ダンジョン1日め――第2層前半

 ナイト攻略の目途が付くと、ビリーは第2層への階段を下りて行った。

 

 第2層は大人2人が両手を広げて立てるほどの幅になった通路がつながり合った構造になっていた。これは弓に頼ろうとしているビリーにとって幸運な設定であった。


 しかし、相手にもゴブリンアーチャーがいる。通路の途中でアーチャーに出会うと、ビリーにとっても逃げ場が無くなる恐れがあった。


「ダンジョンでは、第一に逃げ道を確保することじゃ。必ず空き部屋の目星を付けておくこと。動き出すのはそれからじゃ」


 爺がダンジョンの心得として言っていたことだった。


 その教えを守り、ビリーは部屋から部屋へと縫うように通路を進む。


 とある部屋を調べ終わり、通路に出るために手鏡で外を確認していると、遠くの角を曲がってゴブリンナイト2体が姿を現した。


(あの角までの距離は40歩。まだ早い。他の敵が現れないか様子を見よう)


 30歩……25歩……20歩。通路にいるのは2体のナイトだけだ。


(よし! 行こう!)


 ビリーは通路に出ると、1体に向けて矢を放った。


 トスッ!


 皮鎧を付けた胸部を避けて太腿を狙った。これで行動速度は大幅に落ちる。

 残り1体がこちらに気づき、走り出した。だが、まだ20歩の間合いがある。


 ビリーは慌てずに2矢めを番え、太腿目掛けて放つ。


 ナイトは矢を切り払おうとしたが、空振りした。矢は右足付け根に突き立った。

 衝撃でナイトは転がり、ショートソードを取り落としてしまった。


 ビリーは通路の前後を確認すると、倒れたナイトに走り寄って止めを刺した。2体のナイトは光となって散って行った。


 その時、ビリーの体に熱い風のようなものが吹き抜けた。体の隅々に力がみなぎる感覚。


「これがレベルアップか?」


 格上のナイト2体を倒したことによって、生まれて初めてビリーはレベルアップを経験した。手に持つ剣が軽く感じる。


 試みに振るってみると、風を切る音が今までと違う。「ピィーッ」と甲高い音が尾を引くようになった。


「よし。これを繰り返そう」


 まだ時間は午前10時くらいだろう。8年も潜って来たビリーは時間経過をある程度正確に推測することができた。


 この場所は隠れ場所にできる空き部屋が長い通路の中央にあり、どちらから敵が出現しても余裕をもって迎撃できる地の利があった。


「レベルを上げたいときは、じっとしとることじゃ。敵を探して動き回りたくなるが、動けば出会えるというものでもないんじゃ。だったら、戦いやすい場所で動かずにいた方が体力を温存できる」


 ビリーは単独行だ。無駄に使える体力はない。焦らぬように自分に言い聞かせた。


 待っていると敵が現れた。今度はナイト2体にアーチャー1体だ。倒す順はアーチャーからと決めている。


 第2層になるとチームとしての意識があるのか、ナイト2体が前衛に立ち、アーチャーが後ろを歩く位置取りをしていた。だが、アーチャーは通路中央を歩いているので、ナイトの間を狙えば射線は通る――。


 距離30歩でビリーは通路に飛び出した。アーチャーに向けて弓を引く。

 レベルアップ効果で体幹がぴしりと収まり、正中線がぶれていないことを感じる。


「ピィーーッ!」


 明らかに今までとは違う響きを立てながら、矢は一直線にゴブリンアーチャーの顔面に突き立った。


 弓しか持たないアーチャーは矢を切り払うことはできず、かといって体さばきでかわすほどアジリティも高くないため、なすすべなく額に矢を受けて倒れた。


 矢を放ったビリーは今までとは明らかに異なる「弓勢ゆんぜい」に驚いていた。

 矢の勢いがまるで違う。


 ビリーに気づいたナイト2体がわらわらと動き出すが、まだ30歩ある。ビリーは余裕をもって2射し、2体ともヘッドショットで倒した。再び訪れるレベルアップの感覚。アーチャーはナイトよりも高レベルで、倒すことで得られる経験値が高いらしい。


「お。ドロップがあるぞ」


 ゴブリンアーチャーが5本の矢を落としていった。雑魚ゴブリンの落す錆びた剣とは違い、普通に使える矢だった。


「いくら射た矢を回収できるといっても当たるたびに狂いは出て来る。新しい矢が補充できるのはありがたいな」


 ビリーは昼までの2時間。この待ち伏せ作戦を続けた。アーチャーが1体の編成であれば危なげなく撃退できた。

 一度だけナイト1体にアーチャー2体という変則チームが出現した。


 この時は、通路に出ると同時にアーチャー1体を倒し、すぐさま空き部屋に身を隠した。

 残るナイトとアーチャーは、部屋の入り口目掛けて走り出した。ナイトはともかくアーチャーが走ったのは悪手であった。


 部屋まで20歩に迫ったところで矢を番えたビリーは通路に飛び出し、弓を構えていないアーチャーをヘッドショットで倒した。残るはナイト1体。残り15歩の間合いで必中の1矢を眉間に送り込んだ。


 体を走り抜けるレベルアップの感覚。ビリーはレベル4に到達していた。

 続いて痺れるようなショックが上から下へと体を貫く。


 ビリーは「弓術」のスキルを得た。手にした弓の細かいバランスが今はわかる。試みに3射した矢を手に取ってみると、次は当たらないことが持っただけでわかる。


「この矢はダメだ」


 ビリーは使えない矢を膝に当てて折り、ダンジョンの床に捨てた。やがて矢柄が光り出し、やじりを残して消えて行った。


「もったいないから鏃だけ持って帰るか」


 ビリーは鏃をベルトに挟んだ。


「さて、ボス部屋を探しに行くとしよう」


 目的は第3層にある。階段にたどり着けなかったら意味がないのだ。

 ここからのレベル上げはボス部屋付近でやった方が良い。


 そう思って歩き出した通路の角。曲がったところにゴブリンナイトが背中を向けて立っていた。

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