第15話

 運動の秋、文化の秋。そんな季節がやってきた。


 校内では学力が低い扱いされるあたしにとって、体育祭は輝ける唯一の場所。勝っても何も貰えないけど、はりきってしまうものだ。


 特に陸上部時代は短距離走の選手だったため、体育祭のプログラムと相性が良い。そういえば長距離選手の友達が「陸上部だからってみんながみんな足速いって扱い嫌になる」てボヤいていたのを思い出す。陸上部あるあるだ。


 あたしは100m走、障害物競走、クラス対抗リレー、そして余っていたので借り物競走にも出ることになった。


 当日、自分で言うのもなんだが、結構活躍することができた。自分の身体能力のおかげというのもあるけど、やっぱり瀬古と美彩に応援してもらっていたのが大きいかもしれない、なんて。


 瀬古があたしだけを見て、あたしだけを応援してくれているのには胸が躍った。ずっと走っていたいような気さえした。


 走った後、陸上部の人にぜひ入部してくれと声をかけられたが、あたしは一切その気はないので丁重に断った。貴重な時間を失いたくないのだ。今は陸上より大事なものを見つけたから。


 他は特にトラブルなく順調に一位を重ねていったが、借り物競走だけは違った。


 借りてくる物が書かれてあるカードが置かれている場所にあたしが一番にたどり着いたものの、あたしはその内容を見て固まってしまった。


『好きな人』


 好きな人か……好きな人!?


 立ち尽くしているあたしを置いて、遅れてカードを拾った人たちが次々と走り出していく。それを見て焦りつつも、あたしは動けないままでいた。


 好きな人……で、でもこれって具体的なことは書かれてないし、異性じゃないとダメとかもないし、好きな人(友達)って解釈もあり……だよね? だったら美彩を連れて行けば!


 あたしは自分のクラスの応援席へと向かって走り始めた。その途中、横目で既にゴールしている人の姿が見えた。その人のお題も人系みたいで、誰かの父兄の方を連れている。どうやら係の人に紙を渡して、実際に借りてきた物がそのお題に合っているかを係の人が判定する形らしい。


 ……本人にはバレないのか。


 あたしは応援席の前まで来たところでスピードを緩め、ゆっくりと……美彩の隣に座っている瀬古の前に行った。そして目の前に手を差し出すと、瀬古は「え、俺?」という顔を浮かべたが、すぐにその手を掴んでくれた。


 瀬古と一緒にゴールに向かって走る。その間、瀬古は「なんのお題だったんだ?」としきりに聞いてきたが全て無視した。言えるわけがない……。


 ゴール地点にいる係の女子生徒にお題の書かれたカードを渡すと、彼女はあたしたちを交互に見てニヤニヤしながら「はい、大丈夫です。このお題については内密に処分いたしますのでご安心ください」と言った。その後処理は他の人のやつに対しても行っているのか不思議だったが、あたしは安堵した。


 結局、あたしは最下位だったのだが、個人的に体育祭の一番のハイライトはこの瞬間だったと思う。




 * * * * *




 体育祭が終わると、今度は文化祭がやってきた!


 あたしたちのクラスはお化け屋敷をすることになった。文化委員である美彩が近くの遊園地のお化け屋敷を見学したいと言い出したため、あたしたちは三人で遊園地に行くことになった。


 その小さな遊園地は入場料無料で、アトラクションごとに料金がかかる制度だ。だから、勿体無いから他のアトラクションも〜という流れにはならず、結局、本当にお化け屋敷だけ行って終わった。


 だけど、けっこう満足しちゃったあたしがいる。


 美彩はメモを取りながら平然とあたしたちの前を突き進んでいたが、あたしはけっこう怖かった。体の震えが止まらなかったし、大きな声も出しちゃった。そんな中、瀬古はずっとあたしのそばにいてくれた。視線は前にあったけど、意識はこっちにあるような感じがして嬉しくなった。流石に身体を近づけたり、ましてや手とか繋いだりはできなかったけど……。


 調査のおかげか、あたしたちは高校生にしてはなかなかの出来のお化け屋敷を作ることができた。完成した出し物を見て、クラスメイトと一緒におぉと声を漏らす。


 それから、誰がデモプレイをしてみるかといった話になった。自分達が作ったものだとしても、あたしは断固拒否だった。出来がいいために、またあんな怖い目に遭うのは嫌だった。瀬古か美彩とならいいけど、他のクラスメイトにあんな姿見られたくない。


 それはみんな同じなのか、誰も参加表明しようとしなかった。そのため文化委員である美彩が行くことになった。その相方として同じ文化委員である高橋くんが選ばれるだろうと思っていたんだけど——


「瀬古くん。一緒に行きましょ?」


 なぜか美彩が瀬古を指名したのだ。


 周りは二人の関係性を面白く思っているため、ノリノリで賛同して、結局二人がデモプレイに参加することになった。


 どうしてこんなことになったんだろうと思いながら、二人が中から出てくるのを待っていた。でも美彩はお化け屋敷平気ぽかったし、何にもないだろう。そう考えていたのに、出てきた二人の距離は触れてしまいそうなくらい近かった。


 その時、あたしの胸をドロリとした黒い何かが覆ったような気がした。




 * * * * *




 文化祭は無事成功。同学年の中でも一番評判が良かったらしい。美彩より瀬古の方が嬉しそうだったのが印象的だった。


 今年度の楽しみな学校行事は全て終わってしまい、あとはもう退屈な授業を耐え凌ぐだけか〜と思いながらいつもの日常に戻って過ごしていると、とある土曜日、美彩に相談があるから二人で会いたいと呼び出された。


 場所はあたしが毎日利用している駅の前にある全国チェーンのカフェ。コーヒーや紅茶が飲めないあたしはなかなか利用する機会がないため、少しドキドキしながら入店する。そして、既に来ていた美彩を見つけて同じ席に着いた。


 最近、美彩は前に増して綺麗になってきた気がする。なんというか、色気が出てきた? 上級生からも声をかけられるらしい。この高校生という時期は成長が著しいみたいだけど、あたしはどうなんだろうか。少しは変われたかな。


「お待たせ〜。待った?」

「いいえ、今来たところよ。ごめんなさい急に呼び出しちゃって」

「いいよいいよ! 美彩からあたしにお願いなんて珍しいし〜」


 実際、美彩から遊びに誘われることはあっても、こうして相談に乗ってくれと頼まれたの初めてだ。やっぱりこういうのは親友であるあたしの役目だよね!


「それで相談って?」

「……その、瀬古くんのことなんだけど」


 瀬古の名前が出てきてあたしの胸が跳ねた。今日、瀬古抜きで二人きりで集まったのも、瀬古のことについて相談があるからだったのか。


 でも、美彩が瀬古のことで相談ってなんだろう。遂に瀬古の告白ラッシュに痺れを切らした? でも今更だよね。じゃあ一体……


「瀬古くんね、いつも私のこと好きって言ってくれてるでしょ?」


 あ、本当にその話なんだ。じゃあマジで痺れ切らしちゃったの?


「そうだね〜よく続けられるなあって思うし、美彩もよく我慢できるね」

「我慢? 私は別に困っていないのだけれど。……彼ね、毎回私のいいところを言ってくれるの。それも毎回違うの」

「ん? あぁたしかに言ってるね。容姿ばっかり褒めてるイメージだけど」

「あれね、私の容姿の魅力に最近気づいたからなんですって。むしろ初めは私の容姿には惹かれていなかったみたい。容姿に関しては出尽くしちゃったのか、最近は中身についても褒めてくれているけれど。ふふ」

「へ、へぇ〜そうなんだ」


 美彩は自分の容姿の良さに自覚があるため、この「自分の容姿の魅力」発言自体はおかしいとは思わないけど、どうして瀬古が美彩の容姿に最初は惹かれていなかったことを知っているんだろう。


「私、恋愛とかよく分からなくて。そもそも人を好きになることがなかったの。……自分も含めてね。自分を好きになれない私が、他人を好きになることなんてないと思っていたわ。だから瀬古くんの告白も困りはしないけど、受けることができなくて申し訳ないという気持ちはあったわ。だけど、瀬古くんが私の魅力をたくさん教えてくれて、少しずつ自分の良さが分かってきて、だんだん自分のことが好きになってきたの」


 ……え?


 美彩は自分のことが好きじゃなかった。だから他人を好きになることはなかった。でも今は自分のことが好きになってきた。ということは……


 嫌だ。


「だからね」


 聞きたくない。


「私、次は」


 その先の言葉を——


「瀬古くんのこと、好きになれそうなの」


 ——聞きたくなかった。


「こんな中途半端な感情のまま、彼の想いに応えたらダメだと思うの。だから彼には悪いけれど、もう少し自分の気持ちに向き合えた時、次の彼の『付き合って』という言葉を受け入れようと思うの」

「……そう、なんだ」

「えぇ。それを親友である晴に聞いてもらいたくて。ごめんなさい、あまり相談ではなかったわね。ある種の決意表明みたいなものかしら」


 目の前の少女はキラキラした表情を浮かべていた。それは眩しくて、未来の幸せを掴みかけているみたいで、とても妬ましい。


 あたしは今、どんな顔をしているんだろう。


 あわよくばなんて思ったこともあった。二人が付き合わないなら、あたしがなんて思ったこともあった。だけど行動には移せなかった。だって、この三人でずっと仲良くしていければ良いとも思っていたから。……いや、それはただの言い訳だ。結局あたしは自分に自信がなくて逃げていただけだ。


 瀬古はずっと戦ってきた。美彩も自分の気持ちに向き合おうとしている。じゃあ、あたしは?


 この状況から、あたしは何をしたら幸せになれるの? もう遅いのかな? ……嫌だ。諦めたくない。あの輝きを失いたくない。誰にも譲りたくない。


 あたしの心をドス黒いものが染め上げていく。あたしはそれに抗わず、自分の欲望に従うことにした。


 次の月曜日、あたしは仮病を使って学校をサボった。全ては彼を、瀬古を手に入れるために。


 一瞬だけでもいい。歪んだ関係でもいい。何でもいいから、彼の隣にいたい。


「美彩の代わりに、あたしで解消すればいいよ」

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