第12話

 大きな商業施設が駅前にある駅まで電車でやってきたあたしは、先に着いているという連絡のあった美彩と改札前で合流した。


 美彩は純白のワンピースに麦わら帽子を被っていた。夏に現れた妖精とはこのことか! 透明度が違う。


 そんな美彩はあたしの頭を見て、わかりやすくムッと不満を表す。


「晴、帽子被ってないのね。お揃いだと思ったのに」

「あー、うん。お母さんに日傘借りたからね。けど帽子の種類違うし、お揃いになるかなあ?」

「そういうのは自分の心持ち次第でしょ」

「ごもっともで。……ぷふっ」

「ふふっ」


 二人して同時に吹き出して笑い合う。


 やっぱり美彩は今までの友達の中でも一番気が合う。親友という立場になれたのはととても光栄で幸せだ。


「何か目ぼしいところある? あたし最近買ってないからあんま分かんない」

「私もあまり詳しくないけれど、一応ここに来る前に調べておいたの。ここなのだけれど」


 そう言って美彩は自身のスマフォの画面を見せてくれた。そこに映し出されている店は例の商業施設の中にあるものだ。値段もお手頃っぽい。


「いいね! 調べてくれてありがとう美彩〜大好き〜」

「もう。暑いわよ晴」


 美彩に抱きつくとそんなことを言われるが、決して引き剥がそうとしてこない。ふっふっふ、かわいいやつめ。


 美彩の魅力を堪能した後、水着専門店に向かった。時期も相まってお客さんはあたしたち以外にも多くいた。入りやすくていい。


 専門店なだけあって多種多様な水着がある。


「うわー、すごい数。悩むね」

「そうね。とりあえず、いくつかピックアップしてみようかしら」


 中学生の時に買ったのはワンピース型だった。やっぱり肌を見せるのは……恥ずかしい! 脚はいい! 陸上部のユニフォームで自然と慣れてしまったし、鍛えていたから見られても恥ずかしくない。


 だけど上半身は恥ずかしい……やっぱりワンピース型かなぁ。うんうん、安定が一番だね。


「美彩ー。何かいいのあっ——!?」


 美彩はどんなものを選んでいるんだろうと振り向くと、彼女の手には黒のビキニがあった。


 ビキニ!? しかも黒って!


「み、美彩。それにするの?」

「……えぇ。似合うかしら」

「そりゃ美彩だし似合うとは思うけど……こういうの好きなの?」

「……そうね。多分好き、かしら」

「へ、へぇー」


 まさか美彩がそんなに大胆な娘だったなんて! 目の前の清楚を具現化したような少女がそんな! 会計の店員さん困っちゃう!


 ……勝てないなぁ。好きな子のビキニ姿とか、絶対あいつ釘付けになるに決まっている。それなのにあたしはワンピース型……


 あたしはさっきまで見ていたエリアから離れ、その中で新しく気に入ったデザインのものを見つける。


「……これなら、いいかな。ちょっと布面積広いよね。だけど、あたしにこんなフリフリって……」

「晴はそれにするの?」

「えっ!? あ、うん、悩み中かなー」

「そうなの? 晴ってひまわり好きよね。ほら、ヘアピンもそうだし」

「えっ」


 美彩に指摘されて初めて自分が持っているものがひまわり柄だと気づく。ワンポイントだから気づかなかったわけではない。なんとなく自分が好きだと思ったのがこれだったのだ。


 ……あたしって単純だなぁ。でも、なんだか……いい。


「……あたし、これにする!」




 * * * * *




 プール当日。


 やっぱり緊張する。瀬古はこの格好を見てどう思うだろう。かわいいって思ってくれるかな。もしかしたら美彩しか視界に入らないかもしれないし、杞憂になるかもな。……それが一番嫌だ。やっぱりちゃんと見てほしい。


 水着姿に着替え終えたあたしたちは更衣室を出て、プールサイドへ向かって歩く。すぐに瀬古の姿を見つけることができた。


「わっ……」


 瀬古の姿を見て不意にあたしの口から声が漏れた。瀬古は意外にも体を鍛えていて、腹筋はうっすらとだけど割れていた。


 さっきより心臓の鼓動が早くなる。


 なんとか瀬古の前まで辿り着くと、瀬古はあたしたちの姿を見て目を丸くして驚いた表情を浮かべた。


「瀬古くん、どうかしら」

「もう最高! パーフェクト! 女神が降臨したのかと思った! 付き合ってくれ!」

「ふふ、よかった。これ、結構挑戦してみたのよね」


 ……いいなあ。あたしも瀬古に褒めてほしい。


 だけど素直にはなれなくて、


「……あたしは?」

「えっと……日向も似合ってるよ」

「……ふんっ。美彩の時と全然違うし」


 そんなつれない態度を取ってしまった。しかし、あたしの心の中は狂喜乱舞していた。


 瀬古が見てくれた。あたしのことを見てくれた。似合ってるって言ってくれた。変に思ってないみたい。挑戦してみてよかった。ねぇもっと見て。この水着、瀬古のために買ったんだよ? 胸のところも遠慮せずに見てほしいな。フリルとか可愛いし、ひまわりもあるんだよ。瀬古、あたしにひまわり似合うって言ってくれたもんね。ねえお願い、もっとあたしのこと見てよ、瀬古。


 瀬古の視線を追う。やっぱり瀬古は美彩の水着姿に夢中だ。胸が締め付けられるように痛む。お願い、美彩のこと見ないでよ。


「あんた、美彩のことジロジロ見ないでよ」

「そんな! それを禁じられたら、なんのためのプールイベントなんだよ!」

「普通に楽しめばいいでしょ」

「ふふ。私、こうして友達とプールに遊びに来たの初めて。瀬古くんは楽しくない?」

「いやめっちゃ楽しい! まだ泳いでないけど既に楽しいよ! おっ、ウォータースライダーがある。行ってみようよ!」

「なにあれ、滑り台? なんだか楽しそうね。行ってみましょう」

「……バカみたい」


 やっぱり瀬古にとってあたしは好きな人美彩の親友でしかないんだ。さっき褒めてくれたのだって社交辞令だっただけだ。楽しみにしてきたのに、なんだかもう帰りたくなってきた。


 気持ちが落ち込んでいく。周りのはしゃいでいる声が耳障りに感じてきた。


 その中、あたしの耳にすっと届いた声があった。


「日向。行かないの?」


 気がつくと瀬古たちは移動するために既に歩き始めていた。そして瀬古はあたしがついて来ていないことに気づいて、声をかけてくれたのだ。


 よかった。瀬古は美彩だけを見ているわけじゃなかった。あたしのこともちゃんと見てくれていた。瀬古、好き。大好き。好き。好き。大好き。


「あっ……い、行く!」


 返事をして、少し焦って二人のもとへ行こうとする。すると足下が濡れていたせいで足を滑らせ、勢いのまま前にこけそうになる。


「——っと。ほら、言わんこっちゃない。忘れ物といい、おっちょこちょいだよなお前」

「う、うっさい。……けど、ありがとう」


 前にいた瀬古があたしの身体を受け止めてくれた。弄られたのでいつもの調子で悪態をついてしまったが、すぐに自然と口からお礼の言葉が出てきた。


 瀬古があたしのことを受け止めてくれた。もしかして、あたしたちって今、抱き合っている格好? やばい。心臓が張り裂けそうだ。でもこうして実際に触れてみると、瀬古の体の硬さがより伝わってくる。なんていうか、頼もしい。これが男の体なのだろうか。それに、肌同士で触れ合うのがこんなに気持ちいいなんて、知らなかった。瀬古とだから? 好きな人とだから? ずっとこのままの体勢でいたいなぁ。


「離れないの?」

「あっ!」

「……!」


 美彩に指摘されて、瀬古は慌ててあたしから離れてしまった。残念な気持ちとほっとした感情が入り混じる。あのままだったらあたし、どうなってんだろう。


 ……また、触れ合いたいな。

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