きついたところ教えてくれたのだ。本人は知らないパターンって本当にあるんだ。


「ちなみにその裏庭は告白スポットとしても有名だ」

「なんだと。俺の憩いのスポットだったのに……。どうしてみんな人目のないところに来るんだ。教室でやれよ教室で」

「それができるのは瀬古氏だけだと思うぞ。……告白と言えば。最近、瀬古氏は告白をしておらんな」

「……何を言ってるんだ。今朝も夜咲に向かって愛を叫んでいたじゃないか。小田もいただろ?」

「それは聞いておる。たしか『毎日同じ制服の姿なのに、どうして見てて飽きないんだろうな。やっぱり夜咲が美しいからだよな!』って感じの内容だったと記憶している」

「ばっちり覚えてんじゃねえか。てか復唱しないでくれ。くそ恥ずかしい」


 客観視できていたとしても、やっぱり他人から自分の言動を改めて説明とかされると胸にくるものがある。


「最近は少し無理のある内容が多い気がするぞ、瀬古氏。今日なんて夜咲氏も首を傾げておった」

「……そんな時もあるさ。友人の言葉を分析しないでくれよ」

「瀬古氏。本題はそこじゃなくてだな……最近、夜咲氏を褒めるようなことは言っても、『付き合って』とは言っておらんだろう」

「……分析完了ってことですか」


 ふぅとため息をつき、俺たちとは離れた席で話している夜咲と日向の姿を一瞥する。こちらの話は聞こえていないみたいで、胸中で安堵する。


「なあ小田。ちょっとトルパニの話しようぜ」

「ぬ。瀬古氏、話題を逸らそうとしておらぬか」

「違う違う、関係ある話なんだよ。……トルパニの主人公ってさ、最初クラスメイトのカザハヤが好きだったじゃん。でも転校生のウインドに惚れられて、猛アタックされて、気づけばウインドのことも好きになっていて。なんなら他のヒロインのことも好きだよな。結婚後の姿を妄想するくらいカザハヤのことが大好きだったくせに、なんであんなことになるんだろう」

「そうしないと展開が盛り上がらないからでは?」

「そういうメタ的な理由じゃなくてさ」

「ぬふふ、わかっておる。……まあ、我はリアルで恋愛をしたことがないが、二次元に嫁はたくさんおる。どの娘も魅力的で甲乙つけ難い。もう新しい嫁は作らないと決めても、新しいアニメを見てまた新しい嫁ができてしまう。だけど今までの嫁も変わらず愛している。……リアルもそんなもんじゃないだろうか。確かに契りを交わした仲であれば浮気などと言った問題が発生するが、せ……主人公は誰とも付き合っていないのだから、モーマンタイなわけだよ」

「……そうか。ありがとな」


 小田はどうやら俺が最近抱えている悩みを察したらしい。伊達に美少女ゲームやってないわこいつ。もしかしたら俺より恋愛上級者かもしれない。


 恋に落ちる瞬間を覚えている人はほとんどいない。気づけば恋に落ちているのだから。その遅効性はとても厄介で、気づいた時には沼にハマっている。


 俺は夜咲が好きだ。人として尊敬しているし、容姿も綺麗だと思う。付き合いたいし、そういうことだってしたいと思う時もある。


 そして——俺は日向のことも好きだ。いつもは明るく振る舞っているくせに、実は気遣い屋で陰で色々考え込んでしまっているあいつを支えたいと思う時がしばしばある。そばにいてやりたいと思ってしまう。ニコッと笑う姿に見惚れる時もある。


 その気持ちが生まれたのがいつなのかは分からない。もしかしたらあの関係を結んでからかもしれない。だけど、今思い返すとその前兆はあったように思える。だったら、俺は、いつ。


 俺と夜咲の噂は既に全校に広がってしまっている。日向は俺と既に関係を持ってしまっている。それらは全て俺が原因だ。


 ……俺のこの気持ちは、本当に恋なのだろうか。ふとそんな疑問が俺を襲う。ただ彼女たちに責任を感じているだけなのかもしれない。


 ——責任って恋なのか?


 だったら、彼女たちにときめくこの気持ちは、偽物だと言いたいのか。そんなはずはない。そんなこと、あってはならない。……あってはならない? それってなんか……。


 仲睦まじくお喋りをしている二人を遠くから眺めながら、俺は思う。


 この恋は実らないのではないか、と。

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