第3章 移りゆくもの

第17話

 二年生になったものの、いつもつるんでいるメンバーは相変わらず同じクラスなので、特に変わり映えがないのが事実。あの二人だけではなく小田も一緒だし。


 授業が去年と比べて一気に難しくなった……ということもなく、まぁこんなもんかなといった感じでこちらも相変わらずだ。


 諸行無常なんて言うが、こんな風に変わらないものもある。例えば、俺の愛の叫びは今日も行われる。


「桜は散ってしまったが、俺はもっと綺麗な花を知っている。そう、夜咲、君のことだ! 今日も美しい!」

「夜桜って趣があっていいのよね」


 そしてスルーされるのも変わらないのである。


 ただもちろん変わったものもある。変わってしまったものと言うべきだろうか。


「あんた、本当に懲りないわね。同情はしてあげないけど」


 俺に対してそんな悪態をついてくる日向の様子は前までと変わらないが、裏では俺と歪んだ関係を築いてしまっている。彼女の動機は、俺がリビドーを抑えきれずに夜咲を襲わないように防止すること、らしい。親友想いがすぎる。


 そんな関係を続けている俺は……まぁクズだ。自覚はある。だからこの関係は解消しようと言ったことがあるのだが、


「なにそれ。どうしてそんなこと言うの?」

「いや……やっぱりこんなことするのは日向に悪いよ」

「あんだけやっておいて今更〜?」

「うっ、それを言われると痛い。だけど、俺だって性欲くらい抑えることできるからさ、もうこんなことしないでも——」

「何言ってるの? こんなにあたしの……好きでもない女の子の身体を求めておいて、そんなこと信じられると思う?」

「……はい。ごもっともです」


 こんな感じで言いくるめられてしまった。結局、最初に俺の理性が飛んだ瞬間、この関係はできあがってしまったのだ。


 最善な解決方法としては俺が夜咲と付き合うことなんだろうけど、そんなのできたらこの歪な関係もできていなかっただろうし、それに……


 変わりゆくものは気候や人間関係といった目に見えるものだけではない。その内側にあるものも、見えないだけで変わってしまっている。


 三人でたわいもない話をしていると、授業開始前の予鈴がなったので、夜咲の席に集まっていた俺と日向は各自の席に戻る。


「ねぇ瀬古くん」

「ん?」


 自分の席に戻ろうとしたところ、夜咲に呼び止められた。


「明日の土曜日なのだけれど、またお願いできないかしら」

「もちろんいいけど、日向は?」

「晴は……またの機会にしましょう。まだ早いと思うから」

「ん、了解。その辺は俺が口出せる範疇じゃないしな。じゃあいつもの時間で大丈夫?」

「えぇ。よろしくね」


 こうして貴重な休日に予定ができてしまったわけだが、夜咲との予定なので嫌なわけがない。むしろ嬉しいのだが……やっぱりちょっと罪悪感がある。


 数ヶ月前くらいから、俺たちはこうして日向抜きで出かけることが増えてきた。別に日向を蔑ろにしたいわけではなく、事情があってのことなのだが、やっぱり黙っているのは心に痛い。夜咲に黙ってこそこそと日向と関係を持っている奴が何を言っているんだって感じだが。


 結局、世の中は変わっていくものの方が多いってことみたいだ。




 * * * * *




 あれは去年の夏休み。


 夜咲も日向も家の用事があるとかで独りだった俺は、自分の家の用事は済ませてるし、課題なんてやってられるかという心境だったため家では特にやることもなく、適当に外でぶらついていた。


「そういえばトルパニの新巻が発売してたっけ」


 トルパニとは俺が中学の頃から愛読している少年漫画である。俺は単行本派だった。同じくトルパニ愛読家である小田は本誌派であるため、新しい情報について俺と語り合う時をまだかまだかと待ち望んでくれている。そんな小田のためにも、早く新巻を買って読まねば!


 電車に乗って地元では大きめの街まで出掛ける。地元の人の間では、お出かけといえばこの街という共通認識があるため、夏休み、加えて今日はお盆ということもあって人混みがすごい。


 来ている人たちは様々で、家族で来ていたり、友達同士であったり、カップルであったり。ぼっちはこういう時浮いてしまうんだよな。さっさと本を買って帰ろうかな。……ん?


 一人の少女が立ち止まり、きょろきょろ周りを見渡している。その姿から察するに迷子かな。最近は親切心で声をかけても不審者扱いされるらしいから、触らぬ神に祟りなしと言うしなぁ……だけど、彼女、そこはかとなく誰かに似ている気がする。そのせいか、放っておけなかった。


 俺は屈んで彼女の視線に合わせ、声をかけてみる。


「大丈夫?」

「ひっ。だ、誰?」


 「ひっ」って言われました。完全に不審者扱いです。おまわりさんこっちです。


 ……いやいや、諦めたらそこで人生終了ですよ。挽回の余地はまだあるはずだ。


「いきなりごめんね。俺は蓮兎。君が困ってるみたいだからさ、声かけてみたんだ」

「し、知ってますそれ。ナンパのじょうとうく? ってやつですよね。つ、つまりわたし、今ナンパされてます!?」

「不審者度上げてきたね。本気で心配して声をかけたんだけど、もしかして迷子じゃない感じ? だったらもう離れるけど」

「別に迷子じゃありません……いいえ、やっぱり迷子です。わたしたち人類はみな人生の迷子なのですから」

「規模を大きくしてきたね。お父さんとお母さんは?」

「もう家族に挨拶をしようとしてる!? 恋愛は時には勢いも大事だと言いますが、流石に早いと思います……!」

「事を大きくしてきたね。てか、まだナンパだと思ってるんだ」


 警戒心が強いのやらませてるのやら……やりづらい。兄弟がいないから小さい子との接し方はあまり分からないけど、この子は特殊な気がする。


「どこに行く予定だったの?」

「えっと、お姉ちゃんの家ですけど」

「お姉ちゃんの家……? それは君の家じゃないの?」

「わたしの家ではありませんよ。お姉ちゃんの……あ、従姉妹の家です」

「……あー、なるほどね」

「今日はお姉ちゃんの家のところまで、わたし一人で向かっているんです。すごいでしょ?」

「それで迷子になったわけね」

「ねえ、すごいでしょ?」

「あ、うん。すごいすごい。何年生か知らないけど、一人でここまで来れたんだもんな。大したもんだ」

「えへへ。ここまで歩いてきました!」

「近所じゃないか。電車も使ってないのか」

「ぶぅ。だって普段はパパかママに車で乗せてもらっているんだもん。ここまで一人で来たの初めてだもん」


 ふーん、なるほどね。それなら確かに頑張ったなあという気もするが、なんか自分の周囲に似たような人がいた気がするな。


「ここに来たってことは、電車に乗るの?」

「はい。〜駅ってところまで行きたいんです。そこまで行けばお姉ちゃんが迎えに来てくれているので」

「あ、そこ俺の家の最寄り駅だ」

「はっ。もしかしてわたし、お兄さんの家に連れて行かれます?」

「行くのはお姉ちゃんの家だよ」

「蓮兎さんって女の人だったんですか!?」

「君のお姉さんの家だよ! 早くナンパから離れてよ!」


 つい大声を上げてしまい、周囲の人にジロジロと見られてしまう。通報されかねないし、早めに切り上げたい。


「その駅までの切符買ってあげるし乗り方も教えてあげるから、ここから離れようか。……あれ? 今のめっちゃ不審者ぽくなかった?」

「いいんですか? ありがとうございます!」

「あれ? 今までで一番好感触だ。正解がもう分かんないよ俺」


 頭を抱える俺に対して、少女は俺の片手を握って「行きましょう!」と案内を促してくる。


「わたし、夜咲紗季さきって言います! 小学六年生です! よろしくお願いしますね、蓮兎さん!」

「うん、よろしくね紗季ちゃん。……へ? 夜咲?」


 目の前の少女が、急に知り合いの少女に重なって見えた。髪は短く、あどけない表情をしており、目つきも柔らかいが、綺麗な黒色なのは一緒だ。


 この子の従姉妹のお姉さん、夜咲美彩だ。

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