第13話

 瀬古の提案でウォータースライダーに行くことになった。瀬古の言う通り人気みたいで、すごい長さの待機列にあたしたちも並ぶことになった。


 だけどその時間も苦ではなかった。やっぱり三人でいると楽しいし、時間が過ぎるのは早く感じる。


 ……瀬古、今あたしの胸見た?


 瀬古はさっきからわざとらしく遠くを見ている。いつもはあたしたちの顔をしっかりと見て話すのに。だけど会話中にそっぽ向き続けているわけにもいかず、こちらを見るときにチラッと視線が下がる時がある。


 見てもいいんだよ瀬古。瀬古も男の子だもんね。いいよ。見て。あたしのを見て。美彩のじゃやだ。瀬古は大きいの好きかな? あたし、最近大きくなったんだよ。もっと露出しているのがよかったかな。今度また行く時は、あたしもっと頑張るね。


 次第に列が進んでいき、階段を上っていくたびに位置が高くなっていく。スタート地点付近までくると、なかなかの高さだ。


 あたしはへっちゃらだ。昔から高いところは得意だった。だけど美彩は違うみたいで、さっきから体を震わせている。


「夜咲、大丈夫か?」

「え、えぇ。思っていたより高くてびっくりしているだけよ」

「……本当?」

「……認めるわ。実はちょっとだけ高い所苦手なの」

「えっ。だったら言ってくれればよかったのに。今からでも降りる?」

「ううん。ここまで並んだのだし、折角だから最後までやり遂げるわ。それに、瀬古くんが楽しいって誘ってくれたのだから」

「うっ」


 瀬古はやっぱり優しい。美彩に対しては特に。


 目の前で作り上げられている二人の空間が嫌で、あたしはそこに割り込む。


「ふっふっふ。責任重大だねぇ、瀬古」


 すると瀬古は困ったような顔を浮かべた。あたしの言葉で瀬古の表情が変わった。少しだけ自分のところに引き戻せたような気がして嬉しくなる。


 ついに自分達の番が来た。スタッフさんが誘導してくれるが、やっぱり美彩は怖いみたいで動くことができない。


「怖いようでしたら、お二人で滑ってはいかがでしょうか? 支えがあると落ち着きますよ」


 そんな美彩の様子を見かねたスタッフさんが助言をしてくれた。しかし、その後に瀬古にサムズアップしたのが見えた。どういう意図なのかはすぐに分かった。


 だから、あたしの体は気がついたら動いていた。


「じ、じゃあ、美彩。あたしと一緒に滑ろう!」


 美彩に手を差し出す。女の子同士だし、あたしは平気だから美彩も安心するでしょ。そう思ったのに、美彩はなかなかあたしの手を取ってくれない。


 どうしてだろう。親友の行動に首を傾げていると、


「瀬古くん。私と一緒に滑ってほしい」


 彼女はそんなことを言った。瀬古は激しく動揺しているのが目に見えてわかる。


 もちろん、あたしの心も動揺していた。


 初め、美彩の言っている言葉の意味が分からなかった。ううん、理解するのを脳が拒んでいた。彼女は瀬古を嫌ってはいないがほぼ毎日の告白を全て断っている。だから恋愛感情なんて持ち合わせているはずがない。じゃあなんて彼と一緒に滑りたいなんて言うの。あたしだって瀬古と一緒に滑りたいよ。だけどそんなこと言えないじゃん。だから我慢してるのに。よりにもよって、なんで、なんであなたがそれを言うの。


「ど、どうして瀬古と!? あたしの方がいいんじゃない? ほら、女子同士だし、あたしは全然怖くないしさ、頼りにしてもらって」

「ううん。瀬古くんと滑りたいの。瀬古くん、実はちょっとだけ怖いでしょ?」

「……バレてた?」

「うん。体が少しだけ震えてる。私だけじゃないんだって安心した。だけど、今、私が晴と滑ったらそんな瀬古くんを独りにしちゃう。それは嫌だなって。それに、怖がってるもの同士の方が楽しいかもしれないでしょ?」


 ……気づかなかった。自分からこのウォータースライダーを提案していたし、瀬古はあたしと同じで平気なんだと思っていた。


 どうしてあたしは気づけなくて、美彩は気づけたんだろう。……嫉妬してしまう。


 美彩の言い分は正しいと思えたので、二人が一緒に行くことに同意した。同意してしまった。


 スタッフさんに促されて、美彩の後ろから瀬古が抱きつく。二人は水着姿だから当然肌と肌が触れ合う。そんな二人の姿はまるで——恋人同士みたいだった。


 今からでも遅くない。やっぱりあたしと滑ろうよと言おうとした瞬間、


「はい! それじゃあ、いってらっしゃーい!」


 スタッフさんの元気のいい掛け声と共に、二人は下へ滑って行った。


 上に残されたあたしを誘導しようとスタッフさんが近づいてきて、あたしを見て顔を引き攣らせた。


「あ、あの、次に滑る準備を……ヒッ」

「はい。二人の様子をしっかりと見ていたので、やり方は分かりました」


 あたしは速攻でスタンバイし、スタッフさんの「ど、どうぞー」という震える声を聞いた瞬間に滑り降りた。


 地上のプールに体が投げ込まれるがすぐに立ち上がり、プールサイドの方に目を向ける。


 瀬古と美彩が仲良く笑っているのが見えた。美彩は怖がっていたけど、二人とも楽しかったらしい。


 ……あたしは楽しくなかったけどなぁ。


 だけどそんな感想を言うと水を差すことになってしまうので、


「いやー、なかなかにスリルがあった! 結構やるじゃんウォータースライダー!」


 と笑顔を作って言った。一瞬、瀬古は戸惑ったような表情を浮かべていたが、ほっと安堵したような表情に変わる。あたしの言動で瀬古が表情を変えるのが、とても嬉しい。心が温かくなる。


「やっぱり評判通りだったってことだな。どうだ見たか、俺の情報は間違ってなかっただろう」

「ふっ、たまたまのくせによく言うよ」

「なんだと!」

「ふふ。でも本当に楽しかったわ。下が水だと思うと、あまり怖くなくなってきたわね」

「おっ。じゃあ、もう一回行こ——」

「行かない」


 自分でもびっくりするくらい低い声が出た。こんな声を出すなんて、瀬古に嫌われないか不安になる。


 だけど、もう一度行くのだけは嫌だった。またあんな光景を見るのだけは絶対に避けたいの。ごめんね、瀬古。


「ほら、また長時間並ぶ羽目になっちゃうしさ! 他のレジャーも遊ぼうと思ったら、時間が足りなくなっちゃうし!」


 そんな言い訳を並べて、あたしは自己保身に走る。あたし、ずるい女だ。

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