第22話

 母さんの質問攻めが一段落したところで、俺たちは二階に上がって俺の部屋へ向かった。


 玄関やリビングだけでなく、俺の部屋も二人の訪問に備えて綺麗にしておいた。……一応、ちょっとえっちな漫画は隠しておいた。トルパニとか。日向にはバレているけど。


「へぇ、ここが瀬古くんのお部屋。けっこう片付いているわね」

「そりゃ二人が来るから綺麗にしましたさ」

「あら、正直ね。普段からこうだとは言わないのね」

「化けの皮なんていつか剥がれるだろうし、普段の俺のイメージからしてそうじゃないって思われてるのは分かってるしな〜」

「ふふ。そうね。いまさら瀬古くんが『実は綺麗好きで』なんて言われても信じ難いわ。中身が入れ替わっている可能性の方が高いと思うもの」

「俺への信頼はそんなファンタジーに負けるのか」

「あら、ある意味信頼しているのよ」

「ものはいいようってやつだな」


 夜咲はご機嫌なのか、今日はやたら口が回る。俺をこんなに連続でいじることも珍しい。……まさか、母さんの意志が伝播してしまったのか!? それとも本当に中身が入れ替わったのは夜咲と母さんで……なんてね。表情を見ればわかるが、普通にテンションが高くなっているだけだろう。母さんとの挨拶も終えて緊張が解けたのもあるかもしれない。


「あ、あたし、瀬古のお母さんに娘にならないかって言ってもらっちゃった……えへへ」

「母さんは息子より娘が欲しかったみたいだからなぁ。もしかしたら俺には妹がいたかもしれないんだけど、今となっちゃあんまり想像つかん」

「あら。でも年下の扱いには慣れてそうだけどね」

「え? 美彩、どうしてそう思うの?」

「あ、えっと……なんとなくよ。ほら、瀬古くんって意外と気配り上手じゃない?」

「……んー、まあ確かに意外とそうかもしれないけど」

「二人して意外と意外とって言うなよ」


 しかし、今のは完全に夜咲の失言だった。俺が夜咲の従姉妹の紗季ちゃんに会っていることは日向には隠しているのに、俺が年下にどのように接しているかを知っているような発言はその秘密の露呈に繋がってしまう。


 この話を続けるのは危険だと察し、少し話題をずらす。


「それにしても日向の緊張ぶりはすごかったな」

「う、うるさい! だって仕方ないじゃん、こういうの初めてだったんだから……」

「あ、あぁ。すまん。俺も緊張したしな……」

「あっ……う、うん」

「ふふ。どうして瀬古くんも緊張するのかしら」

「え? あ、えっと、ほら。母さん暴走気味だっただろ。何を言い出すかビクビクしててな。二人とも、うちの母親が悪かったな」

「あ、あはは。結構押しが強いお母さんだったね」

「ふふ。でもおかげでお母様とすぐに仲良くなれたわ。もしかしたらお母様のご配慮なのかもしれないわよ」

「母さんが配慮? まっさかぁ。あれは自分の好奇心のままに動いてるだけだと思うけどな」


 あの人に限ってそんなばかなと俺が一笑するが、夜咲は尚も真面目な顔で「お母様をあまり侮ってはダメよ」と言う。


「そうだよ瀬古。母親は侮っちゃダメなんだよ。なんでもお見通しなんだから」


 そこに日向も便乗してくる。なんなんだその母親信仰は……?


 お煎餅を齧りながら青春ドラマを見て「甘酸っぱいわ〜」とか言ってる姿を見ていないからそう言えるんだ。どっちかというと煎餅はしょっぱいだろ。ただあの人は息子の恋愛事情を興味本位で探ろうとしているだけな気がする。てか絶対そうだ。


 ……いや、本当に探らないでほしい。知ってほしくないことが多すぎる。


「蓮兎〜二人からいただいた差し入れ持ってきたわよ〜」

「探りに来やがった!」

「はぁ?」


 二人をうちに誘うのはこれっきりにしようかと思う。




 * * * * *




「それで、何する?」


 母さんが部屋を去った後、改めて俺は今日の予定を聞く。


「特に何も考えてはいないけれど、そうね。せっかくだし瀬古くんの卒業アルバムの鑑賞会でもしようかしら」

「それいい! 見よう見よう!」

「別にいいけど、あまり面白いものじゃないぞ」

「それは私たちが決めるわ。ね、晴」

「そうそう。だから瀬古、早く見せなさいよ」

「こいつ、母さんがいなくなってから元気を取り戻しやがって。はぁ、ちょっと待ってて。引っ張り出してくるから」


 卒業以来見る機会なんてなかったので、どこにしまったかなと思い出しながら本棚を漁る。普段は全く使っていない一番下の段にしまっているのを見つけ、少しだけかぶっている埃を払いながら取り出し、二人のもとへ戻る。


「とりあえず卒園アルバムと小学校の卒業アルバム持ってきた」

「ありがとう。中学校のは持ってこなかったのね」

「中学のは夜咲も持ってるしな」

「あたしは持ってないんですけどー」

「……後で見せてやるよ」

「へへ、絶対に見せてよね。さてさて、ショタ瀬古くんはどんな感じだったのかな——ンンッ!」

「ちょっと、どうしたの晴。そんな声出して——はわわっ」


 卒園アルバムの中を見て奇声を上げる二人を、俺は遠巻きに眺める。急に奇声を上げるクラスメイトに引いて距離を取ったのだ。


「どうされたんですかお二人さん」

「だ、だってこれ! モック姿のちんまい瀬古が! 昔のあんた可愛すぎでしょ!」

「これはなかなか……ふぅ。まるで昔、紗季に会った時のような衝撃だわ」

「紗季って誰?」

「私の従姉妹で妹よ。あの子にもこんな小さい時があって、それはそれはとても可愛らしかったわ。もちろん今も可愛いけれど」

「いやみんな等しくこの時期はあったからね」


 小さい頃の姿というものはみな純粋な瞳とあどけない表情を持っており、俺たちの年代くらいになるとそれが愛らしく感じてしまうものだ。それは俺も分かっている。だけど、それを自分でやられるとすごく恥ずかしい。


「瀬古、意外とたくさんの写真に写ってるね」

「あら本当。ほとんどの写真に瀬古くんの姿があるわ」

「幼稚園自体、そんなに大きくなかったしな。そりゃ写るだろう」


 俺の幼稚園時代を堪能した二人は、次に小学校の卒業アルバムに移った。


「けっこう成長しちゃったね。あのあどけない表情のショタ瀬古くんはいなくなっちゃった」

「こうして見ると、園児と小学生って結構違うのね」

「そろそろショタ瀬古くんとかいう呼称にツッコミ入れていいか?」

「へぇ、修学旅行は大阪とか京都だったんだ。あたしは九州だったよ」

「私は沖縄だったわ。近くでも学校によって結構異なるのね」

「無視しないでくれるかな」


 卒業アルバムの俺に二人を盗られたみたいで悲しい! なんてね。知人のアルバムって意外と面白いし、夢中になるのも分かるから俺は大人しくしときますよ。


 途中途中止まりながらも、次々とページをめくっていく二人。いずれこのアルバムも見終わるだろうなと思いながらその様子を眺めていると、あるページで二人の動きはピタッと止まった。正確には、ある一枚の写真を見て固まっている。


 どうしたのと声をかけようとした瞬間、二人がバッとこちらを振り向いた。その目は暗く澱んでいる。


「瀬古。誰この女の子」

「瀬古くん。この子誰かしら」


 二人から謎の圧を感じながら、例の写真を見てみる。それは一年生から六年生までの生徒が三人ずつ集まったグループの集合写真で、その中に俺の姿もあった。そしてその隣、というか俺の腕にしがみついて顔が隠れてしまっている、少しぽっちゃりした女の子が写っていた。


 俺が通っていた小学校では縦割り班という学年の垣根を超えた交流制度があり、この写真はそのグループで撮った写真だろう。これは俺が六年生の時だから……えっと、この子は……


「あぁ。なんか俺に懐いてくれてた子がいた気がする。もう顔も名前も覚えてないけど、それこそ妹ができたような感覚がしたのは覚えてる」

「ふーん。もう覚えてないんだ? じゃあ連絡とかも取ってないってこと?」

「当たり前だろ。あくまで学校行事で関わる程度だったし」

「そう。この子があなたのファースト妹だったのね」

「なんだその単語!?」


 そりゃ紗季ちゃんは妹的存在だけどさ。


 紗季ちゃんがファースト妹(?)ではないことに不満を隠さない夜咲の様子を見て、もしかしたらアルバムには俺が把握していない地雷がまだあるのかもしれないと思えてきた。こうなると、アルバム鑑賞会は早めに切り上げたいところ。


 その時、俺の部屋の扉がノックも無しに開かれた。この無神経な登場の仕方は母さんしかいない。


「あなたたち、昔の家族写真のアルバムあるんだけど見る?」

「ありがとうございますお母様!」

「見ます見まーす!」


 お母様、燃料を投下するのはやめてくれませんか! いややめてください死んでしまいます! あなたの息子が!

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