第75話 プロポーズ
「兄妹みたいに暮らそうか?」
結婚に、恋に、人を好きになることに。
まだまだ臆病だったあたしの気持ちを見透かしていたのか、彼はそんな風に言った。
まるで、魔法の言葉だった。
それでも、頷けずに固まったままのあたしの隣に座って。
このよく風の通る縁側で、初めて会った時と同じように月を見上げながら、颯太は懐かしむみたいに続けた。
「うち多恵はさぁ・・・・そりゃあもう可愛いし歌は巧いしバスケの才能はあるし文句なしなんだけど・・・・人見知り激しくて、そのくせ依存心はめちゃくちゃ強くて、手に負えないくらい・・・そこもまあ、めちゃくちゃ可愛いんだけど・・・」
それは妹自慢ですか?なんですか?
聞いているこっちがげっそりしそうな兄馬鹿を披露した後で、まるで駄々っ子に言い聞かせるみたいに。
「だから、早苗ちゃんが思ってるよりずっと、俺は頑丈だし、懐も広いよ。心配しなくてもいいよ。いなくなったりしないから」
やっぱり何も言えなくて、泣きだしたあたしの手を握って、彼はずっと黙っていた。
こんなややこしいあたしを、丸ごと引き受けてくれる奇特な人は二度と現れないと思った。
自分の分の幸せ。
基の言葉が頭を過った。
晴はきっと、応援してくれるだろう。
だって、そういうやつだから。
あたしが俯かずに前を向いて見つけた幸せを全力で握りしめに行ったことを、誰より誇らしく思ってくれるだろう。
だって、そういうやつだから。
あたしの幸せを、誰より喜んでくれるのは、間違いなく晴なのだ。
だからこそ、嬉しくて、少しだけ怖い。
この手を取ったら。
今度こそ失くせないものを手に入れてしまったら、次に襲い掛かって来るのはきっと。
失うことへの恐怖心。
それでもいま目の前に居てくれること人を、どこかへやることなんて絶対に出来ない。
怖い怖い怖い。
だけど、それでも。
風に流された雲に、月が綺麗に隠れた頃。
ようやく止まった涙の痕を指で擦って、一生分の勇気を出して、死にそうになりながら言った。
今言わなきゃ、絶対後悔すると思った。
晴に、あの世で合わせる顔が無いと思った。
目の前に転がってる幸せひとつ、自分のものに出来ないでどーすんだ、って。
「・・・・お願いだから・・長生きして」
あたしの言葉に、一瞬目を丸くして颯太はゆっくり目を細めて頷いた。
「わかったよ」
その一言で、良かった。
あたしはその言葉に、やっと、彼の手を握り返せた。
人生で最初に思い描いた夢とは、違っていた。
だけど、違っていいのだ。
あたしは生きているんだから。
新しいなにかを見つけて、変化して、進化して、進んでいく。
前に前に。
幸せのバトンは、後ろには渡せない。
人は前にしか進めない。
そうなるように出来ているのだ。
遮るんじゃなくて、鮮やかな未来へ。
怖くても踏み出せば、きっとそこには。
綺麗な青空が広がっている。
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