第78話 閑話休題 見守りたい人
キツそうだってよく言われる。
だからなるたけタレ目に見える様に、柔らかく見える様にメイクに気を使ってるのよ!
癒し系が人気と謳われる昨今。
千朋はしきりに”マキは別嬪やもん”というけれど。
私にしてみたら、千朋の方がよっぽど可愛らしい。
(中身はかなりチャキチャキしてるけど)
一緒に居てほっこりするのは間違いなく、私よりも、彼女の方だから。
秋吉さんを見ていれば分かる。
千朋の何気ないしぐさや、言葉が可愛くてしょうがないって態度がそう言ってるもの。
・・・じゃあ、彼は?
私の一体何を見て、どこを可愛いと思って一緒に居てくれるんだろうか?
「可愛いとこかぁ」
家に戻っていの一番に尋ねてみた。
だってこれまで気にしたことも無かったんだもん。
近藤マキになる前にそれだけは訊いておきたい。
真剣な顔で答えを待つ私の頭を子供(生徒)にするみたいに撫でて、彼は思い出したみたいに笑う。
「最初にマキが”しまった”って顔して、慌てたときに可愛い子だなぁと思ったよ。隙の無さそうな子だと思ってたから、ギャップにちょっとびっくりした」
「・・・・・それっていっちばん最初に会った時じゃない」
まさか出会いの瞬間を告げられるとは夢にも思っていなかった。
「そうだよ」
「え、待って、私が告白したとき、全然そういう対象に見れないって言ったくせに!!!アレ、嘘だったの!?」
私のセリフに、彼は慌てて立ち上がる。
「その時は・・まあ・・・その・・・・ほら、年も離れてるしな」
「ほんとはあの時からちょっとは気になってたってこと!?ねえ、そういうこと!?」
「・・・見守ってあげたい子だなぁと・・・・・思ったよ・・・・・正直」
「・・・じゃあ、その時から脈ありだったのに、結局2年もお友達してたってこと?」
「・・・・・・最初の教え子と同い年だったから、どうしても踏み出せなかったんだよ。あの時も言ったけど、マキの気持ちは一時的な憧れみたいなもんだと思ってたし・・・」
「でも、今は信じれるわよね?」
「じゃなきゃ結婚なんて考えないだろ。さんざん職場でも冷やかされてるのに・・・」
「なんて?」
「ひと回りも下の女の子たぶらかしたってさ」
「・・・・何よそれ。私が誑かしたって言ってやればいいのに」
「女の子がそういう言葉使うんじゃないよ」
まるで教師みたいな(そうだけど)口調で彼が苦言を呈した。
・・・・・・・・・・・
「近藤先生っ!!お車出してもらえます!?」
職員室に飛び込んできた保健医の声に資料作成の手を止めて顔を上げた。
飛び込んできた女性教師は真っ青な顔でこちらを見ている。
「宮野先生、どーかしました?」
「生徒が鉄棒から落ちて足ひねったらしいんです」
「そりゃ大変だ。すぐ行きますよ!」
夕方17時すぎの職員室はがらんとしている。
新学期に向けての打ち合わせのためにほとんどの先生は出払っていて、かくいう近藤もさっき会議を終えて戻って来たばかり。
斜め前の副担任の先生(ペーパードライバー)に外出を伝えて大急ぎで保健室に向かう。
子供の怪我は日常茶飯事だ。
こういうイレギュラー対応には嫌というほど慣らされている。
最初の教え子がまあやんちゃ坊主の集まりで、毎日誰かが転んで怪我をしたり足を捻ったりしていたので、病院までの道のりは最初の二週間で完璧に覚えた。
腕をざっくり切ったり、頭にこぶを作ったり。
元気が取りえの田舎育ちの子供たちと過ごす毎日は、この仕事に就いてから10年が過ぎた今も、変わらず楽しい。
そろそろ身を固めてはどうかと教頭や学年主任は言うけれど(一昨年結婚した浜田が結婚の意義をやたら熱く語るので、触発されたらしい)それよりも目を離せない生徒たちが、わんさかといるのだ。
足を腫らせたやんちゃ坊主(しかもウチのクラス)を車に乗せて近くの外科に向かう。
何十年も前からある、近隣の学校ともゆかりの深い病院だ。
保健医から電話で事情を説明してもらっていたので、すぐに診察室に入ることができた。
軽い炎症、との診断にホッとしつつ、学校と保護者に連絡を入れる。
痛む足首を押さえられても、必死に涙を堪えて我慢した生徒の頭を撫でてやると、すすり泣くように声を上げて泣き始めた。
「先生の前で泣かなかったもんなぁ?偉かったぞー、昌樹は強い子だなぁ。かあちゃんに褒めて貰おうなぁ」
「は・・・走れる・・ようになる??」
「なるよー。こんな怪我すぐ直るぞー大丈夫だ。そのためにもちゃんと湿布貼って治るまで大人しくしとくこと。いいな?」
「うん・・・」
「よし、んじゃあ帰るかぁ。かあちゃん家で待ってるってさ」
パートを途中で切り上げて、大急ぎで戻ると言っていたので、車で送り届ける頃にはお母さんも帰っているだろう。
こういう時は母親の”おかえりなさい”が一番の薬になる。
どんなやんちゃ坊主もみんな。
・・・・・早苗と晴は父ちゃん派だったけどなぁ・・・
最初の教え子のなかでも特に思い入れのある子供たちを思い出しながらゆっくりと車に向かっていると、誰かの足音が聞こえてきた。
・・・・・・・・・・・
新入社員研修が始まるまでの2週間母がパートで勤めている外科の受付を急遽手伝うことになった。
なんでも事務員さんが娘さんがお産の手伝いで休暇を取っているらしく、春休みの間は人手が足りないらしい。
暇だったし、時間もあるし、ちょっと憧れのナース服を着てみたいなんていう軽い気持ちもあった。
喫茶店でアルバイトをしていたので会計処理は慣れていたので、とくに困る事も無かった。
当時はまさか、ここで運命の出会いがあるなんて夢にも思っていなかったので、憧れのナース服で楽しくバイトに勤しんでいた。
このときまでは。
中休憩から戻ると、カウンターの上に車のキーが置いてあった。
「・・・・・誰かの忘れもの・・・?」
小首を傾げると、レセプト入力をしていた事務員のおばさんんが表玄関を指さす。
「さっきの人だわ」
見ると駐車場に向かう親子の姿が見えた。
背中に子供さんを背負っているので、キーを忘れたことには気づいていない様子だ。
「届けてきます!」
大急ぎで病院を出て裏面にある駐車場に向かう。
少し先を歩く親子に大声で呼びかけた。
「おとうさーん!!忘れ物ですよ!!車のキー!」
渾身の力での呼びかけにぴたりを歩くのをやめたお父さんが子供をおぶったままこちらを振り返る。
・・・・・・あら・・意外とお若い・・・?
そんな疑問が浮かんだ瞬間、背中の子供が面白そうに言った。
「おとうさーんだってさぁ。先生!!」
え、先生!!??
慌てて先生と呼ばれた男性の顔を見返す。
と、困ったような苦笑いが返ってきた。
「すいません、うっかりしてて・・昌樹、キー貰ってくれ」
親子じゃなかったんだ!!!
マキはキーを渡すことも忘れて、そのまま勢いよく頭を下げた。
「すいません!!勘違いしちゃってごめんなさい!」
とんでもない早とちりだ。
走って追い付くことを優先させるべきだった。
「気にしないでください」
パニック状態のマキの下げたままの頭を優しい手が撫でたのはそのすぐ後だった。
へ・・・・??
いつの間にか地面に立っていた昌樹君が可笑しそうにつっこむ。
「先生、その人大人だよ?」
「あー・・・すいません、つい」
男の人からこんな子供扱いを受けた事が無かったマキは、この一瞬で、あっさりと、恋に落ちた。
そして、それは一生ものの恋になって、来月、ようやく大好きな人のお嫁さんになれる。
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