第19話 コドナの夏

それは、去年とは比べ物にならないほどハードな夏休みだった。


早朝から、昼過ぎまで練習。


帰って飯食って、遊んで、夕飯食いながら宿題をして、疲れて閉店時間まで撃沈。


毎日がほぼこの繰り返し。


それに引き換え、早苗と華南の入ったバレー部は名前ばかりの同好会のようなもので、人数こそ6人に足りているものの、2チームに別れられるほどの人数はいないし、三年生はほぼ顔を出さないので、時間潰しにボール遊びをして飽きたら帰るのが常のような緩い部活だった。


顧問は定年間近のバレー未経験の数学教師で、基本数学準備室か職員室に籠っており、部活に顔を出すこともまずない。


当然、練習も日曜は休み。


夏休みは、週3回の午前中のみ練習を行って、当然他校との練習試合なんかも無し。


ほとんどが初心者の集まりらしく、皮バレー経験者の二年生がのんびりと仕切っており、厳しくも無くて楽しそうだった。


一年世の中で1番上手かったのは、ゴムバレー経験者の華南で、彼女は二年生と一緒になって練習メニューを考えたりしていた。


運動神経が良くない友世は最初からバレー部には絶対に入らないと豪語しており、早々に部員3名の茶道部に入部を決めてしまった。


活発な元気娘そのものの早苗と華南の間に挟まれるとさらに色の白さと控えめさが目立つ友世だが、きちんと自分の意思を貫く強さも持ち合わせていて、意外にもかなり頑固だ。


中学生になった頃から、不定期で友世が貧血を起こすことが増えて、そのたび山尾が付き添うのが定番になっていた。


正座が大の苦手の早苗は具合を悪くすることがまずなくて、その点はかなり晴と父親を安心させてくれたが、華南に誘われるかたちでバレー部に入部してしばらくの間は親子で何度もハラハラさせられた。


初めて両腕を痣だらけにして店に来た時には、晴と父親は真っ青になって慌てたものだ。


誰かに殴られたのではとほんの一瞬憤りさえ覚えた。


「おっまえ何やったんだ!?それ」


「早苗ちゃん、どこでぶつけたの!」


顔色を失くして問い詰める二人に早苗は笑って答えた。


「昨日、ママさんバレーの練習にちょっとだけお邪魔したときの!」


始めたばかりのバレーボールが意外と面白いらしく、休日返上で華南と二人、ご近所のママさんチームに混ぜて貰ったらしい。


バレーボール歴10年以上の兵たちにもみくちゃにされた結果、両腕に斑点が出来ていた。


「だからってそんななるか!?」


すぐにアイスノンにタオルを巻いてカウンターから飛び出して来た父親が、早苗の腕を包み込む。


「おっちゃん大丈夫だよー。見た目より痛くないのよこれ」


「こんな真っ青なのに!?痣残ったらどうするの、ちゃんと冷やしておきなさい。晴樹」


手に持っていたもう一つのアイスノンを息子に渡して、父親が手際よくアイスノンを巻きつけていく。


見た目はかなり不恰好だが、どうせ店の中だし、誰も見とがめたりはしない。


思えばここに来てから、早苗がこんなに派手な痣を作るのは初めてのことだった。


最初の足の怪我が思い出されて、なんとも苦い気持ちになる。


痛くないように注意しながら両腕にアイスノンを巻き付けるとふうっと早苗が息を吐いた。


「あ、結構冷たい、ありがとーおっちゃん、晴。父ちゃんなんか、痣、指で押すんだよ!ひっどいでしょ!」


確かにあの父親ならやりかねない。


隣で聞いていた晴の父親がげっそりして言った。


「僕は男しか育てた事ないからなぁ・・・・もし、うちに女の子がいてそんな痣作って帰って来たら、学校にクレーム言うかもしれない」


確かにうちの父親なら言い出しかねないと晴はこっそり思った。


早苗はもう半分以上大山家の子供のようになっていたし、突然出来た娘同然の早苗のことを、息子以上に可愛く思っている事は、よく分かっていた。


「その話父ちゃんにしてやってよーお母さんもバレーしてたんだけど、そのうち腕が鍛えられて痣にならなくなるって」


「ええー・・・さなちゃん顔に傷作るのとかやめてくれよー・・・僕なんか胃が痛くなりそうだよ・・・」


「父さんは、早苗の試合、絶対応援行かないほうがいいよ」


この間の地区大会で、思いっきり床にダイブする早苗を見てハラハラした自分を思い出して、またじくりと胃が痛くなった。


一つのことに集中すると、他が見えなくなるからなぁ。


華南が上手くフォローして、それ以上の怪我は回避していたが、二階の観客席から見守る幼馴染グループの顔色は悪いままだった。


友世に至っては途中から見ていられないと両手で目を塞いでしまったくらいだ。


試合の後、腫れた頬を冷やしている早苗に声を掛けた。


「大丈夫かー?」


けれど、早苗はこっちの心配をよそに、思いっきり笑顔を向けて来た。


まあ、そんな気はしていた。


「最高に楽しかった!!!」


やっぱり、コイツには適わないと改めて実感してしまった出来事だった。





・・・・・・・・・・






夏休みも終わりに近づいた、8月下旬の日差しの強い日。


練習を終えて、ガン達と海辺でアイスを食べてから帰ると父親が店から顔を覗かせた。



「お帰り、さなちゃん上にいるから」


「珍しい、店じゃないんだ?」


「お客さんいっぱいになったから、気を遣ったみたいだ。さっきまで手伝ってくれてたんだけどね」


基本的に閑古鳥が鳴いていることの方が多いリナリアは、唯一夏休みシーズンに繁忙期を迎える。


地元住民以外にも、海に遊びに来た家族連れやカップルが店にやって来るせいだ。


二人の定位置にも見知らぬ親子連れが座っていて、なんだか変な気分になった。


「ふーん」


「サンドイッチ置いてるよ」


「ありがと」



階段を登ると、キッチンのテーブルで宿題をする早苗が居た。


「お帰りー」


「ただいま、宿題進んだ?」


「英語と数学以外ね。さきにご飯食べる?」


「風呂入るー」


「あ、カビキラー撒いたからよく水流して」


「おーサンキュ、俺の数学なら出来てる、机の上」


「拝見します」


「どーぞ」


知らないうちに、台所は片付けられていた。


出しっぱなしの調味料も消えてたし。


いつからか、早苗は家の中に溶け込んでいた。


何もかも分かるわけじゃないけど、早苗の大体のことなら分かる気がする。


二人暮らしの大山家に混ざっても違和感を抱かせない稀有な存在。


この距離がちょうど心地よかった。





風呂から戻ると、台所から早苗の姿が消えていた。


晴の部屋で宿題する気になったのかもしれない。


二人暮らしには十分の二階のスペースは部屋数が3つだけなので探索に困ることは無い。


そして、父親の寝室に掃除以外で早苗が足を踏み入れることはまずない。


自分の部屋に入ると、ベッドにもたれるようにして眠っている早苗を見つけた。


机の上には置きっぱなしのままの数学のドリルが見えた。


その手に握られているのはマンガの本。


ちょっと休憩でそのまま寝入ってしまうのは早苗のお決まりのパターンだった。


起こそうかどうか迷って、彼女の隣に静かにしゃがみ込む。


早苗は完全に眠っていた。



今、無理やり起こしたら物凄く機嫌悪いんだろうな。


新学期まで後2週間。


今日一日くらいサボったって宿題は終らせられる。


明日は、第二回たこ焼き大会だし。


タオルで髪を乱暴に拭きながら、窓を閉めて緩く冷房を入れる。


本棚の前で立ち読みを始めて、しんどくなってしゃがみ込んで、足が痛くなって座り込んで読みつかれて眠ってしまったんだろう。


ストーリーが面白くないとすぐに読み飛ばす癖のある早苗は、面白いと確信が持てるまでは本棚の前に立って陣取る事が多かった。


ここに至るまでの行動を想像しながら、ベッドからタオルケットを取って早苗を包みこむ。


今日は、地元の夏祭りだ。


19時すぎには早苗を起こして出かけなくてはいけない。


目覚ましをセットして、晴はベッドに横になった。


練習疲れのせいか、考えごとをする間もなく、すぐに睡魔に襲われた。




だから、父親が数時間後様子を見に二階に上がってきて、眠りこけた子供たちを見て笑って


「相変わらず仲良いなぁ」


と呟いたことも知らない。





それが恋かは分からない。


だけど、それでもただひとり。


側にいて欲しいのは きみでした。

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