第2話

「好きです……付き合ってください!」

「ごめんなさい」


 高校の入学式に想い人に告白した俺は、あえなく玉砕してしまった。


 こうして俺の恋は終わ——るはずもなく、一度走り出した暴走機関車は止まることを知らなかった。


 告白が一度ダメだったからって諦めないといけない決まりはない。俺はそれからも積極的に夜咲にアプローチを仕掛けた。


「好きだ夜咲! 付き合ってくれ!」

「はいはい」


「今日はいい天気だな。見ろよあの青空、夜咲みたいに綺麗だ。付き合ってくれ!」

「名前的に青空に喩えられてもねぇ」


「夜咲の好きなお菓子シリーズの新作買ってきた。美味しかったぞ! ところで『美味しい』ってなんで『美しい』って字が入っているんだろうな。今日も美しいぞ夜咲、付き合ってくれ!」

「あら本当美味しい」


 夜咲に会ったらとにかく積極的に自分の気持ちを伝えるようにした。幸いにも同じクラスだったため、教室でも俺の愛の叫びは響いていた。そして炸裂していた。


 そんな日々が一年間続いた。時が過ぎるのはあっという間で、入学したては幼かったクラスメイトの顔つきも少しだ大人っぽくなってきた。


 それは夜咲も例外ではなく、前から美しかったその姿からはより色気を感じるようになっていた。


 高校二年生も同じクラスになった俺は、今日も教室の真ん中で愛を叫ぶ。


「三年連続同じクラスだな夜咲! これはもう運命ってやつだな!」

「それを言うなら小田くんもそうでしょ」


 夜咲はこの一年間、一度も俺の愛を受け入れてはくれなかった。しかし拒絶するわけではなく、こうして応えてはくれるし、普通に会話もしたりする。


 一部のクラスメイトはそんな俺たちのやりとりを見て「またやってるよ」「瀬古も懲りないねえ」「夜咲ちゃんクール!」なんて言っている。見慣れた光景に苦笑を浮かべるのみだ。


「あんた! また美彩にちょっかいかけて! いいかげん迷惑だからやめなさいって言ってるでしょ!」


 そう言って俺と夜咲の間に割り込んでくるのは、高校からの夜咲の親友である日向ひなたはるだ。夜咲を守るように俺の前に立ちはだかり、両手を広げる。


「日向ぁ邪魔しないでくれよ。俺は自分の気持ちを夜咲に届けたいだけなんだ」

「あんたのは押し付けって言うのよ! いいからもうどっかに行きなさい!」

「晴。別に私は気にしてないからいいのよ」

「美彩。あんたがそうやってこいつを甘やかすからこいつが付け上がるのよ」

「本人からのお許しが出てみたいですが」

「うるさいわね! あたしの許可なくそれ以上美彩に近づくんじゃないわよ。ふんっ」


 日向は一方的にそう言い放つとそっぽを向き、そのまま夜咲に抱きついた。


「それにしても美彩は今日も可愛いな〜! 髪からはいい匂いも……!」

「あなたも大概ね、晴」

「ノンノン。あたしたちは清い友情、あいつのとは違うの。一緒にされたくない」

「私としてはそこまで大差ないのだけどね」


 日向は夜咲の柔い頬に自分の頬をすりすり〜と擦り付け、しまいには彼女の綺麗な黒髪をクンカクンカと嗅いでいる。そして振り返り、俺にドヤ顔を披露してくる。


 そんな二人のイチャイチャを見せつけられ、俺は「くやしいー!」とハンカチを噛んで地団駄を踏む。そんな俺たちの様子を見てクラスメートはまた笑う。


 こんなだから、今も俺はクラスではイジられ役だ。だけど中学校の時のような苦しさはない。自分が招いた結果だという状況だけで、気持ち的にこんなに違うものとは。


「日向も同じクラスだったんだなー」

「お生憎様ね。はぁ。今年こそあんたは美彩と別のクラスに行くと思ったのになぁ。先生たち、どんな決め方してるんだろう」

「そりゃもう仲良い者同士よ」

「ぜったいにありえないわね。だったらあんた、ここにいないもの」

「なんだと!」

「ふふっ。瀬古くんの言うこと、あながち間違ってないかもよ?」

「夜咲!」

「美彩〜またこいつを甘やかして〜このこの!」


 日向は夜咲の脇腹をくすぐり始める。「やっ、ちょっと、やっ、やめてっ!」と普段の彼女の様子から想像できない色っぽい声が口から漏れる。俺は居た堪れなくなり、耳を塞ぎながら顔を背ける。


 日向晴。短い栗色の髪が印象的な女の子。中学までは陸上部だったらしく、その体は鍛え上げられていて美しい。そんな引き締まっている体に大きなものが二つ乗っかっている。本人曰くEカップで、夜咲より大きいらしい。


 彼女は去年も俺と同じクラスで、そのため彼女は夜咲とも同じクラスだった。


 今まで陸上漬けの生活だったらしく、高校に入学したら女の子らしくなりたいと考えていたみたいで、今の髪色に染めたのもそれが理由らしい。なんならこの学校に進学を決めたのも髪染めが大丈夫だったからだとか。


 そんな彼女は初めて自分のクラスに入った時に自分の目に飛び込んできた夜咲を見て衝撃を受けたらしい。


「お人形さんみたいでかわええええええええええ」


 それが彼女の夜咲に対する第一印象だったらしい。


 それから彼女の行動は早かった。自分の理想とも言える夜咲とお近づきになるために話しかけた。夜咲もそんな彼女を受け入れ、今では唯一無二の親友だと二人共が言っている。


 そんな彼女だから、俺という存在は鬱陶しくて仕方ないだろう。自分の姫に近づいてくるハエみたいな感覚だろうか。ハエは酷いな。自分で言っておいてなんだが。


 俺と日向は夜咲を前にしていがみあうことも少なくない。お互い譲れないものがあるのだ。だけど、一旦いがみ合った後は一緒に遊んだりしている。


 だからか、たまにクラスメートから「なんでお前ら仲良いの?」と聞かれる。それは俺もよく分からない。


 俺に告白テロをされても拒絶してこない夜咲、俺に悪態をついてくるけど怪我をしていたら絆創膏をくれたり優しさを見せてくる日向。


 まあ、二人が優しいからだよと自分に言い聞かせるようにいつも答えている。




 * * * * *




 今日も退屈な授業をなんとか乗り切ることができた。全生徒が待ちに待った放課後がやってくる。


 一目散に帰宅するもの。何人かと一緒に部室へと向かうもの。授業の不明な点を先生に聞きに行く勤勉な者。人それぞれの放課後模様がある。


 俺たちは三人は誰も部活に入っておらず、かと言って特に予定もないのでゆっくりと帰路に着く。


「もう二年生か〜実感ないな〜」

「来年の今頃は受験で忙しいのかしらね」

「うわぁ何でそれを言うのさ! 美彩のいじわる!」

「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」

「でも美彩のこと大好き!」


 日向はそう言って夜咲に抱きつく。夜咲はそんな彼女を受け止めると、「仕方ないわね」と言った表情で彼女の頭を撫でる。すると日向の顔がとろけていく。


 そんな様子を俺はそばから眺める。二人はこんな風によくスキンシップを取る。特にこうして一緒に帰る時が多い。まあ俺がいない時、二人がどんな様子かは知らないんだけど。


 抱きついたままじゃ帰れないと言うことで、二人は代わりに腕を組んで歩行を再開した。どうして女の子は女子同士で手を繋いだり腕を組んで歩くんだろう。そんなどうでもいいことを考えながら俺も隣を歩く。


 しばらく歩くと、小さな公園がある所の岐路まできたところで俺は立ち止まる。俺の家はここを右に曲がったところにあり、二人の家はこのまま直進したところにある。そのため、ここで二人とはお別れなのだ。


「それじゃあ、また明日な」

「えぇ。また明日」

「わ〜いやっと美彩と二人っきりだ〜! ほら、早く行きなさいよ」

「さっきから夜咲を独占しておいてよく言うな。ったく、日向もまたな」

「二人っきりではなかったし! ふんっ、またねっ」


 ベーッと舌を出して最後まで挑発に余念のない日向と夜咲が歩いていく姿をしばらく眺めた後、俺は岐路を曲がり……近くの公園に入った。そしてお決まりのベンチに座る。


 ぴゅうーっと風が吹く。気温は暖かくなってきたが、風はまだ冷たい。あの日もこんな風が吹いていたなと思い出す。だけどその時の感覚や映像はすぐに薄れていき、次に考えるのは、冬頃はもっと寒かったなということ。


 自動販売機で缶コーヒーを買って手を温めていた時期もあった。だけどそれはコーンポタージュに変わり、今は買う必要も無くなった。陽を浴びながらぽけーっとするのが気持ちいい。


 そうしていると、俺が座っている正面に誰かがやって来た。


 ここは陽だまりスポットで、日向との待ち合い場所。


「それじゃあ、今日もうち行こっか」


 日向の掛け声に「あぁ」と応じて、彼女の隣に立ち上がる。

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