9ー⑫

─東2ホール

 寅之介は、カタログに書かれた地図とサークル番号を頼りに目的のスペースまで辿り着いた。スペースに飾られたポスターには、小学生の頃に好きだった漫画のタッチで絵が描かれているではないか。寅之介の胸には懐かしさと嬉しさがこみ上げ、自然と手が伸びていた。


「これくだs」「新刊一部くだs」


 同人誌へと伸ばした寅之介の手に触れる別の手。ピンク色のマニキュアが塗られた手だが、その指は長く、タコだらけである。


「あ、すいませn」 「いえこちらこs」


 謝る寅之介の先に立っていたのは、ピンク色のロングヘアに整った顔をしたゴスロリ姿の……身の丈2m近い男。


「てめえ、英文ッ!」


「あら寅之介じゃない。何でアンタがこんな所にいんのよ!?」


 彼の名は辰沼英文たつぬまひでふみ。かつて北の竜と呼ばれた喧嘩屋にして、翠涼学園に通う2年生。そして、寅之助とは因縁浅からぬ相手でもある。


「あ、あの~他の方の迷惑になるので……」


 睨み合う大男二人に声をかけるサークル主の女性。それを聞いて我に返る寅之介と英文。


「「すみませんでしたッッ」」


 声と動きを揃えて頭を下げた二人はスペースに置かれていたコイントレーに500円硬貸を同時に置いた。


「ムーンサルトクソ野郎、大好きでした!」


「これからも頑張ってください!」


 同人誌を手に取り、同時かつ同方向へ歩き出す二人。


「あ、ありがとうございました……」


 スペースの主である女性ーカワジャンミナミこと川雀美波かわすずめみなみも、周囲の参加者も、呆気にとられた表情で 大男二人の背を見送った。


─東館、廊下


 階段下の木製ベンチに腰掛け、近くの自販機で買った飲料を飲む寅之介と英文。


「カワジャンミナミ先生、女だったのか……」


「あら、知らなかったの?というか、何ぁんでオタクや創作活動と無縁そうなアンタがビッグサイトにいるのよ?モーターショーは年末よォ!?」


 モーターショーとは、正式名を東京モーターショー。自動車やバイクのメーカー及びカー用品メーカー等が自社製品の展示を行う、お祭り的な催しだ。


「……サクの付き添いだ。そしたらカタログでカワジャンミナミ先生の絵を見つけた」


「あら、さくちゃんも来てるの?アタシが一緒にサークル参加しよって言ったら断ったのに、彼氏と一般参加でデートなんて」


 含んだコーラを吹き出しそうになる寅之介。


「そんな関係じゃねえよアホ!サクの知り合いんとこで売り子兼用心棒だ!!」


「あら、そうなの?ま、アンタはケンカが強くても乙女心は全く解らなそうだもんねぇ」


 アイスティーを暖る英文。


「何が乙女だこのカマ野郎!」


「オカマはね、体は男でありながら、心が乙女なの……そう、漢女おとめとでもいうべきかしら?」


「何だそりゃ」


「そして、その漢女の中の乙女たるアタシが、いい事を教えてあげるわ。アンタ、アクアリウム以外でさくちゃんの好きなものに興味を示してみなさいな。そしたらもっと距離が縮まるんじゃない?」


 英文は、くしゃりとペットボトルを素手で圧縮する。


「別に……俺はサクとそんな関係には」


「フフッ……アタシは他にも行く所があるわ。アディオス」


 英文はペットボトルだったものをゴミ箱に捨て、その場を立ち去る。


「人の話聞けよてめえ!!」


 寅之介がその背に言葉を投げ掛けるも返っては来ない。


「……アクアリウム以外の好きなものに興味を、か」


 寅之介は飲み干したコーラの缶を捨てると、唯一の「戦利品」である同人誌1冊を手に、さくらと虹子の待つスペースへと戻ってゆく。

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