第10話
目的の駅まで到着したので瀬古と一緒に電車から降りて、駅の改札を抜けるとそこには美少女が立っていた。美彩だ。
彼女はいつも綺麗な格好をしている。パンツなのはあたしと一緒だけど、スラッとした綺麗な脚のシルエットが映え、ジャケットも格好良く着こなしている。
モデルみたいな感じもするが、お嬢様って感じもする。本人に聞くのは忍びないので、瀬古に「美彩ってもしかしてお嬢様?」と以前に聞いたことがあるが、
「そんな感じするよなぁ。だけど本当のところは知らないな。そもそもお嬢様なら、俺と同じ公立中学に通うかなあとも思うし」
そんな答えが返ってきた。あたしはその内容に少しだけ喜んでしまった。美彩がお嬢様ではない可能性があるかもしれないからではない。瀬古が美彩のことを詳しく知らないからだ。
美彩があたしたちに気づくと、彼女のさっきまで無表情だった顔がふと微笑みに変わった。女のあたしでも見惚れてしまうその笑顔に、周りの人も釘付けになっていた。
「すまん夜咲。待たせた感じ?」
「いいえ。私も今来たところだから大丈夫よ」
「うおおおお! 今のめっちゃいいな! 今日の服装似合ってるよ夜咲! 付き合ってくれ!」
「ありがとう。晴の格好も素敵。私も帽子買っちゃおうかしら」
「えへへ、ありがとう。美彩はなんでも似合いそうだよね〜」
「あら。私にだって似合う似合わないはあるわよ」
たしかに人それぞれ適した格好というものがある。しかし、美彩だったらなんでも着こなしてしまうのではないかと思えてしまう。いや、実際に着こなしてしまうのだろう。
さっそく駅から離れて、たわいもない話をしながら、あてもなく街をぶらぶらと歩いた。それだけで楽しいのは、この三人だからだろう。
途中、カラオケを目にした美彩が「行ってみたい」と言うので入ることになった。その時の目をキラキラさせた美彩の姿は可愛らしかった。どうやら今まできたことがないらしい。
美彩はカラオケ自体は初めてだったが、歌自体は本当に上手だった。聞き惚れてしまい、あたしは微かな音も出さないように注意するようになっていた。終わると、瀬古が大きな拍手をしながら「最高!」と彼女の歌声を称賛していた。
あたしも感動していたくせに、なんだか悔しくなって、十八番の曲を入れた。……しかし、やはり先ほど聞いた美彩のものと比べたら、あたしの歌なんて大したものじゃないんだと思えてきた。いつもは楽しく歌っているのに、だんだんテンションが下がっていく。
その時、スピーカーからあたし以外の声が流れ始めた。パッと隣を見ると、瀬古がもう一つのマイクを持って一緒に歌い始めていた。瀬古もこちらを振り向き、目が合う。「一緒に歌っていいか?」と彼の目に訊ねられたので、あたしは笑顔で答えた。
別にこの曲はデュエットものではない。だけど瀬古と一緒に歌うのはほんっとうに楽しかった。曲が終わり、彼に「急に入って悪かったな」と謝られたが、「別に良いって!」という言葉をなんとか振り絞るようにして出した。
ぱっと美彩の様子を見ると、「こんな楽しみ方もあるのね」と感心したような感想を漏らしていた。
その後は美彩に頼まれてデュエットしたり、あたしが歌っているところに瀬古が合いの手を入れたりと楽しい時間を過ごすことができた。
ちなみに、瀬古の歌自体はあたしより下手だった。自覚はしているようで、「あんまり曲とか知らないんだよな〜」とか言って、なるべくあたしたちに歌わせようとする、せこいムーブをかましていた。
それなのにあの場面で歌に割り込んでくるなんて、ずるいなあって思った。
カラオケを楽しんだあたしたちは、お腹を満たすために昼食を摂ることにした。これまた美彩の提案で有名なハンバーガーチェーン店に入った。こういった店も初めてらしく、注文に悩んでいる美彩の姿は可愛らしく、瀬古が隣で優しくサポートしていたのが印象的だった。
それからウィンドウショッピングに繰りでたのだが、しばらくして、美彩のスマフォに連絡が入った。その内容を見て美彩は綺麗に整った眉尻を下げて言う。
「ごめんなさい。家族はあたしをここまで送ってくれた後に別でおでかけに行っていたのだけど、今から帰るからその途中でここまで迎えに来るみたいなの」
「あ……そっか。残念だけど仕方ないな。まあ今日は特に予定も立ててなかったし、今度また遊ぼうぜ!」
「そうよ! こいつに同調するのは癪だけど、遊べるのは今日だけじゃないんだし!」
「なんだと!」
「なによ」
「……ふふ。そうね。二人ともありがとう。それじゃあ、もう近くまで来てくれているみたいだから行くわね」
「あぁ。また学校でな」
「またね、美彩!」
少し寂しそうな彼女の背中を見送ったあたしたちの間に、少しだけ沈黙が流れた。
「それじゃあ俺たちも帰るか」
「……うん。そうだね」
沈黙を破ったのは瀬古のそんな言葉だった。あたしはそれに同意することしかできなかった。
もしかして、あたしと二人きりで遊ぶなんて嫌なんだろうか。だから帰ろうとしているのだろうか。そう考え始めると胸に痛みが走る。
「このまま俺たちで遊んでたら、夜咲が寂しい思いしそうだしな。今日は三人で遊びに来たんだから」
もしかして瀬古はあたしの心が読めているんじゃないだろうか。そう思えるくらい、あたしの欲しかった言葉が瀬古の口から放たれた。
なんだかこのまま瀬古と一緒にいるのはまずい。そう思ったあたしは、
「あ、あたし! ちょっとあそこの雑貨屋さん見て行こうかなーって」
と適当に目に入った雑貨屋さんを指差して言った。奇しくも去年の冬、塾帰りに立ち寄って何も買わなかったお店だった。
すると瀬古はスマフォを軽く操作した後、「じゃあ俺も行くわ」と言った。
「え、えっ!? なんであんたも?」
「なんか電車が遅延してるらしいからさ、ちょっとだけ時間潰そうかなって」
「え、あ、そうなんだ」
結局、あたしは瀬古から離れることができず、一緒に雑貨屋さんに訪れてしまった。周りから見たらあたしたちどんな風に見られているんだろうと想像すると、顔が熱くなってくる。
「……あっ」
一つの髪飾りが目に留まった。それは去年のあの時にも見たものだった。硝子製の小さなひまわりがついたヘアピン。冬なのに季節外れだなって印象的だったのを覚えている。
それと、とても可愛らしいデザインだと思ったのだ。だけど、あたしなんかには似合わないと思い、購入なんかしなかったけど。
あたしがそれを見つめていると、隣にやってきた瀬古があたしの視線を追って、
「へぇ、良いじゃん。それ、買わないの?」
と聞いてきた。
「なに急に。もしかして瀬古、ひまわりが好きなの? なんか意外ー」
揶揄うようにそう訊ねると、瀬古は照れ臭そうに頬を掻きながら言った。
「ひまわりが好きっていうわけじゃないんだけど、ただ日向に似合うかなって。そう思っただけ」
ドクンと胸が跳ねたのを感じた。その直後、あたしは無意識にそのヘアピンを手に取っていた。
「あたしね、ひまわり好きなんだ。だからこれ買ってくるね」
そう、あたしはひまわりが好きだ。
今日、今、好きになったんだ。
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