第3話
俺たちが通う高校は俺が住んでいる町にある。そのため俺は自転車か徒歩で通学するのだが、こうして三人で一緒に下校するために徒歩で通っている。
日向の家は俺の家がある町の隣町にある。そして夜咲は中学が同じであることから、おそらく俺と同じ町に住んでいる。
日向は電車通学なので、俺と別れた後、二人もこの町のどこかで別れている。それが駅前なのか、夜咲の家の前なのか、それともまた別の場所なのかは知らない。日向が教えてくれないからだ。
そして今、俺と日向は一緒に町中を歩いていた。目的地は日向の家だ。日向は電車で行けばいいものを、俺に悪いからと一緒に歩いてくれている。道中、俺たちは三人でいる時みたいに喋ったりはしない。別にそんな決まりがあるわけでもなく、何となく話さない空気になっている。
でも決して居心地の悪い空気ではない。なんというか、自然な感じがする。耳に入ってくるのは町の環境音に自分達の足音、そして日向の息遣いだ。
公園から30分ほど歩くと既に隣町に入っており、日向の家に到着した。
一般的な一軒家。日向はその扉を鞄から取り出した鍵で開け、俺を中に誘ってくれる。俺はその誘導に乗っかり、慣れた感じで靴を脱いでお邪魔する。
まずは手を洗う。それが俺たちのルーティンなのだが、
「ねえ、レン。手ぇつなご」
日向は二人きりの時の呼び方で俺を呼び、その小さな手を両方差し出してきた。
「手は洗わないの?」
「洗うよ。だけどまずはこっち」
「つなぐって言っても、普通片手じゃないか?」
「いいから、ほら。あたしの手、掴んでよ」
彼女の真意がよく分からないまま、俺は彼女の両手を掴んだ。俺の手より一回りいや二回りほど小さな手。少しぷにっとした柔らかい手。とても愛らしい手を俺は触る。
「もっとガッツリ触っていいよ」
「うーん、さっきからよく分からないんだけど。こんな感じ?」
さっきまでは掴んでいただけだったが、手のひらを優しく撫でたり、あるいは手全体を揉むように触る。すると、「んっ」と彼女の口から艶っぽい声が漏れる。一瞬動きを止めてしまったが、彼女が何も言わないので再開する。
「ぁっ……どう? この手で美彩の髪の毛とか、お腹とか触ったんだよ。感触伝わった?」
「いやぁ、流石にこれじゃあ分かんないだろ。ただ日向の手の感触を楽しんでるだけだな。相変わらずすべすべで気持ちいい」
「んっ……ま、まあ、一応ハンドクリームとか塗って、っ、ケアはしっかりしてるしね」
ハンドクリームとかちゃんと塗ってるんだなぁ。ゴツゴツな男の手と違って、女の子はみんな手がもちもちすべすべなのかと思っていた。同年代の女子の手をこんなにしっかりと触ったのは日向の以外はないから、その辺は本当に疎い。
しばらく日向の手を楽しんだ後、俺たちは洗面台に向かって手を洗った。どうやら洗った後だと夜咲の感触が消えると思ったみたいだ。洗う前も後も変わらないような気がするが。
手を洗い終わった俺たちは二階に上がり、そして日向の部屋に入る。マンガが立て並べられている本棚の一部には、輝かしい成績を讃えるトロフィーや盾と一緒に、ユニフォーム姿の日向の写真が飾られている。
部屋の中ほどまで進み、所定の位置にどかっと荷物を置く。決して軽くはない荷物が肩からなくなり、ふぅと一息つく。
「ん」
同じく荷物を置いた日向が、俺に向かって両手を広げて固まる。彼女は何も言わない。だけど何をするべきなのかは分かるため、俺は行動に移す。
彼女のそばまで近寄り、そっとその身体を抱きしめる。すると向こうも俺の背中に腕を回してきて、そのままぎゅーっと腕に力を入れてくる。
十秒ほどそうしていただろうか。彼女は「ちがうちがう」と言いながら俺の両肩に手を置いて引き剥がしてくる。そして、
「こっちだよ」
俺の後頭部に手を添えて、俺の顔を自分の胸あたりに誘導する。
「んっ」
鼻先が彼女の胸に着いた瞬間、彼女の口から息と声が漏れた。
「ほら。どうかな。今日たくさん抱きついたよ。さっきも別れ際に抱きついたんだ。美彩の匂い、たくさんついてるでしょ?」
そう言われて匂いを嗅いでみると、柑橘類のものと花のようなものの二種類を感じ取った。後者がその夜咲の匂いなのだと分かる。
「うん。ついてる」
「いい匂い?」
「そうだな」
「……そっか。じゃあ、もっと嗅がせてあげる」
日向は両手で俺の頭を掴み、自分の胸に押し付けるように力を入れてきた。少し息がしづらくて苦しいし匂いを楽しむ余裕もないのだが、俺はそれを甘んじて受け入れる。
満足したのか、俺の後頭部にかかっていた力が抜けたので日向の身体から離れると、日向は両手の位置を下げていき、俺の背中のあたりにきたところで一気に引き寄せられた。そしてそのまま力を込めて抱きしめてくる。
「どうした?」
「……ううん、何でもない。それじゃあ、しよっか」
* * * * *
知らない天井……では無くなり、もはや見慣れた天井を見上げながら、腕に感じる温もりに集中する。
「はぁ。やっぱりレンはお盛んなサルさんだね。まさか連続で二回もするなんて思わなかったよ」
「いや二回目やろうって言ったのは日向じゃ」
「だってそっちの身体がやる気だったんじゃん。別にあたしがそういう気分だからやったんじゃなくて、レンが求めたからじゃん」
「……そう、だな。うん、そうだ。俺は猿だよ」
俺が負けを認めたことにより言い合いが終わると、日向は「へへっ」と勝ち誇るように笑いながら俺の腕を抱き締める力を強くする。
「ねえ。してるときにやたら匂い嗅いでこなかった? 今は裸なんだけど。流石に肌にまで美彩の匂いはついてないよ」
「……いや、なんとなくだよ。嫌だったならやめるけど」
「別に嫌じゃない。ってか、あたしに遠慮しなくていいよ。レンがしたいこと、全部してあげるから。レンの欲望の捌け口にしていいから。だから、そんな遠慮しちゃダメ。じゃないと意味ないでしょ」
「……そうだったな。うん、ごめん」
「別に謝るほどのことじゃないけどね。まあでも、あたしのこと気にしてくれるのは、嬉しいかな」
日向はそう言って綻んだ表情をする。しかし、その口調からは確かな意志を感じる。
「で、最近どうなの? うまくいきそうなわけ?」
「誰かさんが邪魔してくるせいで進展はないかな」
「いやいや、それは仕方ないじゃん。あんたが美彩と付き合うっていうのに反対なのは変わらないし。それに、あたしという試練を乗り越えられない奴が美彩をものにしようなんて、あたしの目が暗い内は許さないよ」
「黒い、な。闇堕ちしちゃってるから」
「わ、わざと! 今のわざとだから!」
「わざとの方が怖えよ。むしろ間違いであって欲しかった」
同じ高校なのに、日向とは学力の差を感じる。もちろん日向の方が低い。こういった日常会話でも露見するレベルだ。
「最近、ますます綺麗になったよね、美彩。学年問わず人気らしいよ」
「入学式の頃の写真とか見返すと、俺たち成長したんだなって感じるよな」
「分かるわかる。前まで丸顔だった子がシュッとした顔つきになってるんだよね」
「これが大人になるって奴なんだろうな」
「まあ、あたしたちも大人になったわけだけどね。もしかしたら他のクラスメイトよりも、ね」
そう言って笑う日向の表情はいつもの太陽みたいな笑い方ではなく、色っぽくて、劣情を煽るようなものだった。
「なあ、日向。もう一回いいか?」
「えー、やっぱりレンはお猿さんだなぁ。はぁ」
日向はわざとらしくため息をつく。だけど次の瞬間、彼女はあの笑みを浮かべて言う。
「うん、いいよ。たくさんあたしで解消して」
こうして今日も、好きな子の親友が俺の性欲を管理している。
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