9ー⑬

─東1ホール

「戻りましたー」


「おかえり、寅之介くん。お目当ての本は買えたかな?」


 虹子のスペースに戻った寅之介を待っていたのは、先ほどと変わらぬ虹子と、


「お、おかえり寅ちゃん……」


 少し余所余所よそよそしげなさくらだった。先ほどの虹子との会話で妙に寅之介を意識してしま っているのだ。


「お、おう……」


 寅之介も英文との会話でさくらを意識してしまい、互いに顔を合わせづらくなっていた。


「……さっき、英文に会ったぞ」


「ヒデちゃんに?……喧嘩とかしよらんかったでしょうね?」


 英文とさくらは1年生の時にクラスが同じであり、さくらがイラスト、英文が小説を書くという創作及びさくらは観賞魚、英文は爬虫類を飼うという生物飼育といった近い趣味を持っている為、意気投合し二人で生物部の見学にも行った仲だ。

 しかし、さくらが後の水槽学部となる生物部へ入り、英文は生物部を抜けた明を追って入部しなかったが、さくらと英文の友人関係は今なお良好である。だが、寅之介にとって英文は光青と敵対する明の仲間、即ち敵という認識で、犬猿の仲なのだ。


「……なりそうだったけど、カワジャンミナミ先生が止めてくれたよ」


「何なんその状況……?」


「そのヒデフミって子も学校のお友達?どんな子?」


 何やら楽しげな匂いを嗅ぎつけた虹子は会話に交ざる。


「男の子なんやけど可愛い顔しとって、恋愛小説を書くのが趣味で……」


「ふむふむ」


「ヘビやトカゲが好きな、背が2メートルぐらいあるオカマですよ」


「えっ……?」


 虹子は会話の断片から、英文を寅之介の恋敵でさくらを交えた三角関係なのかと期待していたが、違うという事が解った。


「……」

「……」


 その後も、さくらと寅之介の間には言葉に表せない空気が漂う。


「さくらちゃん」


「はいっ!?」


 突然虹子に話し掛けられ、驚き混じりに返事をするさくら。


「君も買い物に行って来ていいよ」


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」


 と、さくらはカタログを片手にスペースから離脱した。空気が息苦しく感じていたので渡りに船だったろう。


「寅之介くんもアクアリストなんだよね?どんなの飼ってんの?」


 と、虹子に話を振られた寅之介は答える。


「俺は古代魚とか大型魚が好きで、ダトニオとかエンドリケリーとかっすね」


「お、いいじゃん。じゃあこのステッカー、あげるよ」


 と、虹子は頒布物の在庫からダトニオのステッカーを手渡す。


「ありがとうございます!斜稲さんはどんなの飼ってるんですか?」


「私は一人暮らしで家も広くないし、30キューブ水槽でアベニーパファー飼ってるよ」


「ああ、可愛いっすよね。フグはメコンフグとかファハカも……」


 アクアリスト同士の何気ないアクアトークが続いていたが、


「さくらちゃんとは同じ学校で同じ部活なんだよね?」


「はい」


「あの子、可愛いしおっぱいも大きいよね」


「はい……って何言ってんだアンタ!?」


 不意打ちでかまされた事に、思わず同意を述べてしまった。


「あはは。別に恥ずかしがる事はないよ。外見も良くて性格も良くてオマケに趣味も合う!私が男なら放っておかないよ、あんな子は!」


 虹子は笑顔から真顔になり、更に続ける。


「……だからあの子、いつの間にか誰かの彼女オンナになっちゃうかもよ」


「っ!?」


 虹子の言うこともあながち間違いではない、と寅之介に思い当たる節はある。クラスや他学年でも、さくらを「可愛い」、「乳デカい」等と言う男子は少なからずいるのだから。


「あ、さくらちゃん戻ってきたからこの話はおしまい!」


 買い物を終え、大量の同人誌をトートバッグに入れたさくらの姿が見えた。


「またスゲエ買い込んでんな……そんなにのめり込む趣味なのか?」


 と、言うと同時に寅之介は考える。


「(……俺にとって、サクは何なんだろう。逆にサクは俺の事をどう考えてるんだ?)」


 どこを見るでもなく考え込む寅之介の横顔を、虹子はにやりと笑いながら、小声でつぶやく。


「お節介だったかな……あとは君次第だぞ、少年」

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