第80話 それもひとつの、はじまり  

久しぶりに女3人で夜更けまで話し込んだ。


結婚、出産の2大行事を終えてしまった早苗と華南には友世の恋(恋なのか微妙だけど)バナは、新鮮で自分のことのように嬉しい。


三人娘に気を遣ってこっそり閉店プレートをいつもより早めに下げたマスターは、閉店でも関係なくやってくる早苗の父親とふたりでいつものように釣り話で盛り上がった。


年を重ねるごとに、趣味と友人が増えて行く。


家族に先立たれた分だけ、新しい知り合いも増えた。


人生というのは、どこかで帳尻が合うようになっているらしい。


夜21時半を過ぎたころ、早苗の父親が席を立った。


「早苗ー父ちゃん帰るからなあー」


「はいはーい。あ、お母さんに明日のお昼焼きそばにしてって言っといて」


「空、連れて来るんだろ?」



孫の名前を呼ぶときだけ、一気に目尻が下がる。


その様子を幼馴染とマスターが面白そうに眺めた。


これもいつもの光景だ。


ついこの間まで、早苗の写真が(こっそり)入っていた定期入れには、初孫の写真が常時完備されている。



「うん。明日は颯太も仕事帰りにそっち行くって」


「なら、夕飯焼きそばにして、みんなで食うかぁ」


父親の言葉に一目散に手を挙げたのは華南だ。


「おっちゃん賛成!昼過ぎから伺います!」


「あんた今夕飯浮いたーとか思ったでしょ」


「いーじゃん・・ってかあんたも楽でしょ」


「確かに・・・友世も明日は早めに帰ってきなよ。焼きそばパーティーしよ」


「うん、残業しないように頑張るね。あ、要るものあったメールしてね」


「帰ってすぐビール冷やしとくわ」


「近ちゃんたちも呼ばなきゃ・・・・・メール打っとこ」


「じゃー決定だな。母ちゃんに言っとくぞ」


「よろしくーおやすみー」


「おーおやすみー。お前らあんまり遅くなるなよー」


「はーい」



子供の頃と同じように行儀のよい返事をして、三人はまた会話に戻った。


三人娘のなかで一番の美人は引く手あまたなのだが、まだ運命の相手を見定めている最中らしい。


友世が困り顔で仕事場の人間関係についてこぼすのを、楽しそうに聞きながら、華南と早苗が所々鋭いツッコミを入れている。


押しに弱い友世を心配してあれこれ先回りするのは幼馴染たちのくせなのだ。


その様子を楽しそうに眺めて、マスターは2杯目の珈琲をセットするべくカウンターに入った。


そして、飾り棚に置かれた古びた写真の中で笑う少年に小さく笑いかける。


「今日は一段とにぎやかだろ?」





・・・・・・・・・・・






日付が変わる直前に勝手口から家に入ると、台所もリビングも空っぽだった。


階段を覗き込んで、小声で呼びかける。


「帰ったよー」


すると寝室から颯太が顔だけ出してきた。


「おかえり、俺も今戻ったとこだよ」


「空、熟睡?」


「うん、たぶん朝までぐっすりだろ」


部屋の中をもう一度確認して、そっとドアを閉めて降りてくる。


「起こすの可哀想でさぁ。パジャマに着替えさせてないけど」


「あーいいよ、いいよ。寝かせとこ。あれ、酔ってない?」


「飲んだけど、酔ってないよ」


そう言って階段の下で待っていた早苗の背中を押してリビングへ向かう。


「飲まされなかったの?」


「大が潰れてたなぁ・・・明日の仕事大丈夫かな」


「ああ、大丈夫よ。ああ見えて山尾っちの次に強いの大だからね。明日の朝にはケロっとしてるでしょう」


「そうかもな。楽しかった?」


「ひっさびさに女子高生みたいな話してきたわ」


「なんだそれ」


「誰が好きやー嫌いやーってコイバナを。年を感じました」


「こら、俺より若いくせに歳とか言うな」


そう言って笑って颯太が畳の上に寝転がる。


「お風呂入んなきゃ、明日も早いよー?」


「んー・・・ちょっと涼んでから」



市場で貰った団扇で、座布団枕にウトウトする颯太に風を送ってやりながら早苗は縁側に吊るされた風鈴を眺めた。


金魚の絵が描いてある、小さなそれは彼がお土産にと買って来たものだ。


軽やかで心地よい音が耳に涼しい。


思わず目を閉じると、空の手を握られた。



「眠い?」


「さっきコーヒー3杯も飲んだもん。全然目ぇ冴えてるよ。空と一緒に昼寝もしたし」


「そっか・・・早苗?」


「はいはい」



名前を呼ばれて視線を向けると、繋いだままの指先を目の前に翳された。


苦笑交じりで颯太が口を開く。



「まーた指切ったの?」


「うっ・・・」


「ほんっと生傷絶えないねぇ・・・ウチの奥さんは」


「日々精進してるんですけどっ」


眉間に皺をよせて言い返すと、颯太は笑って切り傷の出来た指先にキスをした。


「知ってるよ。・・・あんまり無茶しないように」


「はーい・・」


「返事だけは優等生だからなー・・・」


「あたし、褒められて伸びる子なんですけど、先生?」


「・・・我儘な生徒だなぁ」



そう言って笑って、颯太が腕を伸ばして早苗の頭を撫でた。


思わず声を上げて笑ってしまってから、慌てて口を塞ぐ。


愛息子が起きてしまうかと思ったのだ。


そんな早苗の様子に、体を起こしながら颯太が苦笑交じりで言った。



「平気だろ」


遊び疲れて夕飯の途中で眠りこむほどだったのだ。


ちょっとやそっとでは起きるまい。


「今日もいい一日だった?」


静かな声に、早苗は心から笑って見せた。


「とっても」

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イノセント・ラブレター 宇月朋花 @tomokauduki

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