第6話

 プールの他には夏祭りにも行った。近くの町の大きな花火祭りだ。待ち合わせ場所に向かうと、なんと浴衣姿の二人が待っていた。夜咲はやはり黒を基調とした浴衣で、なんというか色気があった。一方で日向は白を基調とした浴衣で、黄色のひまわり柄が日向に似合っていた。


「また三人で見に来たいね」


 夜空に浮かび上がる花火を見ながら、誰かが言った。いや、おそらく言ったのは三人ともだ。


 夏休みは楽しいだけじゃない。


 学校からたんまりと与えられた課題の山を見て死にそうになった。それは日向も同じだったみたいで、日向の声かけによって三人で集まって課題に取り組んだりもした。ちなみに夜咲は既にほとんど終わらせていたので、俺たちがサボらないように監督する立場になっていた。


 そんな夏を過ごした俺たちは、だるくて面倒な授業が待ち受ける学校へと向かうゾンビに舞い戻った。


 しかし、秋の学校はイベント目白押し。体育祭に文化祭。祭りだ祭りだ! ということで、俺たちは大いに盛り上がった。もちろんそれらのイベントも三人で過ごした。


 日向は体育祭で大活躍だった。陸上部を引退してから約一年が経つが、過去の経験はまだ生きていたらしく、あらゆる種目で一位をもぎ取っていた。


 ただ一点、借り物競走の際は最下位だった。お題が難しかったのかもしれないが、そのお題に沿ったものとして日向が指定したのは俺だった。クラスの応援席から応援していた俺のもとにやってきた日向は、何も言わず手だけを差し出してきた。俺が借り物なのだと察した俺は、彼女の手を握り、一緒にゴールへと走った。


 結局、あのお題がなんだったのかは未だ聞けずじまいだ。


 文化祭では夜咲が活躍していたように思える。一年生のクラスの出し物は飲食は禁止されていたため、ありきたりではあるが我がクラスはお化け屋敷をすることになった。


 文化委員だった夜咲はお化け屋敷を知らないらしく、下調べがしたいと言い出し、俺たちは三人は遊園地に行ってプロのお化け屋敷を調査した。ホラーが苦手な日向が隣で絶叫を上げている中、夜咲はメモを取りながら黙々とルートを進んでいた。「えぇ……」という困惑した声がお化けから聞こえた気がした。


 それから夜咲はメモを基に、学校規模で行える最高に怖いお化け屋敷の計画を打ち立てた。その計画を聞かされた俺たちクラス一同はその内容をあまり理解できなかったが、夜咲の指揮のもと作業していくごとに形が見えてきて感動したのを覚えている。ちなみに、同じ文化委員だったクラスメイトの高橋たかはしくんは「僕の仕事がない」と泣いていた。


 文化祭前日。舞台が完成した俺たちは、早速テストを行うことになった。そのテストのお客側はもちろん、今回の立役者である夜咲がクラスの満場一致で決まった。基本的にお客を二人組に想定しているため、もう一人はどうするかという話になった。順当に考えればもう一人の文化委員である高橋くんであろう。しかし、


「瀬古くん。一緒に行きましょ?」


 夜咲は俺を指名してくれた。


 周りのクラスメイトは俺たちの関係を知っているので、「行けよ瀬古!」「俺たちに任せとけ!」「失敗するように思いっきりビビらせてやるからよ!」と揶揄い半分に俺もお客側としてテストに参加することに賛成してくれた。高橋くんは泣いていた。


 中に入り、決められたルートを進んでいくと、左右上下からクラスメイトがおどかしにくる。しかし、俺も制作側だったわけで、どこで何がやってくるかを知っているために驚くことは一切なかった。しかし、


「ふ、ふふ、我ながらすごいものを作ってしまったわ……」


 隣を歩く夜咲の身体は物凄い速さで震えていた。


 どうして計画した本人がこんなにビビっているのだろうか。それに、下調べの時は一切怖がっている素振りなんてなかったのに。


 それがなんだかおかしくて。俺は思わずぷっと吹き出してしまった。すると夜咲は俺の顔を見て、眉尻を下げながらも目つきを鋭くさせ、ぷくーっと頬を膨らませる。


「どうして笑ってるのよ瀬古くん」

「ご、ごめん。色々おかしくってさ。なんというか、ギャップみたいな」

「何よそれ。……ねえ、瀬古くん。ちょっとそっちに行っていい?」

「え? ……うん」


 夜咲がこっちに近づいてきたことで、人一人分空いていたスペースが埋まってしまった。なんとなく空いていたスペース。いつもは誰かがそこにいるような、そんなスペースが埋まってしまった。


 夜咲の肩が俺の腕に当たる。プールの時とは違って今は服を着ているため、肌と肌が触れ合うことはない。だけど、


「やっぱり……なんだか落ち着く」


 夜咲はそんな感想を口にする。俺も、同じ感想を抱いていた。だけど恥ずかしくて、それを口にすることはできなかった。


 それからの夜咲は震えることも声を出すこともなかった。そして俺たちはお化け屋敷の出口から廊下に出た。すると、お化け隊として出動していない何人かのクラスメイトが待ち受けていた。その中には日向もいた。


「二人の距離、なんか近くない?」


 俺たちにそう尋ねてくる日向の目はとても冷たくて。あの時、プールのウォータースライダーから滑り降りてきた時の姿が重なった。


「少し通路が狭かったのよ。やっぱり一度に通れるのは二人が限界みたいね」


 夜咲は日向の質問に対してそう答えた。その内容から、自分がビビっていたことを隠したいんだなと察した俺は「だなぁ」と夜咲の発言に同調する。


「……ふーん。そうなんだ。それじゃあ三人グループが来た時の案内の仕方考えないとね!」


 誤魔化すことができたのか、日向はそれ以上深くは聞いてこなかった。だけど、いつものキラキラとした笑顔なのに、俺にはその目が暗く見えた。

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