第16話 子供修学旅行

目の前で扇状に広げられたのは数枚のトランプだ。


それで口元を隠しながら、隣に座る友世がニコニコと早苗の顔を見てくる。


「どれにする?」


「んー・・・これ?・・・いや・・これ・・」


友世の顔を慎重に見ながら、4枚あるトランプを一枚ずつ指差していく。


素直な友世はちょっとしたことでもすぐに顔に出やすい。


決して策士ではないはずだ。


ところが。


「これにする!」


抜き取ったカードを見て早苗は声を上げそうになった。


こちらを見て笑っているのはジョーカーだ。


くっそー!演技派!!やられた!!!


早苗はカードを勢い良く切って、ガンに差し出す。


「ガンちゃん絶対絶対持って行ってよ!」


「えっ、早苗ジョーカー持ってんの!?」


「ふふふふー。早苗ってほんとに素直だよねぇ」


列車で伊勢へと向かう早苗たちはトランプに夢中だった。





・・・・・・・




10月終わりのよく晴れた秋空の綺麗な日。


本日は修学旅行二日目。


明日はもう家に帰るので、トランプもウノも遊び納めだ。


いつも教室や家でやる時より、数倍面白く感じるのは決して気のせいじゃない。


みんないつもより興奮気味で、窓から見える景色の移り変わりを見ながらのゲームはいつもの数倍楽しく感じる。


遠足同様に、皆で分担して買占めに走ったおやつは、制限金額の1.5倍の量になったので3日間おやつ不足に悩まされる事も無かった。


先に抜けていた晴は、通路を挟んで向かいの席で華南たちとウノをしている。


「リバースだから、逆周りで、あ、もっかい華南ちゃん」


「らっき。山尾っちナイス」


手札をどんどん減らしていく華南と山尾は、カードゲームがかなり得意だ。


早苗は、トランプを終えると晴の隣に滑り込む。


「お、結構いいの揃ってるじゃん」


「だろ?・・・おやつなら・・ココ」


窓際に置いていた紙袋を差し出された。


「さっすが、分かってるねぇ」


紙袋から棒付き飴を取り出す。


目当てのイチゴ味を見つけたのだ。


「ソーダ味引き取る気ある?」


「どのみち食べなかったら回ってくるんだろ」


「まーそうともゆう」


「気が向いたら食べる」


「うん」


早苗が大きな飴玉を口に放り込んだところに見回りの浜田がやってきた。


「大人しくしてるかー?お、晴樹お前の負け決定だなこりゃ」


手札の数を見て意地悪く彼が言う。


「実はとっておきのカードある」


「へー、まあ頑張れ。お、華南いーもん食ってるな。なんか分けろ」


チョコレートを取り出しながら華南が返事した。


「いーよー。浜ちゃんチョコミントとかどう?」


「おう、それくれ。早苗あと10分で駅着くからな。飴片付けとけよ。教頭先生に見つかったら大目玉だ」


お菓子は移動中の車内のみと決められているのだ。


駅の外で棒付き飴を咥えているところを見つかったら間違いなくお説教部屋行きである。


「了解~」


いつものメンバーとの何ら変わらない会話なのに、それが修学旅行というだけでワクワクするから不思議だ。


いつまでも口の中から飴が消えない早苗に焦れた晴が、いい加減噛めと口を出してきて、仕方なく甘酸っぱいイチゴの飴を嚙み砕いた。





・・・・・・・





夕飯を食べて、お風呂から上がった早苗は晴たちの部屋を覗きに行った。


就寝前の点呼までは自由時間なので、何処で過ごしても構わない。


華南たちはまだ荷物の片付けをしているので一足先に来てしまったのだ。


大部屋の前で晴を呼ぶ。


「はーるー。来たよー」


「おう、入れ」


ガンがドアを開けてくれた。


肩にはすでに枕を担いでいる。


臨戦態勢に入っている彼を見つめ返して、早苗はひょいと中を伺った。


「もう始まってるの!?」


「まだまだ」


布団が敷き詰められた和室を見て早苗は思わず側転する。


バランスを崩して布団の上にボテっと転んでも痛くない。


仰向けに寝転んで天井を見ていると、呆れ顔の晴が視界に入ってきた。


「なーにやってんだ」


「ココってさ、倒立の練習すんのにめちゃ向いてるよね」


「ああ、転んでも痛くないし?」


「そうそう」


「グラウンドで思いっきり倒れた時にはビックリしたな」


「思いっきりオデコぶつけたもん」


「あれは焦った」


思い出したように晴が小さく笑った。


小学校最後の運動会で、6年生は組体操を行う。


その演目の一つに倒立があって、グラウンドでの全体練習の時にえいやと身体を浮かせたら、勢いがあり過ぎて目の前の生徒が受け止めきれずに、早苗は地面に激突したのだ。


ごめんね!と慌てるクラスメイトの声と、遠くから聞こえて来たお馴染みのメンバーの笑い声に、早苗は真っ赤になって起き上がったのだ。


あの事件ですっかり倒立恐怖症になってしまって、克服するのに二週間ほどを要した。


「思いっきり笑ってたくせに」


「その後、ちゃんと練習付き合っただろー」


「家の壁の砂ほとんど剥げたけどね」


「おばさん壁が抜けるって怒ってたな」


「父ちゃんは壁ぐらい塗ってやるって笑ってたけど」


「おっちゃんらしい」


早苗は体を起こして晴の隣に座り込む。


みんなすでに枕片手に大はしゃぎだ。


運動神経に自信の無い男の子なんかは真剣にガンに投げ方を教わったりしている。


いつの間にか華南たちもやってきてやっぱり倒立や側転をし始めた。


「お土産なんにした?」


「父さんにはコーヒーカップ。ほら、何かお経書いてあったやつ」


「あたしは湯飲み茶碗のセットにした。・・・あとさぁ・・・今度いつおばさんトコ行く?」


「振り替え休みの間に行くよ」


「じゃあそんとき、おばさんのお土産預けていい?」


「土産話しなくていいの?」


晴が早苗の頭を小突いた。


ついて行っていいものか思案中だったのだ。


ひとりでおばさんに会いに行きたいときもあるだろうし。


でも、できれば一緒にいきたいし。


晴の母親は、海が綺麗に見える高台の墓地に眠っている。


時々は早苗も一緒にお墓参りについていくが、基本的には遠慮するようにしていた。


「写真も持って行っていいかな?」


「持っていけばいいじゃん、ついでに俺のいれた珈琲も持って行く」


「うん!あんたの珈琲もだいぶ美味しくなりましたって報告しないとね」


「だいぶは余計」


不貞腐れたように晴が零した。


晴はきっともっと美味しい珈琲を淹れるようになる。


そのうちマスターと並んで店に立つ日がきっとくる。


早苗はそんな未来をいつも思う。


友世がゴロンと前転して、早苗にぶつかってきた。


「ごめーん」


「友世、髪ぐしゃぐしゃ」


「わー乾かしたトコなのに・・・うぎゃ!」


友世のアタマに最初の枕が激突した。


山尾が投げたものが命中したのだ。


力加減は女子に向けたものなので全くもって強くない。


この辺りの気遣いが山尾らしい。


早苗はすかさずそれを拾って、キャッチボールで培ったフォームで思いっきり投げ返す。


「友世の仇ぃ!!」


「うおっ!やるなぁ早苗!」


山尾の前に出て大が枕を弾んでキャッチする。


それを皮切りに一気に枕投げが始まった。


壁倒立をしていた華南は、立ち上がろうとしてガンにぶつかって二人揃って布団に倒れこむ。


不幸だったのはその下にいたクラスメイトの男の子で情けない悲鳴を上がった。


無数に飛び交う枕。


早苗は目の前に転がってきたものを次々に晴と一緒に投げていく。


そのうち掛け布団の投げ合いまで始まって、部屋の中は大乱闘になった。


晴と二人で掛け布団を持って山尾と大に後ろから飛びつく。


そのまま4人で敷布団に倒れこむ。


悲鳴と笑い声が響き渡る。


視界がぐるぐる回ってめちゃくちゃ楽しい。


埃と布団の綿が舞う。


就寝時間のアナウンスも聞こえないほど、みんなはしゃぎ回った。




1時間近く続いた大騒ぎでぐったり疲れた早苗たちはぐちゃぐちゃの布団に埋もれて眠り込んでしまった。



点呼にやってきた浜、近コンビは早苗たちの幸せそうな寝顔に怒る気も失せて、とりあえず記念の写真を撮ったそうだ。


その後早苗たちは叩き起こされて部屋に戻りこうして、修学旅行は幕を閉じた。

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