ダンジョン1日め――第1層

 翌日、いつものように早朝からビリーは家を出た。昨夜の内にミライはモンターニャのところに預けてある。


 モンターニャというのが夫を亡くした女の名であった。


 ◆◆◆

 

 前日の深夜支度を整えていると、女から受け取ったズタ袋が目に付いた。

 開けてみると、ダンジョンに潜るための7つ道具が揃っていた。

 中でも弓のつると矢、そして矢筒が揃っていたのはありがたかった。


 ビリーは爺に狩りを習ったので、弓を引くことができる。今まで使っていたのは手作りの木製弓であったが。

 だが、鳥やウサギならともかく、ゴブリンには歯が立たない。ダンジョンで弓が使えるとは思っていなかった。

 しかし、鉄弓とこの矢ならどうだろう? 冒険者の持ち物である。ゴブリンになら通用するのではないか?


 鉄弓に弦を張りながら、ビリーはダンジョンの階層について爺に聞いたことを思い返す。


「第1階層はただの入り口じゃ。フロアボスはいない。出て来るのも雑魚ゴブリンだけじゃ」


「第2階層からがダンジョンの始まりじゃ。出て来るのは雑魚ゴブリン、ゴブリンナイト、そしてゴブリンアーチャー。この3種類が3匹までのチームで出現する。フロアボスはゴブリンメイジじゃ」


「第3階層は手強さがぐんと上がる。雑魚ゴブリン、ゴブリンナイト、ゴブリンアーチャー、そしてゴブリンメイジの4種類が3匹までのチームで出現する。フロアボスはゴブリンジェネラルじゃ」


 何でも知りたがるビリーに対して爺は面倒くさがりもせず、ダンジョンの構成、出現モンスターの特徴などを詳しく教えてくれた。いつか冒険者になってダンジョン深く潜るのだと、その頃ビリーは夢を膨らませていた。


 今、ビリーは冒険者ですらない。スキルも持たず、仲間もいない。

 たった一人で第3階層のフロアボスに挑もうとしている。


 無謀の極みだと、爺が生きていれば言っただろう。ビリー自身そう思う。


 だが、行かねばならなかった。妹のために。

 兄妹が生き残るためには、この戦いを先に延ばすことはできなかった。

 

 なけなしの保存食を背嚢に入れ、ランタンに給油をしてぶら下げた。水袋も欠かせない。

 ダンジョンで過ごすのは1泊2日の予定だが、飲まず食わずでは戦えない。

 

 武器はヒポクレスのショートソード、そして鉄弓。


 頼るは己のみ。危険極まりない単独行に明日挑む。

 生きて帰れるわけがないと、冷静な自分は頭の片隅で考えている。


 しかし――。


 楽しみでワクワクしている自分が同時にいることに、ビリーは気がついた。こんなにも自分は冒険者に憧れていた、と。


 枕元に剣を置いて、ビリーはその夜ぐっすりと眠った。


 ◆◆◆


 ダンジョンの入り口は無人だった。


 入り口の一線を踏み越える瞬間、ビリーは腰に付けたショートソードの柄をぐっと握り締めた。

 今日の自分は「落穂拾い」ではない。冒険者だ。


 ダンジョンの空気はいつもより粘っこく体に纏わりつくような気がした。


 第1層はビリーの庭だ。進む道筋は知り尽くしていた。

 ここでは戦うことは無駄でしかない。第2層への下り階段までの道筋、ビリーはゴブリンとの遭遇を避けることに神経を集中した。


 それは毎日繰り返していることであり、体に染みついた動きであった。


 危うい場面は一度もなく、2時間後には階段付近に到着していた。しかし、ビリーは足を停めて岩陰に身を隠した。

 すぐに階段を降りるつもりはない。


 敵が雑魚しかいないこの層で、鉄弓とショートソードでの戦い方を試すつもりであった。

 レベルアップにならなくても良い。純粋な経験値として確認しておくべき情報だと考えていた。


 岩陰で30分気配を消していると、右手の通路を抜けたゴブリン1体が姿を現した。こちらに気づいていない。


 広場のような空間の中央に歩いて来た時、鉄弓に矢を番えながらビリーは素早く立ち上がった。


「ホウッ!」


 胸を膨らませて、声を響かせる。


 ゴブリンは足を停めて、こちらをに顔を向けた。


「ホウッ! ホウッ!」


 ビリーを認識したゴブリンは、体の向きを変えてこちらに足を踏み出そうとした。


 既に狙いを定めていたビリーは、静かに矢を放った。


 トスッ。


 軽やかな音を立てて矢がゴブリンの胸に突き立った。

 距離にして15歩。これは必中の間合いであった。今の感じであれば、30歩の距離までは余裕で行ける。


 ゴブリンが光となって消えて行った。

 残された矢を回収する。


 再び離れて、身を隠す。今度は通路からさらに遠くなる。


 15分ほどで2匹目が歩いてきた。


「ホウッ!」


 太腿を狙って弓を引く。30歩の距離でも狙い通り命中した。


「ギャッ!」


 悲鳴を上げながらも、ゴブリンはビリーに襲い掛かろうとする。しかし片脚が動かなくては前に進めない。

 ビリーは正確な動作で二の矢を番え、もう一度放った。


「ギャギャッ!」


 狙い過たず、逆の足を射抜いた。ゴブリンは立っていることができず転倒した。

 ビリーはショートソードを抜き放ち、倒れたゴブリンまで走った。


 ビリーは宙を飛びゴブリンの背中に着地すると同時に、手に持った剣で心臓を刺し貫いた。


 実はこれは第2層で出現するゴブリンナイトを想定した手順であった。この手順であれば1人でも確実にゴブリンナイトを仕留めることができる。


「まずはゴブリンナイトを出来るだけ倒してレベルを上げ、スキルを獲得しよう」

 

 それを初日の方針とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る