第21話 あけまして抱負
年が明けた。
30日が練習納めという超ハードスケジュールの野球部のおかげで大山家は大掃除を31日の早朝から行うという強硬手段を取ることになった。
当然早苗も巻き込んで。
父子暮らしで物は大してないはずなのにやっぱりそれでも、一年も経てば使い道の無いガラクタはやっぱり出てくるもので。
同じような両手鍋が3つも出てきたときには、何処に家からの差し入れの鍋かの推理合戦が始まった。
藤野家のものではないことだけは確かだが、常連客たちが、里芋の煮物だの筑前煮だのおでんだのを差し入れてくれるのは珍しいことではなく、空の鍋を返さないうちに次の差し入れが届けられることも多くて、そのうち忘れ去られてしまったらしい。
この辺りの住民は、お裾分け文化がずっと昔から根付いており、どの家にも大量の鍋や皿がある。
母屋にはなくとも、納屋や離れをひっくり返せば使われていない鍋のひとつやふたつ出て来るのが常なので、誰も鍋を引き取りにやって来ないのだ。
この町に住むまで、納屋を知らなかった晴は、藤野家の外の冷蔵庫置き場として初めて案内された時に、日本昔話を思い出して大興奮したものだ。
最近では、藤野家で夕飯をご馳走になる時に、ビールを取って来るように頼まれたりもする。
「どーすんのこれ」
「一旦店に下ろして、常連さんたちに確認して持ち主不明のままだったら、年明けのコミセンのバザーに持っていこうか」
「ナイスおっちゃん!」
それが良い!と早苗がこくこく頷く。
「石鹸のセットと、食器のセットも要らないしなぁ・・・」
次々と出て来る不用品をひとまず部屋の片隅にまとめて、3人で必死になって家中を片付けて、店の小さなテレビの前に落ち着いたのは23時を回ってからだった。
すでに恒例の紅白は終盤に差し掛かっている。
「何とか我が家も年を越せそうだ。お手伝いありがとうね」
父親が作ってくれた年越し蕎麦を食べながら、怒涛の一年だったなと大人みたいな振り返りをしそうになる。
早苗は今日の労働のせいで明日当たり筋肉痛を訴えそうだと予想しつつ。
「初詣どーする?」
「せっかくだし行こうよ。そのままあたし帰るしさ」
「父さんどうする?」
「僕は留守番しとくよ。常連さんが初詣のついでに顔見せに来るかもしれないから」
海沿いを歩いたところにある、このあたりで2番目に大きな神社は、地元住民しかお参りに来ることがない。
近所の人なら、お参りのついでにちょっと足を伸ばしてリナリアを覗くかもしれない。
「じゃあ、おっちゃんの分もお参りしとくね」
「ああ、良い一年になるように頼むよ。寒いからあったかくしてね」
「うん。よし、んじゃ行くか」
蕎麦を平らげた晴が食器を持って立ち上がる。
早苗はのんびりおつゆを飲んでいたので、慌てる羽目になった。
晴の食事の速さは中学入学時から右肩上がりで、最近はお昼休みと同時に5分でお弁当を食べて、グラウンドに向かうのが常である。
ちゃんと噛んでんの!?と何度も早苗に尋ねられたが、ガンをはじめとする野球部員は揃って早食いなのだ。
「ちょっと待ってよ」
「あー、いーよ。ゆっくりで、上着とってくる」
「んー」
「そうだよ。さなちゃん、神社は逃げないから、ゆっくり食べなさい」
いつからか、早苗を待つことが増えた。
・・・・・・・
リナリアを出ると、凍てついた静かな夜が広がっていた。
波の音も心なしか寂しそうに控えめに響いている。
厳かなと呼ぶのが相応しい、喧騒とは無縁の大晦日である。
お参りに行く地元住民たちに混ざって海沿いの道を歩く。
耳が痛くなる寒さに早苗は首を竦めた。
晴が上着と共に取ってきたのは手編みのマフラーだった。
晴の母親が、入院中熱心に編んでいたものだ。
濃紺のそれは、とても温かそうで、マスターがマフラーを巻いた晴を嬉しそうに眺めていた。
同じく手編みのグレーのマフラーが今もマスターのクローゼットに大切にしまわれているのを知っている。
「耳あてしてきたらよかったなぁ」
両手で耳を塞ぎながら早苗は厚手のコートの襟を立てた。
海辺は風がかなりきついのだ。
「あのもじゃもじゃのヤツ?」
「・・・モコモコのやつね・・・」
どーゆう表現よそれ・・・
可愛さが半減どころかゼロになった表現に唇を尖らせれば。
「大して変わねーじゃん」
「変わるって」
少し前を歩く晴の背中をバシンと叩く。
「痛いって」
いつの間にか、並んでいた背を抜かれていた。
ほんのちょっと前までは、肩を組めるくらいだったのに。
クセのある後ろ頭を睨みつけていると、いつまでたっても早苗が隣に並んでこないので、晴がチラリと後ろを振り返る。
「急がないと混むぞ?」
「知ってる!」
早苗は少し下がって勢いをつけると、そのまま晴の背中に飛びついた。
ジャンプすると同時に、首にしがみ付く。
「わ!」
晴が驚いた声を上げた。
下りる気がない早苗に気付いて仕方なく、前屈みになる。
「神社の階段までな」
そう言って早苗をちゃんと背負ってくれた。
「訓練、訓練、日々の体力づくりだ」
早苗は少し高くなった視界から、得意げに満天の星空を見上げる。
田舎は空気が澄んでいるので、星が綺麗に見える。
冷たい空気が頬を刺す。
吐いた息は真っ白で、けれど不思議とさっきより寒くなかった。
大きく仰け反ったまま口を開けている早苗に、晴が言う。
「危ないって」
ずり落ちかけた早苗をもう一度背負い上げた。
「死ぬまでにほんとに宇宙旅行行けんのかなぁ」
見上げた空は果てしなさ過ぎて、あの日交わした約束がうんと遠くに思えた。
「・・・NASAでも行けよ」
「じゃあ、あんたも行くのよ」
「・・・旅行者として申し込む方向で」
「なら、90歳くらいまで生きてよ」
「つーか、そんな年でスペースシャトル乗れんのかよ?」
「車椅子乗ってでも行こうよ!酸素ボンベ付けてでもさぁ。あたしが元気なら、晴の乗った車椅子押して行くし、逆なら押してね」
「もし行けたら新聞のトップ記事だろな」
「いーねー。一生に一遍くらい、目立つ事しなきゃね」
「一生に一遍な・・・つーか、お前重い」
「厚着してるもん」
「年明けたら一緒に走る?」
早苗が太ったと読んだ晴が意地悪気に言う。
クソ・・・・バレてる・・・
神社の階段の前で、先に到着していたらしいガンたちが手を振っている。
反対方向からは、友世を迎えに行っていたらしい山尾と、友世が同じように手を振っていた。
みんな毎年ここに来るのが恒例だ。
「足くじいたの?」
真っ先に心配そうな声を上げたのは友世だった。
「今年最後の体力トレーニング」
「あんたが楽したいだけでしょ」
なにそれと華南が笑う。
「だーい!いーのん被ってるじゃん」
大が被っている耳あて付きニット帽に目をつけた早苗は、晴に背負われたまま騎馬戦の要領でその帽子を取った。
「あ!こら、早苗ー」
急に涼しくなった頭を押さえて大がジト目で睨んでくる。
早苗は白と紺のニット帽を被って見せた。
一気に頭と耳が温かくなる。
「あったかいー!大、これ帰るまで貸して!海沿い耳冷たくってさあ」
「お前が歩かないからだろ」
「いーかげん降りろ」
「はーい」
仕方なく晴の背中から降りる。
あ、やっぱり寒い・・・
動いていなかったせいか、さっきよりも寒さが身に染みた。
参拝客はすでに階段の中ほどまで並んでいた。
いつ来ても他の参拝客に会う事が無い神社だが、今日明日だけは大盛況である。
よし。
「お参りの最後尾まで競争ね!」
「えー!」
早速上がった女子二人からのブーイングは無視した。
「その方があったまるって!」
「ぜったいヤダ!」
友世と華南は揃って自分たちの足元を指す。
あらら・・ブーツね。
「そんじゃ、俺らだけってことで」
競争大好きっ子のガンがそう言ってスタートラインを決める。
大と山尾についで晴が石畳にの上に一列に並んだ。
早苗もその隣に綺麗に整列する。
見学者の華南と友世は先にゴールとなる参拝者の最後尾に並ぶ。
「行くよー!」
「っしゃ!」
「よーい、ドン!」
華南の掛け声で、全員が一斉に階段を駆け上がる。
いの一番に先頭に飛び出した晴のマフラーが風で靡くのを早苗はジッと見ていた。
すぐに現在野球部で一番俊足の山尾が晴を追い越していく。
大と晴についで、一番大柄のガンが大きな足音と共にわずかに遅れてゴールした。
そして、さらにその後早苗が追いかける。
「さっすが足速いねー山尾っち!はあああ疲れたああああ!」
「体育祭も一番だったもんね」
華南の言葉に頷いた、息も切れ切れの早苗の頭から、晴が帽子を抜き取った。
「ほら、大」
隣の大の頭に戻す。
「えー」
眉間に皺を寄せた早苗の首に晴が自分のマフラーを巻きつけた。
「返してやんないと大も寒いだろ。」
「あんたは?」
「平気」
そう言って首の後ろで解けないようにきゅっと結ぶ。
「重い荷物背負って歩かされたからまだ寒くない」
なにを!と言い返そうとした早苗の耳に除夜の鐘が聞こえてきた。
「あけましておめでとー」
晴に先を越されてしまう。
「今年もよろしく」
すかさずそう言ったら晴が笑って答えた。
「こちらこそ」
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