第57話  愛しいと寂しいは似ている

似た人間が引かれ合うというのは、どうやら本当のことらしい。


物心ついた頃から、馬鹿の一つ覚えのように両親から指し示されてきた未来は、傍から見れば王道そのもののシンデレラストーリー。


迷うことなくその正しさだけを信じて、後を追いかけ続けて来たのは、振り向いて欲しかったから。


いつか自分が彼らを望む場所まで導けば、ちゃんと目を合わせて笑ってくれるかもしれないと思ったから。


きみは、なにが好きだい?


きみは、なにがやりたいんだい?


そう尋ねて貰えるのではと、いつまでもほのかな期待が消せなかったから。


追いかけて、追いかけて、追いかけて。


疲れ果てて考えるのをやめた頃、一度きりの転機は訪れた。


いつかは終わる夢物語。


鳥籠からの脱出。







・・・・・・・・






『あなたが生まれてくれて本当に良かったわ!』


『しかもこんなに綺麗に育つなんて』


『きみがいてくれて本当に嬉しいよ』


『あなたは私たちが望んで、望んで生まれて来た子供なのよ』


『誇らしいよ』




昼夜を問わず人が訪れる屋敷には、通いの家政婦が二人いて、両親はいつも広々とした応接で寛ぎながら来客を待っていた。


訪問者たちの目的はみな同じで、差し出される手土産の中には必ず子供向けのおもちゃが含まれていた。


耳障りのよい睦言に塗れて育ったから、自分の価値は多分周りの誰よりも理解していた。


両親は親族会に我が子を連れて出向くと、いつも誰よりも胸を張って堂々としていた。


遠巻きに自分たち親子を眺める彼らの眼差しに羨望と嫉妬が滲むたび彼らの笑みはどんどん深くなっていった。


そして殊更きみはいい子だと褒められた。



両親から贈られる言葉のプレゼントが、本当は別の意味を持っていたことに気づいたのは年上の子供たちからのやっかみを受けるようになった頃。


雨のように降り注いでいたあの言葉がどれだけ胸に染みてもしみても、まだ心が渇いたままなのにはそういう理由があったのか。


ショックというより深い納得が胸に落ちて、そこから期待するのをやめた。


恐らくどんなに願っても、たとえ彼らの願いが叶っても、本当に欲しいものは手に入れられないのだろうと、幼心に悟ったのだ。


何もかも与えられて進むべき道を示されて生きて来た自分には、他に選べる道もない。


漠然と迫りくる未来だけは見えていて、怯えることも戸惑うことも無かった。


それを受け入れたあとの自分のことさえ、どうでもよかった。


長年にわたって練られた彼らの計画がとん挫したのは、次期当主の決意表明がきっかけだった。


誰もが予想だにしていなかった結末を持って、あっさりと夢物語はついえた。


最後まで夢物語に縋ろうとした愚かな大人たちに突きつけられたのは、彼らが何よりも重要視していた確かな血筋と家筋の存在。


彼女の存在をひた隠しにしてきた次期当主が、初めて、遠い昔に忘れ去られてしまったその女性への思慕を吐露した瞬間、愚か者たちはようやく悟ったのだ。


ここまで思い描いてきた未来は、永遠に訪れないことを。


大人の変わり身の速さは、子供の心を完全に置いてけぼりにして進んでいった。


手の平を返したかのように、両親は遠方の親族の家へ出かけて行くようになった。


あれほど人が訪れていた屋敷は急に静かになり、誰も会いに来なくなった。


あれほど大切に囲われて、屋敷に囚われていた子供は、あの日を境に、突然居場所をなくした。


使い古されたおもちゃのように捨てられて、子供は部屋に一人きり。





手にした自由は虚しくて、世界はこんなに薄暗い。


鮮やかに咲き誇る花も。


空を横切る鳥の姿も。


すべて、こんなに美しいのに。



何かが違う。


はじめから欠けているものがある。


けれど、それが何かは分からない。



それが、寂しいという気持ちだと教えてくれたのは大地だった。



人は、寂しいと思うから、愛したいと願い、愛したから、寂しくなるのだと。



矛盾に満ち溢れた、愛すべきこの世界。




色んな事を知って、


色んなものを見て、


色んな事を感じて、


色んなものを愛する。




そのために、これからの自分を選んだ。


幾千の可能性の中から。



たったひとつ。


なりたい、自分、を選んだ。







なあ、藤野。


見えないんだろ?


いま居る場所も、これから進むべき道も。



抱え込んで。


守りたくて。


動けなくなってる。



でも、羨ましかったんだ。


そうまでして、守ってもらえるいまにも溢れてしまいそうな眩しい想い出たちが。



それがどんなに重たくても、大事に抱えて持ってるお前自身が。



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