ラグナロク=リライト<COMITIA142 サンプル>

ワニとカエル社

サンプル 1人目の視点

~生徒会臨時顧問 谷崎の視点~


昔からこの学校は評判が悪かった。

なぜならいつも暴力事件が絶えない、素行の悪い学生、いわゆる不良学生の溜まり場の様な所だった。

…二年前までは。


変化があったのは、ある学生が入学してきてからだと言われている。彼が何か行動したという証拠や記録は一切ないが、日常茶飯事だった通報が止まり、素行の悪い学生は退学や卒業や引っ越しやらで一気に学校から消え、今では何の変哲もない学生生活が送れる、普通の私立高校となった。


「…それが神野かみのくんの噂、ですか」

私は不思議に感じていたが、どこか納得してしまう。

教師の私から見ても、学業生活で評価すれば、彼は普通の優秀な模範生徒だ。授業態度は静かで普通だが成績はトップ、身長は低いが努力しているのか身体能力も優秀。

学校にとっては何の変哲もない、『いい生徒』だ。

ただし、愛想は壊滅的だ。人当たりが悪いわけではないが、恐ろしく無口で、瞳には一瞬ひるんでしまうような覇気を宿している。関わりたくはないが、惹かれてしまうような、不思議な魅力だった。

「変わってる、よね。彼には『不思議な力』を感じるよ」

先輩の教師陣からの話では、彼は名ばかりの生徒会の会長に立候補し、彼の友達を副会長に推薦し、この学校を『普通』に変えた。力を使わずに、まるで悪魔を統率する魔王のように、自然と平和になった。

それが『魔王』と呼ばれることになった由来。

「どうやって平和にしたのか、はたしてたまたまタイミングが合って平和になっているのか誰も把握してないんだよね。

なんか神野くん、フツーの雰囲気じゃないし。面白おかしく噂がたってるんだよ。

妹さんも今年生徒会長になったから話題なんだよね、生徒の中で」

神野くんには二歳下の妹がいて、彼女もこの学生の生徒だ。見目麗しい彼女は、神野くんとはまるで反対の名前で揶揄されているが…いわく、『大天使』と。

彼女は私の担当ではないのでよく知らないが、評価はいい。兄とは違って愛想も良く、人当たりも良く。生徒からの評判も、『まるで天から見ている女神のように、助けてほしい時に手を差し伸べてくれる』…らしい。やたら気が利く子、ということなのだろうか。教師の評判も良く、成績も優秀。いい子ではあるようだ。

「そんな感じだけど、まぁ顧問代理と言っても、特に運営にかかわることはないし、田中先生が戻ってきたらお役御免だから。そんなに緊張して挑まなくてもいいよ」

こうして、初めて彼女…現生徒会長の神野 まなに会った。

 目は綺麗な二重、さらさらとした髪は二つ緩く三つ編みしている。浮かべている可愛らしい微笑み。美少女な上に頭脳明晰で、性格も良いとなると、他に粗がないのか、と探してしまうのは私の悪い癖だ。神野くんの妹と言われなければ全く分からない。似ているといえば似ている…いや、彼の笑った顔が全く思い浮かばない。髪色が似ているくらいしか似ているところはない。二人とも顔が整ってはいるけれど。

今日は前生徒会長の神野くんを交えて、前年の反省会・引継ぎ会。

「…それでは、」

 神野くんが口を開く。彼はただ普通に話しているだけなのだろう。それなのに、私でもなぜか圧を感じてしまう。

「前生徒会より前年の記録をお伝えします。…やみみさき

「——はい。それではお手元の資料をご覧下さい。こちらは…」

 異常な静けさだった。二人とも身内なのだから、わちゃわちゃ話してもいいはずなのに、他の役員の手前だから静かにしている…のだろうか。神野くんの雰囲気が、周りを威圧しているのか、授業でいつもふざけているあの林田くんも一言も話さない。

「…以上が前年度に実施した行事となります。結果予算などは適宜ご参考下さい。ここまでで何かご質問はありますか?」

 神野くんの隣に座る闇岬くんは、相変わらずスムーズに対応している。神野くんほどではないが彼も成績優秀で、大人びた話し方は学生であることを一瞬忘れてしまう。本当に高校生なんだろうか。実は私と同期だったりする?

「それでは前年の引継ぎ会は以上となります。

現生徒会役員はこの場に残って、次の日程をお伝えします」

 役員の一人が声をかけ、神野くんが席を立つ。すかさず全役員全員が静かに席を立った。その統率力が逆に怖い。

「…よろしく頼む」

「はい、兄様」

 二人が兄弟らしく話した会話はそれだけだった。

「…はぁーッ、キンチョーしたー!」

「『魔王』の覇気すげえっすねー」

「資料無かったらマジ記憶消えてた」

 神野くんが部屋からいなくなると、あからさまに空気が緩むのが分かった。やっと高校生らしい雰囲気。わちゃわちゃしている。

「もー、兄様、優しく相槌を打たれていたじゃないの。

怖くなんかないのに」

 愛さんは皆の声を受けて、少し怒ったように言っている。彼女からすると穏やかに見守っていた雰囲気だったらしい。私の目から見ても、処刑台で罪人に罪を確認するような魔王の冷たいまなざしに見えたのだが。

「愛はお兄様フィルター入ってるからだよ。私は闇岬くんですら怖くて目を合わせられなかったわ」

「いや、闇岬の目、見ると心読まれるから。闇の心眼、マジやばいよ」

 なるほどね、神野愛さんの欠点と言える一つは、ブラコン、というところかな。少し心が穏やかになった。

 まだわちゃわちゃしている空気を、教師として声をかける。

「はいはい。時間ないから、次の日程組んで」

 神野くんがいなくなっただけで、教室はどこか明るくさえ感じた。不思議なことに。






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