第74話 こいねがう
恋して、泣いて、強くなって・・・・
みんなが誰しもが通る道。
あたしは、それをこの年まで知らなかった。
ただ、それだけだ。
颯太に会うまで、知らなかった。
それだけだ。
彼が、これまでどんな人と出会って、どんな風に恋をしてきたのか。
あたしは何にも知らない。
だけど、この人が、ちゃんと人を愛せる人だってことは。
何も言わなくても分かる。
そうしてそれだけで、あたしは十分すぎるくらい満たされる。
人を愛することができる人を。
そういう人を好きになった自分を。
・・・・・あたしは、あたしを好きになれる。
・・・・・・・・・・・
「はい。お待たせ」
慣れないながらもココアを初めて入れてみた。
美味しくなるように、魔法をかけて。
たったひとりのために、こんなに時間をかけてココア入れるのは生まれて初めてだ。
そうやってしてみて初めて分かる。
こうやって、同じようにあたしに目いっぱいの愛情を注いでくれていた人たちがいたこと。
目隠しされていたみたい。
こうやって見渡した世界には、信じられないくらいの愛情が、散らばっていたのだ。
それを、今はちゃんと見つけられる自分が嬉しい。
基たちと過ごした1年が、あたしをこんなに前向きにさせてくれたのだ。
自信と、未来をあたしにくれた。
「あれ、ココアのある場所知ってたんだ?」
「うん。こないだ買出しつきあったときにね」
「そっか・・・」
呟いてマグカップを口に運ぶ颯太。
どうしよう・・・緊張するなー・・・まるで開店初日、第一号のお客さん相手にしてるみたい・・・
じーっと彼の方を見ていたら、苦笑されてしまった。
「・・・・どーした?」
「・・・・美味しい?」
神妙な顔つきで尋ねたあたしに、彼は嬉しそうに頷く。
「うん。優しい味」
その言葉が嬉しくて、いつの間にか笑っていた。
・・・・・・・・・・・
あたしは息を吸って、エイヤっと気合を入れてから口を開く。
正座してしまっているのは、あたしの気持ちの表れだ。
これから、生まれて初めての告白とかゆーやつをする。
彼と出会ってから二年以上が過ぎていた。
「・・・・あのね、それねぇ・・・・」
「うん?」
「あのね・・・・・」
あんまり勿体ぶったもんだから、颯太の方が怪訝な顔をした。
「もしかして牛乳賞味期限切れてたとか?」
「なっ・・!?ち・・・違うってば・・・・あたしが、初めて・・・颯太のためだけに入れたココアだよ」
「・・・・・・・・・早苗ちゃ・・・・」
「えーっと・・・あのね・・・・・・・颯太に飲んでほしいなって思って・・・・愛情込めてみました」
「それは・・・・こないだの返事?」
こないだというには随分待たせてしまったのだけれど。
だってもうすぐココアの季節は終わってしまう。
「・・・・・ハイ」
こんな大変なんだな・・・・告白するって・・・もう体中の毛穴から汗が噴き出してる気がする・・・なんで!!??ってくらい・・・体が熱いし・・・
しかも、心臓は今にも止まっちゃいそうなくらい暴走気味。
大丈夫か?あたしの体!!??
頷いたあたしの手のひらを握って颯太がいつかのあたしと同じ言葉を呟く。
「ありがとう」
ココアに対してなのか、あたし自身に対してなのかそれとも、この返事に対してなのか。
はたまた全部ひっくるめての”ありがとう”なのか。
あたしにはわからない。
でも、彼のその一言で、あたしは泣きそうなくらい幸せになった。
この人ともっともっと一緒にいたい。
一緒に年を重ねていきたい。
たとえば上り坂でも。
たとえば下り坂でも。
あたしが、いつだって、隣にいるよって。
そう言いたい。
迷いなんて、これっぽっちも無かった。
あるのは、強い決意のみ。
だって、散々悩んだ。
そうだよね?・・・・晴・・・・
颯太に対する恋を自覚するということは。
これまでの恋を再認識するということで。
それは、ものすごい痛みを伴う作業だった。
鮮やかな思い出は。
あたしには優しすぎる。
胸の奥はジンとして。
鼻の奥はツンとした。
じわっと浮かんだ涙で。
この恋を知ったのはあたし。
ねえ、あんたもこんな気持ちだったの?
こんな優しい気持ちで、あたしに珈琲淹れてくれたの?
どれくらいの”ありがとう”を返せてたかなぁ?
訊きたいことは山ほどあって。
答えてくれる人はもういない。
・・・・・・・・・・・
「珍しいねぇ。早起きさん」
店のドアを開けると、いつもの穏やかな声で迎えられる。
「おはよー・・・・おっちゃん・・・・ブレンド頂戴」
「寝ぼすけ娘にはセルフサービスの刑だよ。ついでにトースト焼くといいよ」
朝ごはん食べていけということらしい。
「はーい」
返事をしてカウンターに入って、いつものように写真の晴に挨拶をする。
「おはよ、晴」
「眠れなかった理由を聞こうか?」
軽い口調で言われて、あたしはトースターにパンを放り込んだまま固まる。
何もかもお見通しらしい・・・・大山親子には敵わないや。
あたしは専用カップにブレンドを注いで、今日は豆乳オレにすることにした。
それを手に極力いつも通りを装って続ける。
「昨日さあ、晴が夢に出てきたー・・・」
「僕なんかしょっちゅう夢に見るよ。まどかと楽しそうにやっててもう、やんなるよ」
「ええーでもおっちゃんあたしと一緒で楽しいでしょ??」
「もちろん。こっちは娘と一緒だって言ってやるんだよ。で?晴樹、なんて言ってた?」
「・・・・・・悔しいぐらい笑ってんのよ・・・・そればっかり・・・・ほんっとやんなる」
今度はあたしが不貞腐れる番だ。
「笑い返してやればいいよ」
さすが父親って顔で言われると頷くしかない。
「・・・・・ねえ・・・おっちゃん・・・・人を好きになるって・・・苦しいねぇ・・・」
あたしの呟きに、おっちゃんはちょっと目を丸くしてから柔らかく笑う。
「でも・・・・人を好きになるのは良いことだよ。・・・自分のことも好きになれる」
「うん・・・・・わかってるよ」
泣きたくなるほど。
・・・だからあたしは恋したの。
あたしもあたしを好きになりたい。
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