第5話

 変な関係性の俺たちだが教室では普通に雑談したりするし、一緒に帰ったりもする。


 そして一緒に外出することもあるのだ。うちの高校の七不思議の一つだと友人の小田が言っていた。入学して間もないのに七不思議に組み込まれるなんて、他の不思議先輩に申し訳ないと言ったところ、どんな謙遜だと笑われてしまった。


 部活動がない俺たちは基本暇を持て余しているため、週末に街へ繰り出て買い物したり、カラオケやボウリングなどの娯楽施設に遊びに行ったりする。


 美彩の綺麗な歌声は心に響き、日向のはつらつとした声は聞く者を楽しい気分にさせ、俺は合いの手がうまい。


 美彩は両手ではあるが確実にスペアを獲得し、日向は持ち前の運動センスでストライクを連発し、俺はボール磨きを極めた。


 ゴールデンウィークは折角の連休だし、どこかに遠出してみるかという話が出たのだが、美彩も日向も家族旅行の予定が入ってしまったために流れてしまった。二人はひどく落ち込んでいたが、土産話を聞く限り楽しめたようで良かった。


 以降もその話は生きていたみたいで、夏休みに入ると、


「それじゃあどこに行くか」

「決めようか!」


 と二人はノリノリで計画を立て始めた。


 流石に高校生だけで宿泊するのは厳しいということで、日帰りできる範囲で、かつ折角だから夏っぽいところに行きたいとなった俺たちはレジャープールに行くことになった。


 中学以降プールの授業がなくなってしまったため、俺は夜咲の水着姿を見たことがなかった。そのためその提案には大いに賛成し、当日の昨晩は興奮と緊張で寝ることができなかった。


 では当日はどうだったかというと、大興奮の連続でした。


 夜咲は黒を基調として白のアクセントのあるビキニ姿で現れた。夜咲の白い身体が映える素晴らしいデザインだと思いつつも、意外にも大胆な格好に腰を抜かしそうになった。


「瀬古くん、どうかしら」

「もう最高! パーフェクト! 女神が降臨したのかと思った! 付き合ってくれ!」

「ふふ、よかった。これ、結構挑戦してみたのよね」


 俺の賛辞の言葉を聞いて満足気に微笑む夜咲がまた魅力的で、俺は顔が熱くなるのを感じた。


「……あたしは?」

「えっと……日向も似合ってるよ」

「……ふんっ。美彩の時と全然違うし」


 一緒に現れた日向はフリルのついた可愛らしい水着で、こちらもビキニタイプなのだが布の面積は夜咲より多い。意外だったのが、堂々とした姿の夜咲に対して、日向は顔を紅潮させて恥ずかしそうに身をよじらせていたことだ。それと……胸が大きくて、ついつい目が釣られてしまうのをなんとか抑えるのに必死だった。夜咲にバレるわけにはいかないし、日向にも何を言われるか分からない。


「あんた、美彩のことジロジロ見ないでよ」

「そんな! それを禁じられたら、なんのためのプールイベントなんだよ!」

「普通に楽しめばいいでしょ」

「ふふ。私、こうして友達とプールに遊びに来たの初めて。瀬古くんは楽しくない?」

「いやめっちゃ楽しい! まだ泳いでないけど既に楽しいよ! おっ、ウォータースライダーがある。行ってみようよ!」

「なにあれ、滑り台? なんだか楽しそうね。行ってみましょう」

「……バカみたい」


 夜咲を誘ってウォータースライダーに行こうとするが、日向が付いてきていないことに気づく。振り返ると、日向は暗い顔で突っ立ったままだった。


「日向。行かないの?」

「あっ……い、行く!」


 声をかけると、日向は表情を綻ばせて返事をし、俺たちのもとへ駆け寄ってくる。


「おいプールサイドで走ると——」

「きゃっ」


 俺が危惧した通り、日向は濡れた足場のせいで足を滑らせてこけてしまう。俺はそれを正面から受け止める。


「——っと。ほら、言わんこっちゃない。忘れ物といい、おこっちょこっちょいだよなお前」

「う、うっさい。……けど、ありがとう」


 俺の腕の中でしおらしい態度をする日向にドキッとする。さっきから柔らかいものが胸に当たっていて、心臓が激しく鼓動しているのを感じる。


「離れないの?」

「あっ!」

「……!」


 夜咲に言われて、俺たちは慌てて離れる。


 日向と離れたのに、さっきまで感じていた柔らかい感触は消えないし、鼓動が収まる気配もない。


 彼女は彼女でぼーっとした表情を浮かべている。普段のあいつなら、夜咲に言われる前に悪態つきながら離れそうなものなのに。


「ねえ、あの滑り台行くんでしょ? 行きましょうよ」

「ん? あ、あぁ。そうだな。俺も利用したことないけど、めっちゃ楽しいらしいぞ!」

「そうなのね、ふふ。楽しみだわ。ね、晴」

「う、うん。そうだね。まあ瀬古の情報が間違ってる可能性もあるけど」

「俺の情報のソースはテレビだ。だから間違っていたらテレビ局にクレームを入れてくれ」

「なに責任転嫁しようとしてるのよ。あたしたちにとっての情報提供者はあんたなの。ちゃんと責任取りなさいよ」


 普段の日向とのやり取りが戻ってきた。少しほっとするが、どこか残念な俺がいた。




 * * * * *




 夏休みなのでそもそも来場者数が多いということもあるが、やはりウォータースライダーがこのプールの目玉なのだろう。滑り出す場所まで続く階段には長蛇の列が並んでいた。ファストパスなんてものはないので、俺たちもその列に並ぶことになる。


 普段から暇な時間は集まって雑談している三人だ。待機時間が苦になるようなことはなかった。話が止まれば、また誰かが新たな話題を提供して盛り上がり、また話が止まればを繰り返す。


 しかし、いつもの俺たちとは決定的に異なる点がある。格好だ。どこに視線を置けばいいのか分からず、列を見たり、または遠くの方を眺めたりする。二人の顔を見て話そうとすると、どうしても目線が下に下がっていく。そのため他を見るしか手段がないのだ。


 そんな時間を過ごしていると、俺たちの出番はもうすぐといったところまで列が進んだ。下で見た時よりも高く感じ、少しだけ足がすくむ。


 こういう時、自分より怖がっている人を見ると逆に怖くなくなってくるという。それは本当らしく、目の前でプルプルと震えている夜咲を見ていると俺の体の震えは一瞬で止まった。


「夜咲、大丈夫か?」

「え、えぇ。思っていたより高くてびっくりしているだけよ」

「……本当?」

「……認めるわ。実はちょっとだけ高い所苦手なの」

「えっ。だったら言ってくれればよかったのに。今からでも降りる?」

「ううん。ここまで並んだのだし、折角だから最後までやり遂げるわ。それに、瀬古くんが楽しいって誘ってくれたのだから」

「うっ」


 その理由は正直嬉しい。胸に突き刺さるものがありましたよ今! ……しかし、


「ふっふっふ。責任重大だねぇ、瀬古」

「楽しい、楽しいに決まってる。テレビで言ってたし、皆こんなに並んでるし!」


 これで楽しくなかったなんてことがあったら、俺はテレビ局に速攻クレームをつけてやる。


「しかし、日向は平気なんだな」

「まあねー。高い所とか得意だし、ジェットコースター系も好きかな」

「ジェットコースター……一度乗ってみたいのだけど、やっぱり私には無理かしら」

「そんなことないよ美彩! ジェットコースターにもレベルがあるからさ、自分が楽しめるレベルを見つけたら良いんだよ! 今度一緒に行こ? あたしが付き合ってあげるから!」

「そうなのね。ふふっ、お願いしようかしら」


 日向の機転により、夜咲の表情に笑顔が戻った。俺ができなかったことは少し悔しいが、余裕ができたようでよかった。


「次の方どうぞー」


 スタッフさんに促され、俺たちはスライダーのスタート地点に移動する。そこから見る景色は先ほどとはまた別の迫力がある。


「や、やっぱり、私……」


 また夜咲の体が震え始めた。


 やっぱり諦めた方がいいのかな、そう思ったその時、


「怖いようでしたら、お二人で滑ってはいかがでしょうか? 支えがあると落ち着きますよ」


 スタッフのお姉さんがそう言って、俺に親指を立ててきた。流石に俺もその言葉の真意を察する。隣の日向も察したようで、


「じ、じゃあ、美彩。あたしと一緒に滑ろう!」


 そう言って夜咲に手を差し出した。しかし、夜咲はその手を見つめるだけで掴もうとしない。何か逡巡するような様子。それが数秒だけ続いた後、夜咲は俺の目を見て言った。


「瀬古くん。私と一緒に滑ってほしい」

「えっ、俺!?」


 突然のお願いに驚愕の声が漏れてしまう。もちろん日向も驚き、浮かんだままだった手をしまいながら発言する。


「ど、どうして瀬古と!? あたしの方がいいんじゃない? ほら、女子同士だし、あたしは全然怖くないしさ、頼りにしてもらって」

「ううん。瀬古くんと滑りたいの。瀬古くん、実はちょっとだけ怖いでしょ?」

「……バレてた?」

「うん。体が少しだけ震えてる。私だけじゃないんだって安心した。だけど、今、私が晴と滑ったらそんな瀬古くんを独りにしちゃう。それは嫌だなって。それに、怖がってるもの同士の方が楽しいかもしれないでしょ?」


 そう言って、夜咲はいたずらっぽい笑みを浮かべた。それは今までに見たことのない笑みで、俺の心臓がドクンと跳ねた。


「そういうことだから。ごめんね、晴」

「……ううん! そういうことなら仕方ないか! ほら、行ってきなよビビり」

「ビビリっていうな」


 日向に背中を押し出される形で、俺は夜咲と一緒にスライダーの頂上に座る。夜咲が前で、俺が後ろだ。


「はいお兄さん、彼女さんの体に腕を回して。しっかりと支えてあげてください!」「あの、夜咲はまだ彼女じゃ……」

「はい! それじゃあ、いってらっしゃーい!」


 ドンッとスタッフのお姉さんに背中を押され、俺たちは水の勢いと落下によって加速しながら、段々と地上に近づいていく。


「うわあああああああああ」

「きゃあああああああああ」


 思っていた以上の迫力で、思わず夜咲の身体に回していた腕の力を強めてしまう。


 そのまま俺たちは地上にあるプールに投げ出され、着水と同時に分離する。急いで顔を水中から出して、夜咲の様子を確認する。夜咲も遅れて立ち上がり、顔を水中から出す。その表情は先ほどのものとは異なり、高揚しており、どこか満足げなものだった。


 俺たちは顔を見合わせ、どちらからともなく笑い始める。


「あはははは。めっちゃ怖かったな! あんなにスピードが出るとは!」

「うふふ。ほんと、びっくりしちゃった。もうっ、あんなに大きな声出したの初めてよ」


 そういえば夜咲も大きな声を出していたなあと思い出す。俺も余裕がなかったので、あまり記憶ははっきりとしていないが。


 次の人が降りてくるので、俺たちは急いでプールから出る。プールサイドに出ると、先に出ていた夜咲が「それに」と言葉を続ける。


「すごくドキドキしたの」


 その時の夜咲の表情は、まるで、恋愛映画のヒロインのような——


 ザバンッ!


 後ろから大きな音がすると共に、水飛沫が飛んできた。俺たちの次の人、つまり日向が滑ってきたのだろう。


 高い所は得意だと言っていたし、もしかしたら俺たちよりも楽しんでたかもしれない。どんな表情をしているんだろうと思い、俺は振り返った。


 そこには、いつもの明るさいっぱいの日向とは真逆の、暗い目をした少女が立っていた。だけど改めて見ると、やっぱりその少女は日向だ。


「いやー、なかなかにスリルがあった! 結構やるじゃんウォータースライダー!」


 俺たちと目が合った日向は、いつもの明るさを取り戻して感想を述べている。その様子を見て、どうして俺は見間違えたんだろうと思う。


「やっぱり評判通りだったってことだな。どうだ見たか、俺の情報は間違ってなかっただろう」

「ふっ。たまたまのくせによく言うよ」

「なんだと!」

「ふふ。でも本当に楽しかったわ。下が水だと思うと、あまり怖くなくなってきたわね」

「おっ。じゃあ、もう一回行こ——」

「行かない」


 もう一度ウォータースライダーに行こうと提案しようとすると、日向に反対されてしまった。その声はいつもと違い、目の前にいるのに日向の声だと認識するのに一瞬遅れたくらい低かった。


 俯いている日向の顔色を伺おうとすると、日向はパッと顔を上げて、


「ほら、また長時間並ぶ羽目になっちゃうしさ! 他のレジャーも遊ぼうと思ったら、時間が足りなくなっちゃうし!」

「……あ、あぁそうだな。うん、別のところも行ってみるか。夜咲もそれでいい?」

「えぇ。ふふ、今日は色々初体験しちゃおうかな」

「そ、その言い方はやめときなよ」

「うっわ、瀬古何考えてるの! スケベ!」


 俺を揶揄う日向の表情はいつもの太陽な笑顔に戻っていた。

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