第4話
どうして日向とこんな関係になってしまったのか。
整理するためにも、日向と出会った頃まで遡る。
入学式の日、俺は夜咲に告白して振られてしまった。その翌日、俺はまた夜咲に告白をしていた。
「昨日言いそびれたけど高校の制服も似合ってるな夜咲! 付き合ってくれ!」
「あら、ありがとう。結構気に入ってるのよ、このデザイン」
教室、それも周囲にクラスメイトがいるという環境下で告白されたというのにも関わらず、彼女は意に介さないと言った感じの対応をしてきた。
「なんだあいつ、急に告白? アホかよ」
「ぷっ。フラれてやんの」
「へー、おもしれえやつ」
俺を嘲笑するような声が周りから聞こえる。それは仕方のないことで、俺自身はその声が気にならなかった。だけど、
「あなたたち、何笑ってるの。他人が必死になっている姿を見て笑うなんて、つまらない人たちね」
なぜか一番の被害者であるはずの夜咲がそのことを一番気にしており、俺のことを庇ってくれた。
夜咲に睨まれたクラスメイトたちはバツの悪そうな顔をして、俺たちから視線を外す。
この状況を作り出した張本人である俺がお礼を言うのも変だが、一応お礼は言わないとな感謝の言葉を口にしたようなその時、全員俺たちから離れていったと思ったはずが、一人のクラスメイトがこちらに近づいてきた。
そして俺と夜咲の間に割り込むように入ってきて、俺の正面に立って言った。
「あんた、そういうのやめなさいよ! 彼女も困ってるでしょ!」
俺たちの間に介入してきたそのクラスメイトこそ、日向晴だった。
「別に私は困っていないのだけれど」
「みたいだぞ」
「そんなの惨めなあんたに優しくしてくれてるだけよ! あなたも、こんな奴に優しくしてたら碌な目になら——めっちゃ可愛い! てか美人さん! わっ、わっ、間近で見るともっとやばい。何がやばいってもう全てがやばい!」
「やばいのはお前の語彙力だ」
「うるさい! あんたは黙ってて!」
「……ふふ」
これを機に日向と一緒にいることが多くなった。
毎日、夜咲に告白をする俺。
告白を華麗に受け流す夜咲。
俺から夜咲を守ろうとする日向。
この関係図だけ見ると、どうして俺たちがうまくやっていけているのか分からない。いや、当事者である俺にもよく分かっていない。強いていうならば、二人がこんな馬鹿な俺を許容してくれているというのが一番大きいが、なんだかんだバランスがいいのかもしれない。
夜咲の美貌に惚れ込んだ日向は夜咲との仲を尋常じゃない速度で縮めていき、1ヶ月も経たない内に親友というポジションを確立していた。
俺ができないことを目の前でやってのける日向に多少の嫉妬心を抱いたが、二人の仲はあくまで友情の枠内にあるので、二人のやり取りを俺は微笑ましく眺めていた。……いや、やっぱりイラつくことも少なくなかった。なんせ日向は夜咲に抱きつく時、必ずと言って俺の方を向いてドヤ顔を披露してくるからだ。悔しい!
「美彩と瀬古は同じ中学だったんだ」
「えぇ。去年も同じクラスだったわ」
「ふーん。じゃあ、瀬古はその頃から美彩のことが好きだったってこと? もしかしてこの高校を選んだのも美彩を追いかけて!? ストーカーじゃん!」
「それは偶然だ! この高校は進学実績もいいし、家からも近いんだよ。となれば、同じ学区内の夜咲もたまたま同じ高校に通うってのはおかしい話じゃないだろ?」
「さらっと言い訳が出てくるあたり、なおさら怪しい」
「どうすりゃいいんだよ!」
日向は何かと俺に突っかかってくるし対応が厳しい。だからこうしてよく衝突している。
「ふふ。瀬古くんの言ってることはおそらく本当よ。だって私、進学先のことは担任の先生以外には誰にも言っていなかったから」
夜咲がそう言うと、日向は俺にじと目を向けながら「ふーん」と納得がいかないといった声を漏らす。
三人でいるといつもこんな調子だ。俺だって迷惑をかけまくるのはいけないと思い流石に自重し、告白は一日に一回までだと決めている。そのため、普通に会話するときは暴走しないようになるべくブレーキをかけているんだが、ちょっとしたことで日向は俺に突っかかってくる。そのため、夜咲の前で俺と日向がいがみ合うという構造ができてしまうというのが日常だ。
じゃあ二人きりの場合はどうなのか。
残念なことに、初めての席替えで夜咲の隣の席を確保することはできなかった。なんなら俺が一番後ろの窓側、夜咲は一番前の廊下側と真反対の位置取りとなってしまった。
その代わり、と言ってはなんだが、俺の唯一の隣には日向がやってきた。席を移動した後に顔を見合わせた俺は、日向の強張った顔を見て、こりゃ教科書の忘れ物とかできないぞと気を引き締めることになった。
そんな決意もあってか、俺は時間割を入念に確認する癖がつき、なんとか教科書を忘れるなんていう失態を起こさないでいた。しかし、
「ねえ。教科書忘れたからさ、一緒に見させてよ」
日向はそう言って俺の返事を聞かずに机をくっつけてくる。俺が二人の机の間に開いた教科書を置いてやると、読むために身体を近づけてくる。視力は良いってこの前話していた記憶があるが、このとき彼女との距離はやたら近くなる。
こういうことが週に何回もある。多い時には一日一教科だ。忘れすぎだろうとツッコミを入れたことがあるが、「忘れたんだから仕方がない」の一点張りだ。まあ
それに日向は俺と違ってもう一人隣の席の子がいるのだから、そっちに見せて貰えばいいのに。そっちだと女子同士だし、気兼ねないだろうと思うのだが、
「あの子とはそこまで仲良くないし、別にいいじゃん」
とのことで、俺の教科書は日向との兼用になりつつあった。
そんなわけで、俺と日向は二人きりの時はそこまで仲が悪い感じではない。二人だけで一緒に遊びに行ったり、連絡を頻繁に取り合ったりするほど仲良くはないのだが。やっぱりそこは夜咲がいて成り立つような関係だった。
今日も今日とて授業漬けってことで、授業合間の休憩時間、俺は次の授業が世界史なのを確認して欠伸を噛み殺しながら、世界史の教科書やノートをバッグから取り出す。
そうしていると、とつぜん俺の机の面積が二倍に広がった。というのも冗談で、隣の席の日向が自分の机を動かして俺の机と繋げたのだ。
何も言ってこないお隣さんに視線を向けるが、当の本人は何事もなかったかのように席に座ってスマフォを弄っている。
「今日も忘れたのか」
「そういうこと。よろしく」
「なんでそんな当たり前みたいな感じなんだよ。それに、別に今から机をくっつける必要はないんじゃないか? 授業が始まってからでもいいだろ」
「いいじゃん別に。授業の準備は今の時間にやるべきなんだよ、それぐらいあんたでも分かるでしょ?」
「理屈は通ってるけど腹立つな」
スマフォの画面から視線を外さず、俺の教科書を共有するのはさも当然という日向の態度に俺は大きくため息をつく。
そこに夜咲がやって来て、俺たちの様子を見てクスッと笑う。
「晴。あなた、また忘れたの?」
「昨晩入れたと思ってたんだけど、やっぱり見つからないんだよね。絶対あたしの家に妖怪住んでるよこれ」
「妖怪のせいにしてんなよ」
「それで今日も瀬古くんに見せてもらってるの? あなたたち、実は仲良し?」
夜咲が来てから視線をそちらに向けていた日向が、その問いを受けてまた自身の手元に視線を落とした。
「そんなわけないじゃんー。瀬古は美彩を襲おうとする獣で、あたしはそれから守るナイト。いわば敵同士だよ」
「おいこら、誰が獣だ」
「じゃあ妖怪」
「忘れ物の責任まで俺になすりつける気か!」
そんな俺たちのやり取りを見て、夜咲はクスクスと笑う。俺はその笑顔に見惚れてしまう。視界の端では、日向の視線は既にスマフォから外れているのが見えた。
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