第14話

 夏休みはプールだけじゃなくて花火祭りにも行った!


 最初は私服で行こうかなあって思ってたけど、美彩が浴衣で行くって言うからあたしもそうすることにして、急いでレンタルの予約を入れた。


 予想通り、浴衣姿の美彩も綺麗だった。水着は黒だったけど、今回も黒色だった。彼女の透明感のある肌のせいか、暗闇の中で彼女は光り輝いているように見えた。それに……色気がすごい。


 やっぱり瀬古は美彩の格好を絶賛する。瀬古はいつも美彩のことを褒めているが、今日はいつもよりベタ褒めだ。


 あたしももっと大人っぽいものにすれば良かった。今回も一目惚れで選んだけど、やっぱり子供っぽかったかなぁ。そんなことを考えながら自分が着ている浴衣を見ていると、


「日向も浴衣似合ってるな」


 瀬古は美彩のことを褒め通した後、あたしのことも褒めてくれた。


 瀬古があたしのことを褒めてくれた。この可愛い浴衣に似合っているって言ってくれた。嬉しい。これにしてよかった。だってあたしは美彩みたいに可愛くないから。可愛い浴衣を着たりしないと、褒めてくれたりなんかしないから。でも今日は着てきてよかった。また褒めてほしいな。瀬古。好き。今度また何か着てくるね。瀬古は何を着てほしいのかな。教えてほしいな。あたし、なんでも着てあげるから。


 この花火祭りは地元では一番規模の大きい祭りのため出店が多い。色々目移りしながらも、あたしたちは飲み食いしたり射的で遊んだりした。


 射的では散財してしまった……。どうしても欲しいものがあったので何度も挑戦してみたが、あたしに射的センスは皆無だったみたい。……でも、瀬古が一回だけそれを狙って挑戦してくれた。結果あたしたちはそれを取ることはできなかったけど、あたしのために瀬古が頑張ってくれたことが嬉しい。あたしの欲しいものは貰った感じがする。


 最後に花火大連発を三人で一緒に見た。いつもあたしは瀬古と美彩の間の位置にいる。だからあたしの隣には瀬古がいて、隣を見ると夜空を見上げて感動したような瀬古の横顔が見える。


 今、瀬古は花火に夢中だ。だから気づかないはず。


 あたしはこっそり、瀬古の服の裾を摘んだ。引っ張らない程度に。瀬古に気づかれないように。


 こうしていたら、ここにいるのはあたしたち二人だけのような気がした。




 * * * * *




 楽しい楽しい夏休みが終わってしまい、校舎に幽閉される日々が戻ってきてしまった。


 この夏は楽しい思い出がたくさんできた分、終わってしまったことのショックが大きい。だけど教室に行けば二人と会えるから、なんだかんだ今も楽しい。


 さて。


 夏休み前の席替えでは瀬古と離ればなれになってしまった。一度隣の席を体験したが故に、遠くになってしまったことはかなり辛かった。


 だからこそ、今日の席替えにはかけている! 再び来い、あたしの時間!


 ——惨敗。


 あたしは瀬古とも美彩とも隣になれなかった。代わりに、なんと、二人が隣同士になってしまった。瀬古のデレデレした顔が自分の席から見える。……辛い。


 自分の隣を確認する。たしか瀬古の友達の……小田……読み方はオタだっけ?


 二人と隣同士になれなかったのは残念だが、もしかしてこれは良い機会なのでは? 瀬古の友達なら、あたしの知らない瀬古のことを聞けるかもしれないし。


 あたしはさっそく彼に話しかけることにした。


「ねえ、オタくん。瀬古の友達だよね?」

「え、あ、我はオダ……う、うむ。我は瀬古氏の友達だ!」

「だよね。ちなみに、あたしのこと分かる?」

「う、うむ。瀬古氏と一緒にいるからな。おかげで瀬古氏は我に構ってくれなくて少しジェラシー……」

「え? ぷふっ。友達間で嫉妬って!」

「な、何を笑っておる! 瀬古氏は我にとって大事な盟友の一人! たしかに話すようになったのは去年からだが、時間が全てではないのだ! 二人がどのように過ごしてきたかが重要なのであって、我と瀬古氏は去年常に一緒にいて……」


 オタくんは、いかに瀬古が自分にとって大事な存在かを語り始めた。


 オタくん……いいこと言うじゃん! そうだよ! 時間が全てじゃないんだ! 大事なものは他にあるよね!


「オタくん……君、いいね! いけてるよ!」

「え!? ほ、本当か!? そんなこと言われたの初めてだ……」

「そんなオタくんに聞きたいことがあるんだけどさ」

「うむ! なんでも聞いてくれ! わ、我の趣味は……」

「瀬古のことなんだけどさ」

「あ、うむ。瀬古氏、瀬古氏のね、うん」


 うーん、何から聞けばいいだろう。あたしの知らない瀬古といえば……


「瀬古って中学の頃はどんな感じだったの?」

「中学時代の瀬古氏? うーむ……瀬古氏と出会ったのは三年進級時に同じクラスになったのがきっかけで、それまでの瀬古氏のことは知らないのだが、最初は……正直、我は好かんかったな」

「え、そうなの? なんで?」


 オタくんは掻い摘んで説明してくれた。出会った当初、瀬古はクラスのイジられ役だったらしい。今もそうだが、当時は不本意なものだった。だけどその原因は自分からはなにもしない瀬古にあったという。オタくんはそんな彼のことがあまり好きじゃなかったらしい。


 そんな彼が変わったきっかけを与えたのが美彩だったらしい。美彩が直接何かしたわけじゃないらしいが、彼女のおかげで今の彼がいるんだとか。オタくんはその変わり始めに瀬古と仲良くなったらしい。


「……へぇ〜。そういう事があったんだね」

「本人たちからは聞いてないのかね?」

「二人とも中学の頃の話をしたがらないんだよねー。だから聞けずじまいだったの」

「ぬ……ならば、我が話したのはまずかったか?」

「まあまあ。あたしは話してくれて感謝してるよ。でも二人にバレたらまずいかもしれないし、この事はあたしたちだけの秘密ね」

「ひ、ひひひ秘密!? か、甘美な響きぃ……」


 やっぱりオタくんは瀬古に関する重要な情報を持っている。この席替えの結果も悪いもののように思えなくなってきた。


「ところで瀬古の好きなものってわかる?」

「それは夜咲氏のことでは——」

「違う」

「あ、す、すまぬ。趣味とかは特にないみたいだし……我とはよくマンガの話をするくらいかな」

「なんのマンガ? ジャンピ?」

「ジャンピなのはそうなのだが……う、うーむ。これは少し話しづらいというか、あまり大っぴらにするものではないというか」

「いいじゃん教えてよ。お願い、オタくん」

「瀬古氏はトルネード・パニックというマンガが好きです」


 トルネード・パニック……? 聞いたことないや。


「なにそれ? どんなマンガなの?」

「ぬ、ぬぅ。流石にこれ以上は勘弁してほしいです!」

「なんで敬語? 別に瀬古には言わないよ?」

「瀬古氏に言う言わないじゃなくて……我の名誉のためにも! どうかご勘弁を!」

「……うん? うん、わかった。教えてくれてありがとね!」

「こちらこそ、ありがとうございます!」


 なんのお礼だろ? よく分からないけど、あとはスマフォで調べてみればいいや。


 早速あたしはトルネード・パニックをブラウザ先生に聞いてみた。すると……


「これは……」


 ちょっとえっちなマンガだった。オタくんの名誉云々の意味が分かったし、瀬古がすけべなのも分かった。


 やっぱり瀬古、こういうの好きなんだ。こういうの見て、し、してるのかな。それともしてなくて……た、たまってたり……なんて。でもそうだったら、いつか爆発とかしちゃうのかな。男の子の体ってよくわかんないけど、なんか聞いたことある。


 ……登場キャラ、みんなかわいいなぁ。瀬古は誰が一番好きなんだろう。やっぱり美彩みたいな娘なのかなぁ。今度買って読んでみよ。

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