第6話 あの日、あの時、あの場所で
「へーじゃあ、ここに来る前は都心部でお勤めを?」
「ええ。サラリーマンに嫌気がさして脱サラで、古い喫茶店買い取って店を始めたんですよ」
「この町に来たのが正解だぁ!なんてったって喫茶店なんて洒落たもん一軒もねぇからよう!」
「ちょっと!お父さん自慢するとこじゃないでしょそこは!!自治会の役員やってるんだからもっとイイとこ言わなきゃ!」
父ちゃんのセリフにお母さんが慌てて突っ込みを入れる。
もう家のお決まりの会話パターン。
我が家は典型的カカア天下だと思う。
父ちゃんは自信満々に”亭主関白だ”とか言うけど。
晴のおっちゃんは注がれたビールを機嫌良く飲んだ。
「でも、海の近くに住みたいってのが家内の夢でね」
隣のおばさんもにこにこと頷く。
「なんでだか、海の見える喫茶店ってのが理想だったの。もともと山育ちなのにねーなんでだろ・・・・憧れみたいなのがあったのかしら?」
「あーでもそれ分かるわ!私はどっちかってーと町の育ちだったから、こういう田舎に憧れて・・・就職した組合に居たのがこの人だったのよ」
「え。じゃあ社内結婚?」
おばさんが嬉しそうに身を乗り出す。
なんで女に人ってこういう話好きなんだろ・・・
ちらりと隣を見たら晴も微妙な顔をしていた。
そうだと思った。やっぱりねー・・・
「そうよー隣の課で、良くある合同飲み会で意気投合してねーえ・・・え、そっちは?」
「うちは、この人が、バイト先のパン屋の常連さんだったの」
「仕事場の近くのパン屋でまどかが働いててね・・毎朝そこで朝飯調達してたから・・・可愛い子がレジにいるなーと」
「へー・・・何か新鮮!うちとは違うわあ!」
「そんなことないわよ!そっちこそオフィスラブじゃない!」
女子高生みたいにキャッキャとはしゃぐ2人。
父ちゃん達は視線でお互いを励まし合ってビールを注ぎ合っている。
・・・大人って分からない・・・・
あたしたちは顔を見合せて頷いた。
「「ごちそーさまー」」
「あら、もういいの?」
「うん。縁側で遊んでるー」
こういう場所からは早々に脱出するに限るのだ。
ふたりで並んで和室を出て、縁側からサンダルを履いて庭に出る。
「大人ってなんで酔うとあーなるんだろー」
あたしの言葉に晴が何度も頷いた。
「なー・・同感・・・母さんたち初対面のくせにめちゃくちゃ盛り上がってたしなぁ」
「あーゆーのを聞いてると、華南の言う耳年増な女になるんだって」
「え?耳だけ年取んの!?」
ぎょとして問い返してきた晴の頭に突っ込みを入れる。
まるでコントみたい。
「違うって・・・まあそうだけど・・・色々大人の知識ばっか知ってる子ってこと」
「それって得じゃねーの?」
「そんなの年取ってから知りゃいーじゃん!」
「・・・ふーん。まあそっか・・んで、どっち行く?」
「この時間なら海かなー・・・神社暗いから危ないって父ちゃんたち言ってたし」
庭を突っ切って、前の細い道に出ながら見上げた空にはいつの間にか月が昇っていた。
時間をすっかり忘れて19時になるまでみんなで遊んだ帰り道。
自転車を店の前に置いたままだったので、それを取りに行ったらさっそくおっちゃんとおばさんに怒られた。
「こんな時間まで遊んでちゃお家の人が心配するでしょう!?」
ひとしきり叱られた後で、送ると言ってくれたおばさんと晴と一緒に我が家に向かったのが始まり。
玄関先でお母さんに捕まって、盛り上がっているところに父ちゃんが帰って来て捕獲決定。
店を閉めたおっちゃんが残りもの片手にやってきて宴会と相なった。
ただいま時刻は夜の21時。
宴会はまだまだ終わりそうにない。
インクを浸したみたいな暗い海と、まっ白な砂のコントラストが写真のように綺麗だ。
犬の散歩をする人たちにまぎれてあたし達は浜辺に降りる。
「意外と風強いー!」
「寒くない?」
晴が尋ねてきた。
「全然平気ー!!」
あたしは風に負けじと走りながら大声で言った。
こういうところ、晴は優しい。
誰に教えられるでも無く、肝心な時。
いつも、優しい。
・・・・・・・・・・
「あれ!早苗ちゃんと晴くんじゃない」
ご近所のおばちゃんが犬を連れて声をかけてきた。
晴が嬉しそうに”太郎丸(柴犬)”の頭を撫でる。
「こんばんはー」
行儀よく挨拶するとにっこり微笑んだ後、おばちゃんがちょっと心配そうな顔になる。
「こんな遅くにふたりで大丈夫?お家で何かあったの?」
子供は町のみんなで守り、育てよう。
これが町訓であるので、こんな夜に子供だけでいるあたしたちを放ってはおけないらしい。
確かに知り合いでは無い人が、殆ど居ないような小さい町だから。
あたしたちは顔を見合せて笑う。
「お母さんたち、家で宴会中なの。退屈だからちょっと散歩に出てきただけだよ」
あたしの言葉におばちゃんは安心したように頷く。
「そう、なら良かった。でも、そろそろお家に戻んなさい。藤野さんたちも心配するわ」
いや、むしろあたし達が居なくなったことにも気づかない位盛り上がってると思うけど・・・
と思いつつもあたしたちはまたにっこり微笑む。
「「はーい」」
オトナを心配させるのは良くない子供のすることだ。
あたし達は出来た子供なんで。
「でも、晴くんがいるから早苗ちゃんは安心だ」
にこにこ笑っておばちゃんは手を振って行ってしまう。
残されたあたしたちは、ゆっくりと家の方に向かって歩き出す。
それでもどうにも腑におちない・・・
あたしは眉根を寄せてうーんと唸った。
晴が怪訝な顔で尋ねてくる。
「早苗、何さっきから唸ってんの?」
「あたしがいるから晴も安心でしょう!?」
どっちか一人だけが安心とか可笑しいし!!
力説したら、晴がちょっと考えてから笑って右手を差し出した。
「うん。早苗と一緒だと心細くないしな」
「そうでしょうとも!!」
あたしは自信たっぷりに言って、その手を握り返した。
そして月夜の帰り道。
ゆっくり、ゆっくり、歩いてく。
・・・・・・・・・・・
「早苗ー?晴くーん?」
子供達の姿が見えないことに気づいた21時半過ぎ。
てっきり台所の小さいテレビを見ているんだと思っていたのに、覗いてみたら空っぽで。
そう思ってみれば縁側で遊ぶとか言ってたよな?と思い出して和室の襖を開けてみたら。
「・・・・」
思わず声を上げて笑いそうになって、慌てて口を押さえる。
とりあえず、カメラ、カメラ・・・あーっと・・・旦那たち呼ばなきゃ・・・
台所に食器を運んでくれていたまどかの腕を掴んで
「そんなの放ってていいから来て!!」
と引っ張りだして、
居間で延長中の野球観戦を始めていた夫ふたりも呼びつける。
人差し指を立てて、静かに!と合図するのも忘れない。
音を立てないように僅かに襖を開けて、4人で中を覗き込む。
「やーん・・・可愛い・・・」
思わず声を漏らしたのはまどかだ。
「でしょう?」
にっこり笑って微笑んで、カメラを忘れたことを思い出して慌てて台所に取って返す。
確か、使いかけのカメラがあったはず・・・
食器棚の引出しから、5枚残ったカメラを取り出してエプロンのポケットに入れて急いで戻る。
と大人たちはまだそこに張り付いていた。
ほろ酔い気分の旦那の腕を引っ張ってカメラを渡す。
「フラッシュ焚かないでいいから!撮っといて!」
「後で焼き増ししてー」
「もちろんよ!」
「晴のこの幸せそうな顔・・・」
思わず頬に伸ばしかけた手をまどかが引っ張る。
「ダメよ。起しちゃ」
「早く!父ちゃん!」
「くー・・わが娘ながら愛くるしいばかりだなぁ」
「いい夢見てるんだろうなぁ・・・」
ピントを合わせながら呟く旦那に突っ込むのを必死に堪えつつ、畳の上で並んで眠り込んでいる子供達を見下ろす。
広げたままの人生ゲーム。やりかけの宿題。
楽しい時間がそのまま止まってしまったような。
幸せな、穏やかな寝顔だった。
額をくっつけて、まるで双子のように眠る晴と早苗の静かな夜の一枚が、カメラに納まった。
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