ダンジョン1日め――第2層後半

 ゴブリンナイトは動いていなかったので、気配を察知することができなかった。

 ビリーの気配に気づいたのか、ナイトが振り返り始めた。


 弓の距離ではない。矢を番えている間に斬られてしまうだろう。

 左手の弓を捨てて剣を抜くか? いや、距離が近すぎる。


 意を決したビリーは弓を放り出してナイトに組み付いた。背中側に回り込んで両腕を押さえる。

 右手を封じれば、ゴブリンナイトは剣を抜けない。


 その隙にビリーは左手でベルトからさっき拾った鏃を抜き取り、ゴブリンナイトの首筋を掻き切った。

 両手でナイトを突き放し、右足で蹴り飛ばす。


 地面に倒れたゴブリンナイトは首筋を押さえてのたうち、やがて力尽きて消えて行った。


 体を走る戦慄はスキルを得た証であった。ビリーは「剣術」を得た。

 手にした剣を振るう。違いが分かる。剣筋が立つ。


 ショートソードは力を込めずとも正中線を切り割り、丹田の高さに止まった。


「ふぅーっ。あっぶねぇー。出会い頭だったな」


 油断したつもりはないが、意表を突かれた。ダンジョンにはこういうこともある。


「何があっても即応できる心構えが必要だ。弓に頼りきりじゃなくて、近距離戦で剣を生かさなくては」


 ビリーは弓を通路の壁に立てかけると、腰を落として抜刀の練習をした。スキル「剣術」が働き、何の抵抗もなくショートソードが鞘走る。剣身が鞘を擦る音と、抜刀後に空気を切る音が1つになって聞こえるまで抜刀と納刀を繰り返した。


 何度目かの抜刀で脳裏に光が走る瞬間があった。ビリーは抜刀術「居合」を得た。

 今なら臍の前10センチの距離でも相手を斬れる。それが事実としてわかった。


 ビリーは剣を納め、弓を取り直して通路を再び歩き始めた。


 途中の部屋にゴブリンがいれば、飛び込みながら抜刀し、居合で切り捨てる。

 アーチャーの首を飛ばした時は、弓術「遠当て」を得た。試みると、50歩が必中となっていた。


 そのすぐ後にアーチャー3人組が出た。50歩の距離で撃ち合いになったが、ヘッドショットで2体を倒す間に最後の1体が矢を放ってきた。が、狙い定まらず、通路の壁を削って矢は飛び去って行った。


 ビリーは余裕を持って3体目を沈めた。「ゴブリンアーチャーの弓」をドロップしたが、今使っている弓より性能が劣るので拾わずに捨て置いた。


「俺がアイテムを捨てる日が来るなんてね。『落穂拾い』のこの俺が……」


 

 やがて見つけたボス部屋は、隠れる場所もない100メートル四方の開けた空間の中央にあった。


「隠れる場所がないなら……こうするしかないか」


 ビリーはボス部屋の入り口前に腰を下ろし、食事休憩を取った。右手の地面にショートソードを置き、左手の地面には鉄弓を横たえた。そうしておいて、保存食の干し肉をかじっていた。


 左手に影が揺れた。と視えた瞬間、ビリーは鉄弓を拾い上げ顔も動かさず真横に矢を放った。

 狙い過たず、矢はゴブリンナイトの喉を貫いて即死させた。


 ビリーの体を熱い風が吹き抜け、ビリーはレベル5に到達した。


 通説によれば、ゴブリンナイトのレベルが5だと言われている。これ以上はナイトを倒しても強くなれない。


「ここらが第2層の限界かもしれないな」


 時刻はそろそろ午後2時になろうかという頃合い。明日の内にダンジョンを出てミライに薬を与えてやりたい。それを考えると、第2層で費やせる時間はそろそろ限界であった。


 腹ごしらえを終えたビリーは、ショートソードと鉄弓の具合を確かめ、ボス部屋の扉に手を触れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る