5ー③

「へいらっしゃ……って、唯じゃねえか!帰るの 早くねえか?」


 唯の父にして遠藤鑑魚店の主・遠藤雷蔵は水槽にピンクのポスターカラーで魚の名前と値段を書いていた。


「ただいま。今日は礼ちゃんとコメっちに、あたしの水槽を見せる事になったんだよ」


「こんにちは」


「ハァイ、店長サン」


「おう。礼ちゃんにコメットちゃん、らっしゃい!いい魚入ってるぜ?コペラ・アーノルディにチョウセンブナなんてどうだい? 」


「えっ?あの水の外に卵を産む魚!?」


「パラダイスフィッシュ!?」


 礼とコメットは雷蔵の言う魚に反応する。彼女達の気になっていた魚だからだ。


「はいはい二人とも、先に本題を済ませてからね!」


 礼とコメットは唯に促され、店のレジカウンター奥にある階段を登っていった。唯の部屋は3階である。


「ちょっと散らかってるけど、どうぞ」


 案内されるまま、礼とコメットは部屋に足を踏み入れる。


「わァ……?」


「何か想像してたのと違うわね」


 唯の部屋は小綺麗に纏まった、年相応の女子らしい部屋といったレイアウトである。


「どんなのを想像してたんだよ」


「いや、何というかもっと水槽とか沢山あって」


「アクアリウムの専門書が本棚にビッシリ並んだような……?」


 二人の返答に唯は軽く溜息をつく。


「それは全部店の方で間に合ってるから、部屋にはあんまり水槽やアクア関係のものは置かないんだよ」


 と、言って唯は棚に置かれた大きめの瓶を指さす。サイズ的には梅酒を漬ける用のものに近い。


「これが、あたしの部屋で唯一のアクアリウムだよ」


 水を張った瓶の底にはソイルが敷かれ、アナカリスが数本植えられている。そして、優雅に泳ぐ水槽の主が一匹だけ。


「ベタだぁ!」


 白一色のベタ。ポピュラーな観賞用のベタ・スプレンデスだがヒレが短い。プラガットと呼ばれる品種である。


「この瓶、フィルターどころかエアレーションすらしてないのね」


 コメットが言う様に、唯のベタが入った瓶は濾過装置の類が一切付いていない。


「このボトルアクアリウムはね、数日に一回の水替えと、水草の浄化力だけで水質を保ってるんだよ」


 生体にベタが選ばれたのは、彼らの属するアナバンテッドの仲間がラビリンス器官という呼吸器により空気呼吸を行い、水中の溶存酸素量に依存しない事、そしてベタという魚が丈夫であるという理由からである。


「お魚はベタ1匹だけ?寂しくないの?」


「ベタのオスは単独飼育が基本だからね。あたしはさくらちゃんみたいに繁殖(ブリーディング)への拘りもないから、この子1匹だけを死ぬまで大切にするつもり。と言ってもベタの寿命は数年だけどね」


 と言って、唯は瓶の口に人差し指を近付ける。すると、白いベタは水面近くへと泳いで行き、指の下に陣取る。


「餌がもらえると思ってるのかしら?まるでウチの子達みたいね」


「コメちゃんは何を飼ってるの?」


「それはワタシの家に来てからのお楽しみよ!」


「よーし、明日はコメっちの家に行くぞ!」


  そんなこんなで、翌日はコメットの水槽を見に行く事となったのである。

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